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2008年08月19日12時05分掲載
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戦争を知らない世代へ
「辻政信」の数奇な足跡 元陸軍参謀から戦後参院議員に、そしてラオスで失踪 中谷孝
太平洋戦争の傷跡も治まり講和条約も発効して日本の戦後が第一段階を終わろうとしていた昭和二十六年(一九五一年)頃、陸軍の名参謀或いは迷参謀と云われた辻政信元大佐の著書『潜行三千里』が発売され、爆発的売れ行きを見せた。更に辻は郷里石川県より参議院選に立候補し最高得票で当選話題となった。彼の人を喰った発言奇行は軍人時代から毀誉褒貶も激しかったが、「作戦参謀は第一線に立って指揮すべし」と言って弾丸の下に立つ彼の姿勢に下級幹部の信頼は厚かった。
▽英国軍の追及逃れ蒋介石のもとへ
彼の名が一般に知られたのは山下兵団の作戦主任として、マレー作戦に参加して奇智を廻らし十五倍のイギリス軍を蹴散らしシンガポールを占領した時に始まる。足音のしない地下足袋部隊、騒音の無い自転車部隊等の新戦術を駆使した奇襲にイギリス軍は恐怖に怯え総崩れとなり、シンガポールに逃げ込んだ末に降伏した。当時日本はその快挙に沸いた。
反面、後日ソロモン諸島ガダルカナル島、印度・ビルマ国境インパールの無残な敗退は企画したのは大本営であったが、現地の指揮を執ったのは辻参謀であった。インパールの惨劇は軍司令官牟田口簾也中将の兵士の命を軽視した無謀にあったが、気候風土を読めなかった指揮責任は辻にもあった。
イギリス軍が敗戦直後、マレーの怨みを晴らそうと辻を一級戦犯に指名して捜索する中、辻はバンコクに逃れ、市内の日本山妙法寺に僧形(そうぎょう)を装って隠れたが、イギリス憲兵の捜索が近づいたことを知り、寺を出て中国国民党の秘密結社「藍衣社」のバンコク支部に救いを求めた。その直後、日本山妙法寺に現れたイギリス憲兵は責任者の小柴師を拘束し辻の所在を厳しく追及したが所在はつかめなかった。
藍衣社は辻の求めに応じて重慶の蒋介石に辻の処遇を問い合わせると、蒋介石は鄭重に重慶に護送することを命じた。藍衣社の若者二人に護られて国境を越えた辻は昆明から重慶政府要人を装い、アメリカ空軍輸送機に便乗して重慶に逃れた。
翌昭和二十一年六月、首都南京に移った辻は元日本大使公邸に入った。この建物にはその日朝迄、中国陸軍総司令部に留用されていた支那派遣軍司令部参謀第四課長延原威郎大佐以下八名の日本軍人が入っていたが、延原大佐を残し七名は午前中上海に移動していた。 その末席に私が居た。上海に移動を命じられた理由は帰国準備であった。
延原大佐は総司令部で辻の後任を勤めた人物で辻と親しかったので残留させたのであろう。他の七名には辻の存在を知られるわけには行かなかった。私は昭和二十二年帰国した延原大佐を訪ねたが、辻に関しては一切口にしなかった。 密かに帰国した辻は中国駐日代表団の管理する東京・中野にあるU・Sハウス(GHQが接収した民間住宅)に隠れ、潜行三千里を執筆していた。
蒋介石は何故連合国の重要戦犯辻政信を匿ったのか。
昭和十八年秋、私は総司令部報道部に半年間勤務した。当時ガダルカナル島作戦を指揮し駆逐艦上で重傷を負った辻は退院後、支那派遣軍総司令部第四課長に任じられた。内地は既に深刻な物不足に陥っていたが、上海在留日本人の華美な生活は目に余った。辻は講演会を開き南方戦局を語り、居留民の自覚を促し、更に総司令部幹部の自動車濫用を戒めた。 それに応じ参謀部に在籍した三笠宮が護衛車を従えた自動車通勤をやめ、徒歩で官邸に近い裏門から通勤する様になり自動車族の高級幕僚が困惑したことも伝わった。
蒋介石の出身地、浙江省紹興は日本軍の占領下に在った。其処に在る蒋介石の母親の墓が荒れ果てているのを蒋が嘆いているのを知った辻は「蒋介石は敵乍ら天晴れの英雄である。その母親の墓が荒れ果てているのを放置するには忍びない」と言って汪兆銘を動かし、南京政府儀典長簫中将を主祭として三日間に亘る法要を行った。その間一帯を休戦地帯として、蒋介石側将兵の参拝も許した。
此の時当然、辻政信の名は蒋介石の耳に届いた筈である。此の機に辻は重慶政府との単独停戦交渉を企画した。重慶政府に知己の多い上海内山書店店主、内山完造氏も同行を承諾し大本営の諒承もとり天皇の耳にも入れた。「危険は無いのか」との天皇の言葉も頂き感激していると云う話も伝わった。 然し土壇場で汪兆銘の顧問柴山兼四郎中将が「今更蒋介石と交渉したら汪兆銘の立場が無い、絶対に行かせぬ」と大本営に申し入れ計画は立ち消えになった。 辻は此の計画立案に際し、直接汪兆銘の諒承を取り付けていたが、柴山は自分を差し置いた行為に立腹していた。報道部内にもそのうわさが伝わり失望の声が上がった。太平洋の戦局の行方は既に明らかであった。
▽インパール作戦の惨めな敗走
その後湘桂作戦の作戦主任として湖南省方面に在った辻は南方軍に転じインパール作戦に向かった。漢口から南京に戻った辻は直ちに官舎を整理し私物行李一個を留守宅に送り、自らスーツケース一個を持つと副官に「後は適当に処分しろ」と命じ戦闘服のまま総司令官に転属の申告を済ますとその足で飛行場に向かい広東に飛んだ。 陸軍の規定では転属発令から着任迄七日間の猶予が認められている。一般に高級軍人は同僚の開く送別会でたっぷり飲んで赴任するのだが辻は受命即行動主義を貫いた。
ビルマ(現ミャンマー)に着任した辻を待っていたのは極めて過酷な仕事であった。大本営の立てたインパール攻略作戦は杜撰で、航空写真を頼りに作られた作戦計画は気候風土の読みが甘かった。雨季に入る前にインパールを攻略することを前提としていたが、印緬(インド・ビルマ)国境を進むことは困難を極めた。食糧も尽きイギリス軍のネパール山岳民族グルカ人部隊の強襲に前進不可能と見た師団長の撤退要求を軍司令官牟田口廉也中将は許さず師団長二人を更迭して、補給不能のまま前進を命じた。結果は雨季の泥流に中に数万の将兵が斃れた。
辻がどの師団と行動を共にしたのか不明であるが作戦指揮に必ず第一線に立つ辻が最後に執った指揮は惨めな敗走であった。
敗戦によりイギリス軍の戦犯指名を知った辻は姿を隠しバンコクに逃れ「潜行三千里」に入ったのである。辻が逃れた後のバンコク周辺ではイギリス軍による捜索が執拗に続いた。
辻が密かに帰国した目的は明らかでないが南京で辻と出逢った延原大佐は昭和二十二年帰国した。辻がその時同行したのか、後日別行動で帰国したのか定かではない。私が帰国した延原大佐を訪ねた時、辻の名が出ることは無かった。
▽新たな潜行三千里の途上で
前述のように、辻はその後、『潜行三千里』の出版で世間を驚かせた勢いを駆って、郷里石川県より参議院選に立候補、圧倒的得票で当選し議員生活に入ったが、さらに又もや常人に成し得ない冒険を企てた。蒋介石が台湾に逃れた後の日中国交回復の為、周恩来との間に直接パイプを持とうとしたのである。非合法手段を用いて、嘗ての潜行三千里のルートに向かった。
今回も僧形であった。ラオスの首都ビエンチャンの宿迄は地元に明るい日系人の案内がついたが、此処で別れ独り徒歩で国境へ向かった。彼の消息は此処で完全に消えた。宿を出た後の彼を見たという証言は無い。参議院在籍のままの失踪であった。
謎の多い彼の失踪は、いろいろな憶測を呼んだ。「アメリカのCIAに殺された」「中国政府に監禁された」等、全く根も葉も無い話も尤もらしく伝わった。 私は宿を出て間も無く、後をつけた強盗に山中で襲われたのではないかと思う。僧形をしていても銀縁眼鏡を掛け、腕時計を着け、万年筆を使い、清潔な僧衣をまとう姿は、極めて裕福な姿に見えたに違いない。強盗にとって格好の標的である。 若し彼の計画が成功して周恩来に会っていたら…。考えても意味の無いことだが、つい考えてしまう。
辻政信は最後迄、人騒がせな人物であった。
*中谷孝氏は元日本陸軍特務機関員
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