2020年03月11日00時05分掲載  無料記事
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コラム

ソ連の女性の日と父のバラ   ナターリア・ミロポルスキー(Natalia Milopolsky)

  私は女性がすべての権利を持つ国で育ちました。ですから「今日」(※3月8日)をこのようなやり方で呼ぶことは理解不能の、冗語になるかもしれませんが、思うに、ロシア語からの一番正確な訳としては「女性の日」になるでしょう。 
 
クリスマスのようには、2月14日(バレンタインの日)は祝われることはありませんでした。聖人(バレンタイン)の仕事はそれに匹敵するとは思われなかったのです。国中が女性への愛を祝ったのは3月8日でした。夜明けに男たちは赤か白あるいは両方のカーネーションの花束を手に通りを歩いているのを見ることができました。これは町中で花を人々が一斉に買う珍しい日の1つでもありました。しかし、私の小さな家族の場合は、この日は決して特別な例外ではありませんでした。 
 
私の父の母と私に対する愛情は常日頃のもので、不滅であり、そこには高潔な性質があったのです。私の家の小さな居間の低いテーブルにはいつも新鮮な花が飾られてありました。どのようにかって? 私たちの友達は驚くのですが、と言うのは、みんなそのようなものは滅多に目にかかるものではなかったのです。そこで、今、あなたにその秘密をお教えしましょう。父は宇宙工学の研究をしていたのですが、父は研究室でバラの花を植えていたのです。中に入るのは何重にも難しかったのですが、父が私をその秘密の場所にこっそり入れてくれたので、この目で見たのです。バラの木は小さな赤い花をたくさんつけていましたが、見事なものでした。 
 
Natalia Milopolsky 
ナターリア・ミロポルスキー 
哲学者・精神分析学者 
 
 
※3月8日 国際女性デー 
「国際女性デーにちなむ最大の事件は、第一次世界大戦中の1917年にロシア帝国で起こった二月革命であろう。国際女性デー(当時ロシアで使われていたユリウス暦では2月23日にあたる)に首都ペトログラードで行われた女性労働者を中心としたデモは、男性労働者、更には兵士を巻き込んだ大規模な蜂起となり、最終的には帝政を崩壊に追い込んだ」(ウィキペディア) 
 
 
 
■ガス室で殺された親族を思う  ナターリア・ミロポルスキー(Natalia Milopolsky)さんへのインタビュー 
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