2026年08月17日09時11分掲載  無料記事
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アジア

日本のミャンマー外交の失敗(3) 笹川「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」のパイプの行方は ?

 8月10日、ミャンマー首都ネピドーでミンアウンフライン大統領が笹川陽平氏を迎え会談を行った。4月の大統領就任式典から丁度4か月、新政権の「100日計画」の一応の総括がなされたであろう時期である。軍幹部によるとミンアウンフラインは「父のように慕ってきた外国の人物が二名いる」が、その一人が笹川氏だという。(宇崎真) 
 もう一人の「父」は故プレム・ティンスラーノン氏、タイの長老政治家で元首相、枢密院議長、陸軍司令官も務めた歴史に名を残す人物。ミンアウンフラインが国軍司令官としてタイを訪れたときには、35歳も年長のプレム氏に抱きつくように「敬愛の情」を示した。一時ミンアウンフライン失脚か、との噂がタイとミャンマー財界の一部に出たときに「亡命先はタイではないのか、プレムがいるから」と予測する人も出たくらいである。 
 
▽「政府代表」と「個人」を使い分け 
 クーデタ―を起こしたときミャンマー国民和解担当日本政府代表の笹川氏は日本にいた。ミンアウンフライン国軍司令官が2021.2.1を決行日に選んだのは、占い師が「2と1が縁起が良い」と伝えたという説、それと「自分を特別に引きたててくれた恩人の独裁者タン・シュエの誕生日が翌日に控え、クーデター成功の報告をする必要があったという説がある。多分二つが重なったのだろう。クーデターを起こした際に当然ミンアウンフラインはタンシュエに事前に相談し「治安と社会秩序の確立」を約束した。 
 そのクーデタ―直後には中国にその権益、関連施設の安全を保証した。だが国民の反発と抗議の広がりは国軍の予想をはるかに上回った。まもなく国軍と警察は苛烈な銃による弾圧を開始した。約束した「治安と秩序ある社会」とは真逆の争乱事態が出現した。 
 そのなかでクーデターから9か月たって笹川氏のネピドー訪問のスケジュールが決まった。ミンアウンフラインは一刻も早く会いたいとヤンゴンまでヘリを迎えに出させるとまで言った。会った瞬間「まるで何年振りかの父親との再会を喜ぶ司令官の姿を見た思いだった」(その場面について軍幹部のひとりはそう証言した)。年齢は20歳も離れていないのだが、イエスマンばかりの組織のなかにいる独裁者にとっては笹川氏は有難い存在なのだろう。 
 今年に入って4月10日、ミンアウンフライン大統領就任式典が開かれ笹川氏はミャンマー国民和解担当日本政府代表としてではなく、個人として参加したという。だが、その数日前にはチェンマイで少数民族武装組織(EAO)のメンバーと秘密裏に会い、その話合いの内容を持って大統領と会談したとみられる。つまり実質的に「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」としての役割を果たそうとしたとみていい。 
 そして上述したように新政権「100日計画」に合わせて動いていると考えるのが当然だろう。「三本の独自パイプ」の内二本は完全に停止。残る一本がようやく再始動したといっていい。だが、その一本もどれだけ機能するだろうか、大いに疑問である。 
 
▽「アヒルの水かき」の実態 
 笹川氏は自分の活動は人道支援が土台であり「アヒルの水かき」であるとしばしば語っている。つまり表面では静かに、水面下で一生懸命足を動かしている、ということなのだろう。 
 だがアヒルの水かきにしてはミャンマー国軍との関係を喧伝しているではないか。 
 ハンセン病患者の権利と生命生活の支援というまさに誰も認める人道援助(筆者も笹川氏それに対する貢献には賛辞をいとわない)と、ミャンマー国軍と少数民族武装勢力の間の和平和解交渉とはまるで異なる分野、後者はもろ政治分野の「仲介と交渉」である。 
 真に中立的な立場、人道支援の立場にたつなら、空爆をまずやめるよう国軍側に要望するべきではないのか。空襲、空爆を事実上「容認」しておいて「人道的援助」も「交渉の仲介」も成り立たないのではないか。8割以上の国民が軍を決して支持しないのは、空爆による地上の惨劇をさんざん知っているからである。 
 カレン州のレイケイコー村はタイ国境にも比較的近く、国内避難民の受入れ地域として2015年に日本財団などの援助で建設された。その建設時の笹川氏の働きは良く知られている。政府及び国軍とカレン族武装勢力との「和平の象徴」ともいわれた。しかし’21クーデター以降国軍の空襲空爆で破壊された。数千もの住民がタイ側に逃れ、一時はタイでもニュースをにぎわした。そのレイケイコー村は廃墟となった。日本人の耳目を集めたオンライン詐欺拠点(kkパーク)とは隣接地域であったのだが、日本のメディアはそのことを全く知らずに報道していたのではあるまいか。 
 笹川氏がカレン民族の代表と会談したとき、「避難民収容地としてその村の再建に尽力してほしい」との要望がだされ、それに対して笹川氏は「ミンラインフラインが同意しないから」と断ったという(カレン民族同盟KNU幹部の証言)。それで「なんだ、とどのつまりジャパンファンデーションやササカワはミンラインフラインの側に立っている。中立なんかではない」と結論づけたというのだ。この種の経過と結論はかれらの組織間協議、EAO(Ethnic Armed Organizations)でも協議され情報共有される。 
 
▽新軍事政権へのなし崩し融和 
 笹川氏が「日本政府代表」として活動する限り政府の現在の立場を踏まえる責任がある。その立場とは「ミンアウンフライン政権承認を控える姿勢を堅持し、ODAも原則新規案件は実施しない。軍政に対しては、第一に暴力の即時停止、第二にアウンサンスーチー氏をはじめとする拘束者の釈放、第三に民主的な政体への復帰を一貫して働きかける」「ASEAN各国及び米国とも連携調整しながらミャンマーの民主化、人権状況の改善のために様々な努力を続けていく」(前ミャンマー全権大使丸山市郎氏の説明)である。 
 この日本政府の立場からみて笹川氏の動きは逸脱していないか、それとも笹川氏の個人的なパイプは「日本政府のパイプ」ではないとでもいうなら詭弁である。笹川氏の長年にわたる人道援助実績を政治的につかえるとみて安倍政権は特別なミャンマーパイプとしたのだからだ。クーデターとその上につくった新政権を認めないなら「第一に暴力の即時停止」とりわけ最大の暴力である空爆即時停止を「政府代表」笹川氏はミンアウンフラインに強く迫っていくべきではないか。それとも、日本外務省は「アヒルの水かき」を先行させて、徐々になし崩しに、新しいミャンマー軍事政権への融和の道筋をつくっていこうとするのだろうか。 
 8/10ミンアウンフライン・笹川会見を前に、8/7(金)外務省総合外交政策局、南部アジア部の幹部が笹川氏に会い、笹川氏のヤンゴン到着時には吉武臨時代理大使が会っている。この事実経過含め要注意である。 


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