2015年10月25日17時21分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(4) 「朝日歌壇」(7〜9月) 「総理大臣からその国を守らねばならないといふこの国の危機」 山崎芳彦

 「人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ」(南原繁) この短歌は、南原繁(政治学者、元東京帝国大学総長)の作品で、『昭和萬葉集』の第一回配本となった巻六(昭和54年2月8日刊行)の冒頭の一首である。昭和十六年十二月八日、米英に宣戦の証書が詔書を発布した日の短歌であるこの歌は、南原繁の唯一の歌集とされる『形相』(初版は昭和23年3月、創元社刊、昭和43年6月に図書月販<後のほるぷ社>が復刊、昭和59年7月に岩波文庫版が刊行)によるもの。この作品について、『昭和萬葉集』の編集協力に携わった歌人の来嶋靖生は、「この巻頭の一首は『昭和萬葉集』全体の存在意義を秘めた、大きな一首である。言うまでもなく、その後の国の動向、現在の国の状況などを思うとこの一首の暗示するものは限りなく深く、大きく、かつ重い」(月刊歌誌「短歌研究」2015年8月号の「文化的想像力いま何処―『昭和萬葉集』の思い出」)と書いている。 
 
 筆者は岩波文庫版の歌集『形相』を読んでいるが、そこに収載されている、昭和43年の図書月販発行の復刊版に記した「まえがき」で、南原が同歌集の作品について述べている、 
 「収めるところは、日本にとっても世界にとっても、かつてない動乱と戦争の時代―昭和十一年から同二十年にわたる十年間の作品である。・・・この時代をひとりの学徒として、また人間として生きた著者の、偽りなき記録と告白である。」、「当時は、民主主義のいまの時代においては想像もできないほど、戦争はもとより、時の政治について、批判はまったく抑圧されていた。それは詩歌の形式をもってする場合でも相違はなかった。かような時代に、自分の思想や感情を、ありのままに歌って、あるいは憤り、あるいは自らを慰めていたこれらの短歌は、顧みて微かながら時代を憂い、嘆いた市民の声であったかも知れない。」 
という記述を読み、歌集『形相』の作品を読んでいる。読みながら、作者が十年間にわたって「日誌代わりに書きつけてきた短歌ノート」に記したこれらの作品が、その十年の間にはおそらくは他者に伝えられることなく、世に明らかにされることなく、喘ぎ、呻いていたであろうことを思って、いま、筆者が新聞歌壇の戦争法詠を読んでいることの意味、意義を考えないではいられない。戦後になって初めて世に出ることができた、歌集『形相』に収められた八百十八首に注がれた南原繁の思いを考えるほどにである。 
 
 いま、短歌を作り、発表し、多くの人に思いを伝えることを「自由にできる」ことを当然のことと思いこんでいるが、考えてみると秘密保護法が制定され、言論の自由、表現の自由を敵視し、抑圧しようとする政治家、権力者たちの妄動があり、実際にそれが様々な手段で「実効性」を発揮し始め、戦争法案があのような無法なやり方で成立したとされようとしている現在を思えば、そして安倍政権とその同調勢力が彼等の欲する「戦争ができる」社会を作ろうとしていることを考えれば、安住できる時代にいるのではないことを自覚しなければならないのではないだろうか。 
 
 立教大学が「安全保障関連法に反対する学者の会」と学生団体「SEALDs(シールズ)」の共催で計画されたシンポジウムの会場使用申請を不許可にしたという(朝日新聞10月21日付)。どこかからの「圧力」なのか立教大学の「自主規制」なのか、いずれにしても学問の自由や言論・思想の自由に対する反民主主義的な措置であるというしかない。少なくない公共施設などが「政治的」などという理由で自主的な様々な企画・集い・催しなどの利用を認めないという事例が相次いでいる。また、教育の現場に対する様々な介入は度を越している。言論、表現、思想の自由が危うい現状であることを考えたい。国会前の厳戒態勢はその象徴だ。 
 
 朝日新聞デジタルにより、10月21日付の朝日新聞(大阪)の次の記事を読んだ。「安保法制に考える 怖いのは表現の自主規制 歌人ら、京都で緊急シンポジウム(大阪)」の見出しで、次のような記事である。 
 「安全保障関連法の成立など社会がきな臭くなるなか、歌人は何をどう歌っていくのか。短歌結社「塔短歌会」の会員らが緊急シンポジウム『時代の危機に抵抗する短歌』を9月27日、京都市で開き、近現代の短歌史を振り返りつつ考えた。」という。その記事によると、「歌人の三枝昂之(さいぐさたかゆき)さんが講演。戦前は大日本帝国の、戦後も占領軍の機関の検閲があって、短歌の表現が伏せ字にされたり、削除されたり、規制されてきた歴史を紹介した。『様々な政治の圧力があったが、怖いのは歌人の側が表現を自主規制してしまうこと。歌人は時代へのメッセージを発していかなければならない』と説いた。また、「塔短歌界の前主宰で「朝日歌壇」の選者の永田和宏さんが提言。『民主主義の基本は誰もがものを言うことができ、少数者の意見が抹殺されないこと。歌人は言葉の問題を常に考えておくべきだ。』と述べた。さらに『歌人は表現者であり、人と違う表現をしたいと思うが、レトリックが自己目的化してはいけない。一般の人々にいかに言葉を届けられるかを考えなければ』と強調した。」などと書かれている。 
 短歌界のなかで、いまこのような議論が活発に行われることは、戦前、戦中の短歌界の歴史に、負の側面もおおきいことを考えれば、意義あることだと思う。 
 
 「朝日歌壇」から、戦争法にかかわって詠われたと筆者が読んだ作品を抄出して記録してきたが、今年7〜9月については、今回で終る。10月以後の「朝日歌壇」にも、これまで以上に多くの作品が掲載されているが、また読む機会を持ちたい。 
 
 
  ▼「朝日歌壇」(7〜9月)  
 ◇9月7日◇ 
駅頭に傷痍軍人ゐたる日のことにおよびて話つづかず 
                (佐佐木幸綱選 厚木市・櫻田 稔) 
 
三百万以上の死者の戦争を七十年で清算をする 
                (佐佐木選 松戸市・をがはまなぶ) 
 
対岸は四日市なり空襲が花火の如く見えたりと聞く 
                  (佐佐木選 常滑市・井上啓子) 
 
「核兵器、絶対失くしてほしいかな」広まる「かな」のあまりの軽さ 
                (高野公彦選 富士見市・武川行男) 
 
総理大臣からその国を守らねばならないといふこの国の危機 
                 (永田和宏選 岡山市・梶谷基一) 
 
丁寧に説明する程「支持する」を「しない」が越える今朝の新聞 
                   (永田選 長野市・関 龍夫) 
 
九条を守れと教えし三十余年如何に見ているこの夏の卒業生(こ)ら 
                   (永田選 藤沢市・中島真男) 
 
回天に乗り込む兵士も外部よりハッチを閉ざせし兵士も哀し 
                (馬場あき子選 石川県・瀧上裕幸) 
 
老兵の父は帰省し帰農せり山羊を率いて草山に入る 
                   (馬場選 福岡市・遠藤文彦) 
 
 ◇9月13日◇ 
三千字越える七十年談話「私は」の主語なき不気味さよ 
                   (高野選 安中市・鬼形輝雄) 
 
丁寧に説明すると言ひながらいいじゃないそれくらゐとやじる 
                (高野・永田共選 熊谷市・内野 修) 
 
式典で平和守ると語れども憲法守ると語らぬ総理 
                   (永田選 亀岡市・俣野右内) 
 
ケンちやんと缶けり遊びをせし路地を植民地朝鮮と我は知らざり 
                   (永田選 東京都・内田三和子) 
 
インタビューされそうになりシールズの渦に逃げ戻る吾子のデモデビュー 
                (佐佐木選 東久留米市・関沢由紀子) 
 
原爆忌被爆の友とゆめで逢ふあの日思へばこころが痛む 
                  (佐佐木選 西海市・原田 覚) 
 
 ◇9月21日◇ 
原爆を落した国の戦争に従いてゆくのか敗戦国は 
                   (永田選 堺市・梶田有紀子) 
 
この法案駄目と言うなら選挙時にも少し賢く有権者われら 
                   (永田選 横浜市・沓掛文哉) 
 
敗戦の風土に食いしオニグルミ青臭い味のよみがえる夏 
                   (馬場選 松戸市・猪野富子) 
 
国会を囲みしのみに帰りゆく友乗せ雨の特急あずさ 
                   (高野選 水戸市・中原千絵子) 
 
守っても国は人々を守らない私が歴史から教わったこと 
                   (高野選 佐渡市・藍原秋子) 
 
 ◇9月28日◇ 
陸自実弾演習にゆくオスプレイ戦場のごとく山を震わす 
                   (馬場選 秦野市・星 光輝) 
 
獄に耐へ友を護りゐし三木清非命に果てぬ九月二十六日 
                   (馬場選 埼玉県・酒井忠正) 
 
「九条を守れ」とデモに明け暮れし夏は過ぎたりひぐらしの声 
                  (佐佐木選 名古屋市・塚田陽子) 
 
子も孫もひ孫も戦場に送るなと島の小さな行進は叫ぶ 
                  (佐佐木選 佐渡市・藍原秋子) 
 
お気軽に投じた清き一票が今やとんでもないことになる 
                   (永田選 東京都・野上 卓) 
 
戦世を今なお生きる沖縄にさらなる破壊を迫るかやまとは 
                   (永田選 名護市・玉城 光) 
 
死は嫌だその本能を利己主義と言える議員の居る国に住む 
                   (永田選 新庄市・畠腹修子) 
 
殺すとか殺されるとかしたくないそれだけのこと何がいけない 
                   (永田選 霧島市・久野茂樹) 
 
廃案を目指す国会デモに行き小雨の中を十万とゐる 
                   (永田選 三郷市・岡崎正宏) 
 
徴兵は苦役ではなく名誉だと言いし昭和に戻る予感す 
                   (永田選 横浜市・道蔦静枝) 
 
 次回も新聞歌壇の戦争法詠を読む          (つづく) 


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