現代東南アジアにおけるラーマーヤナ演劇

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 編・著 福岡まどか



 A5判・並製・248ページ・カラー口絵8ページ
 定価2700円+税
 ISBN978-4-8396-0330-4 C0074 Y2700E
 装幀 新保韻香
 2022年3月刊行
             

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第3章写真 猿王スグリワとクンバカルナの戦い
第3章写真 猿王スグリワとクンバカルナの戦い


第6章写真2 タイのコーンにおけるトサカンとラーマの戦い
第6章写真2 タイのコーンにおけるトサカンとラーマの戦い

 古代インドの叙事詩ラーマーヤナは、9世紀以降東南アジア各地に広まり、人形劇、仮面劇、舞踊劇、創作舞踊、影絵、映画、歌曲、文学、コミックなどあらゆる分野の芸術・芸能において最もポピュラーなテーマになっています。各国・各分野でラーマーヤナ演劇はどのような展開を見せているのでしょうか。
 刊行に合わせて日本でもファンの多いインドネシアの3人のアーティストがラーマーヤナの新作を創作。本書記載のQRコードからYouTubeでそのパフォーマンスを実際に見ることができます:

 ➀舞踊劇「人魚ウラン・ラユンとアノマン対レカタ・ルンプン」(ディディ・ニニ・トウォ)
 ➁ワヤン・アニメーション「ラーマーヤナ:最後の使命」(ナナン・アナント・ウィチャクソノ)
 ③合唱・ケチャダンス「シーターの火の試練」(ケン・スティーヴン)

 「ラーマーヤナを見ながらラーマーヤナを学ぶ」という新しい試みの書籍です。


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【執筆者】(国立民族博物館・大阪大学を中心に東南アジア民族芸能研究の錚々たる顔ぶれがそろいました)

福岡まどか  (大阪大学大学院人間科学研究科教授 民族音楽学・文化人類学・インドネシア地域研究
青山亨    (東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授 東南アジア前近代史・インドネシア地域研究(インドネシア)
平松秀樹   (京都大学東南アジア地域研究研究所連携准教授 タイ文学・文化・比較文学・比較文化・タイ地域研究)
梅田英春   (静岡文化芸術大学文化政策学部教授 民族音楽学・インドネシア地域研究)
サムアン・サム(Pannasastra University of Cambodia 学長 民族音楽学・カンボジア音楽演奏家)
竹村嘉晃   (国立民族学博物館南アジア研究拠点・特任助教 芸能人類学・南アジア地域研究)
日向伸介   (大阪大学大学院言語文化研究科・准教授 タイ近現代史)
福岡正太   (国立民族学博物館教授 民族音楽学)

【アーティスト】

ディディ・ニニ・トウォ(Didik Nini Thowok)
        インドネシアを代表する女形ダンサー、コメディアンとして国内外で活躍。
        近年はアジア現代演劇の活動にも従事。ジャワ島・ジョグジャカルタ在住。
ナナン・アナント・ウィチャクソノ(Nanang Ananto Wicaksono)
        インドネシア・ジャワ島の影絵の人形遣い(ダラン)であり、またアニメーターとして日本国内・海外で活躍。
        大阪在住。
ケン・スティーブン(Ken Steven)
        作曲家、指揮者。アカペラ合唱曲を中心に多くの合唱曲を作曲し、音楽祭等で高く評価されている。
        インドネシア・スマトラ島・メダン在住。


【はじめに】

◉ヴィシュヌ神の転生であるラーマ王子が、さらわれた妃シーターを取り戻すべく猿の軍勢の助けを借りて魔王ラーヴァナと戦うという内容を持つラーマーヤナは冒険、戦い、ロマンスなどの要素が満載の物語である。この叙事詩は古代インドにて成立した二大叙事詩の1つでマハーバーラタと双璧を成すものとして知られる。神話が神々の物語であるのに対して叙事詩は英雄たち、特に神の転生である英雄たちが活躍する物語であり、神々の世界から人間界により近づいたものとして位置づけられる。王位継承争い、武将の高潔な魂、道徳的規範などを描く人間ドラマの部分は人間の世界に近づいた叙事詩の特徴を示しており、その一方で登場人物たちの超能力、運命、不思議な武器などが描かれる部分は神々の転生である英雄たちの物語の特徴を示している。猿をはじめとする動物や魔物などが登場することも特徴である。こうした特徴のゆえにこの叙事詩は、絵画、文学作品のみならず演劇上演の中でさかんに演じられてきた。

◉私が初めてラーマーヤナの演劇を観たのは1980年代終わりのインドネシア・ジャワ島バンドンで上演された人形劇だった。演目は当時一世を風靡した人形遣いアセップ・スナンダール・スナルヤ(1955-2014)による「魔王ラーヴァナの戦死」。悪役の魔王ではあるが偉大な存在としても位置づけられる魔王ラーヴァナの戦死を描く演目は、人々に怖れられており普段はなかなか上演されない稀少なものであった。残念ながら当時の私はまだ内容も分からず、その演目の貴重な価値にも気づいていなかった。だが人形遣いアセップによる人形操作のわざと語りが随所で観客の喝采を浴びていたのは印象的な経験だった。特に勇者ハヌマーンの演技とセリフを通して語られる戦いについての語りは多くの観客の拍手と歓声を受けていた。それは叙事詩ラーマーヤナを通して提示される人形遣い自身の解釈と人生哲学に対する観客からの共感と称賛であったのだろう。

◉叙事詩ラーマーヤナは9世紀頃から東南アジアの広域に伝わり、多様な分野において独自の発展を遂げて伝承されてきた。この本は、東南アジアの演劇を中心とする上演芸術の中で叙事詩ラーマーヤナが多様なかたちで演じられる現状を考察したものである。戦い、冒険、恋愛、人間の生き方を描くラーマーヤナは、その大筋や登場人物設定を基本としつつ多様な解釈を加えられてきた。東南アジアの人々が独自の翻案を生み出し演劇やダンスなどの中でその効果的表現を追求してきた主要な題材の一つである。上述の人形劇だけでなく影絵、俳優劇、仮面劇など多様な演劇ジャンルの中で親しまれてきた。演劇やダンスの上演は地域によっては王権や宮廷文化と結びつき、各地の主要な文化表現の媒体として観光や文化遺産指定などのコンテクストで着目されてきた。映画やコミックなどを通しても広まってきた。東南アジアのアーティストたちは、その時代における社会状況、文化的な価値観に対する独自の考えを叙事詩ラーマーヤナに投影しながら芸術的表現を追求してきた。そうした現代東南アジアにおける叙事詩ラーマーヤナの多様なあり方を演劇的ジャンルに焦点を当て検討しようと試みたのがこの本である。

◉口絵カラーページにはインドネシアのアーティスト3人による新作の作品も収録されている。この本を通して叙事詩ラーマーヤナが演劇を通して東南アジアに広く普及し人々に親しまれ、現在に至るまで独自の発展を遂げている現状を多くの人々に伝えたい。

福岡まどか

【目次】

第1部 ラーマーヤナの多元的解釈

第1章 現代東南アジアにおけるラーマーヤナ演劇の多元的意味
第1章 付論 ヴァールミーキ版の7巻本の概要と東南アジアにおけるその展開 
第2章 タイのラーマーヤナ、「ラーマキエン」の現代的展開――チャイヨー・スタジオ製作映画を中心にして
第3章 残虐なる魔物か、それとも勇敢に死にゆく英雄か?――バリ島のワヤンの演目「クンバカルナの死」のダランによる解釈
第4章 カンボジアにおけるラーマーヤナ演劇  

第2部 多様化する上演コンテクスト

第5章 インド人ディアスポラとラーマーヤナ――シンガポールにおけるアートマネージメントとローカル/ナショナル/グローバルな表象   
第6章 観光文化におけるラーマーヤナ演劇――インドネシア、タイの事例から 

第3部 表象されるラーマーヤナ

第7章 ラーマーヤナ演劇をめぐる近代タイ知識人の認識        
第8章 日本の博物館で東南アジアのラーマーヤナを展示する       

委嘱創作作品

1 ディディ・ニニ・トウォによる舞踊劇「人魚ウラン・ラユンとアノマン対レカタ・ルンプン」
2 ナナン・アナント・ウィチャクソノによるアニメーション作品「ラーマーヤナ:最後の使命」
3 ケン・スティーヴンによる合唱作品 「シーターの火の試練」