2003年02月04日23時18分掲載  無料記事
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駐日イラク大使が単独会見 平和的解決のため「あらゆる協力」

 中東、中でもイラク問題を巡る動きは最近、いよいよ加速度を増し、米軍による対イラク攻撃への賛否を問わず、世界中の人々が、中東地域から伝えられるニュース、声明そして情報に細心の注意を払っている。世界がこの問題に関心を深め、対イラク攻撃に様々な意見が出ている中、同問題の一方の主役であるイラク側の意見はほとんど報じられていない。米国を発信地としたイラク問題に関する情報が毎日のように流されている中、米国が仕掛けようとしている戦争をイラク側はどうみているか。カシム・A・シャキル駐日イラク臨時代理大使が4日までに日刊ベリタとのアラビア語での単独会見に応じた。(聞き手・重信メイ) 
 
 
−−米国が今月中にもイラク攻撃を開始するとの観測が流れているが。 
 
 「米国の主張、姿勢は理解できない。イラクは大量破壊兵器に関する国連監視検証査察委員会に最大限の協力姿勢を取っている。それにもかかわらず、米国はわれわれの平和的解決に向けた呼び掛けを無視している。ブリクス同委員長などの報告はわれわれのこうした協力姿勢を十分ではない、と批判しているが、今回の査察の完全実施に向け、イラク側は全面協力を惜しまない」 
 
−−今後、外交、政治、軍事面でどのような姿勢を取るか。 
 
 「まずは外交努力に全力を傾ける。世界の多くの国々がこうした姿勢に支持を寄せており、何としても問題を平和的に解決させたい。今回提出された査察団などの報告書は情報を的確にとらえていない。イラクが繰り返し言っていることは、問題があれば、それを指摘してくれということ。われわれは査察団に全面協力する方針を既に打ち出している」 
 
■米国の意図を世界は分かっている 
 
−−米国は世界の多くの国から出ている戦争反対の声を無視しているが、フランスはこうした米側に反対姿勢を見せている。フランスの外交姿勢の変化をどう見るか。 
 
 「最近のフランスの姿勢は評価できる。大国、しかも国連安保理(常任)理事国の中からイラク攻撃反対の声が出ているのことは注目すべきだ。現在、(非常任)理事国となっているドイツも姿勢を鮮明にしている。両国はイラクと国連が問題を平和的に解決するよう求めている。パウエル米国務長官はフランスとドイツは『旧態依然とした欧州を代表しているだけ』と発言したが、フランスとドイツの姿勢は正しいと思う」 
 
 「イラク攻撃が実行されれば、その影響は単にイラクだけにとどまらず、中東全域に及ぶだろう。米国がイラク攻撃を仕掛けようとしている意図は明白で、世界もその意図を十分に分かっていると思う」 
 
 
−−米軍によるイラク攻撃の可能性が緊迫してきた場合、イラクはどのような外交政策に全力を挙げるのか。 
 
 「イラクは国連、国際社会、そして友好諸国と連携し、われわれが問題の平和解決を望んでいることとを理解してもらう努力を続ける。国連監視検証査察委員会が十分な調査を行えるよう、協力も惜しまない」 
 
−−アラブの石油産出国は1972年、西側諸国に対し原油供給中止を決定し、オイルショックが起きた。同じような方法が今回の問題に影響力を持ち得ると思うか。 
 
 「それはアラブ諸国自らの判断に委ねたい。今回はアラブ諸国がイラク寄りなのは明らかであり、これが問題の平和的解決を求める上で、米国、米政府への圧力となるだろう。アラブ諸国はイラク攻撃の必要性はないとし、平和解決を望んでいる。イラクをどう支持するかはアラブ諸国自らが決めることだが、米国政府に対する圧力がさらに強まるよう願っている」 
 
−−確かにアラブ諸国の姿勢は1991年の湾岸戦争当時とは違っており、クウェート、サウジアラビア、シリア、ヨルダン、エジプトはイラク攻撃に反対しています。しかし、たとえばヨルダンが米軍による領土使用および領空通過を承認せざるを得ない事態も予測される。トルコも米軍機の領空通過および軍事基地使用を容認する可能性がある。 
 
 「これまでのところ、アラブ諸国の姿勢は非常に評価できる。どの国も問題の平和的解決を望んでいる。ヨルダンとトルコが姿勢を変える可能性はあくまでも仮定の話であり、その可能性についての予測を述べることはできない。米国による一極支配の構造が、これらの国に姿勢を変えさせようとする大きな圧力を加えているが、そのような一極支配体制こそ変えるべきだ。一極体制下では、超大国が“兄貴分”として振る舞い、小国の面倒を見ている。わが国のサダム・フセイン大統領は米国民に対し次のように話している。『米国政府は賢明な兄貴として振舞うべきであり、自国の利益だけを優先させるべきではない』と」 
 
−−先月、トルコ政府当局者がイラクを訪問しましたが、何らかの姿勢表明があったのか。 
 
 「私が得ている情報では、トルコ政府当局者の訪問は、アンカラで行われた近隣6カ国会議(シリア、イラン、クウェート、サウジアラビア、ジョルダン、トルコ)の最終宣言内容の報告が目的だった。宣言はイラクが国連決議を順守するよう求めているが、イラクは同決議を順守し、可能な限り国連に協力している」 
 
■放射性兵器被害で新種のガン、出生率も低下 
 
−−日本で最近、1991年の湾岸戦争時に米軍が使用したミサイルで、イラク人児童たちが放射能の被害を受けたことを示す写真が公開された。イラク政府は、米軍が当時、放射性物質を使用したという物的証拠を持っているのか。 
 
 「持っている。米軍がイラク南部地域でウランによる放射性兵器を使用した結果、同地域で新種のガン発生している。イラクにはこれまで報告されたことがなかったガンだ。米軍が使用した放射性兵器は、イラク国民の日常生活に今も被害を及ぼしているだけでなく、土壌、水、大気といった全環境が汚染された。イラクではこの結果、出生率が大きく低下し、子供たちに血液性ガンを含むあらゆるガンの発症例が報告されている」 
 
 「この問題に関しては、2002年11月、イラクのガン専門家代表団が日本のNGOから招待を受けて日本を訪問し、日本の医療団体や国会の議員団などに会い、写真やスライドを見せながら、ガンに侵されているイラクの子供たちの実態を報告した。代表団は東京の大学では講演会も開いた。代表団はあらゆる機会を使い、子供たちの実態を日本社会に示した。土壌や水を汚染する放射能の被害は子供たちにとどまらず、農作物や食品にも影響を及ぼしている。その被害は今後、長い期間にわたって続くだろう」 
 
 「イラクは世界の政府やNGOに対し、イラクとその国民への攻撃および非人道的兵器使用の中止の呼び掛けを行っている。米国は自国所有兵器が約10年前に比べ、さらに改良されたと豪語している。これら兵器の使用は一段と悲惨な結果をもたらすことになる。このためわれわれはウェブサイトに情報を載せるなど、あらゆる手段を通じて世界に事実を訴えている。米国で黒人指導者のジェシー・ジャクソン師らが参加する戦争反対デモが行われたのは喜ばしいことだ。ジャクソン師はその際、(イラク攻撃に使われる)巨額の資金を社会福祉向上や貧困撲滅、雇用促進に使うべきだと演説した」 
 
■すべては失態隠すスケープゴート探し 
 
−−1991年の湾岸戦争時にも、米国内では戦争反対デモが起きたが、米政府は耳を傾けなかった。 
 
 「その通りだが、当時は今と状況が違う。当時、イラク軍がクウェート領内に駐留しており、米国は攻撃への口実を持っていた。しかし今回、イラクは外国に軍隊を送っておらず、イラク攻撃の口実はない。イラクと国連との関係で言えば、国連が大量破壊兵器に関するいかなる情報を求めてきても、イラクは解決策を見つけるために協力する用意がある。戦争を起す必要はないのに、どうして戦争を行うのか」 
 
 「米国は常にイラクの脅威を主張しているが、わが国は米国とは何千キロも離れている。どうしてイラクが米国の脅威になるのか。米国はイラクが生物、科学兵器や核兵器をテロリストたちに提供していると非難しているが、それが事実として証明されたことはない。ブレア英首相とブッシュ米大統領はことあるごとにイラク非難を繰り返しているが、イラクはテロ組織と関係はないし、それを証明する証拠もない。国際世論を欺く手段にすぎない」 
 
 「これらはすべて、2001年9月11日にニューヨークなどで起きたテロ事件で、その首謀者たちを捕まえられないという失態を覆い隠し、世論を欺くためのスケープゴートを引っ張り出す手段だ。だから米国は『イラクは敵だ』と叫ぶ。そして民主国家の報道機関がその宣伝のために使われている」 
 
 
■イラクはイスラム法の国ではない 
 
−−イラクとアルカイダとの関係については。 
 
 「イラクとアルカイダとは思想も主義も全く違う。いずれもイスラム教徒であることは事実だが、だからといって同様と考えるのは間違いだ。アラブ・バース社会党(バース党)とアルカイダとは思想が違うだけでなく、問題解決の方法や目的達成への手段も違う。われわれはアルカイダの手法はとらない。宗教をどのようにして政治や日常生活に適合させるかという問題について、イラクでは大学をはじめとする教育機関で質の高い宗教教育を実施している。しかし、アルカイダは闘争志向であり、異なった実践手段を持っている」。 
 
−−イラクの法律は一般法ということか。 
 
 「その通りだ。一般法であり、イスラム法ではない」 
 
−−社会生活や人間関係などすべてにおいて、イスラム法を実践しているアルカイダとは違うということか。 
 
 「アルカイダの内部事情や活動などはあまりよく知らないが、イラクの法律は一般法で、裁判は一般法廷で行われている」 
 
■あらゆる手段で戦争反対の訴えを 
 
−−イラク攻撃を阻止するために、個人、NGO、そして国家はどのようなことができると思うか。 
 
 「運動への参加は意義が大きい。ウェブサイト、新聞、雑誌などあらゆる手段を使い、戦争反対の姿勢を訴えてほしい。中でも米国民の間に広めることが重要だ。米国はイラク政権の交代を画するなどの内政干渉を行っており、これは明かに国際法に違反している。どのような政府を、そしてどのような政治体制を選ぶかは、イラク国民の権利であり、米国が口を挟むことでは決してない。米国はイラクを解放すると主張しているが、イラクは外国軍に占領されているわけではない。米国軍がイラクに侵入すれば、イラクは占領状態に置かれるかもしれないが、われわれは全力で祖国を防衛する」 
 
■報告書が改ざんされた可能性 
 
−−昨年末、イラクが国連に大量破壊兵器などに関する報告書を提出した際、米国は、安保理理事国に完全なコピーを配布するというのを口実に、国連に届く前に報告書を横取りしたとイラクは主張している。米国が報告書を改ざんしたという意味か。 
 
 「米国がやったことは国際法違反だ。なぜなら、報告書などの提出先は国連安保理だからだ。米国がイラクの報告書内容を自分たちの主張に合わせるために改ざんした可能性が極めて高い。このため、現在、理事国であるシリアは強い反対意見を表明した。イラクが提出した報告書はすべての安保理理事国に公平かつ同時に配布されねばならなかった」 
 
−−たとえば、米国が過去にイラクに対し提供した武器や物資などに関する記述部分があったとし、米国がその部分を削除するのは可能だったのか。 
 
 「削除も加筆も可能だろう。報告書の内容には安保理理事国の数カ国に渡したくないものがある、と米国は主張している。米国は、そうした情報がテロ組織に横流しされ、米国の安全を脅かすとしているが、これは米国が安保理理事国を信頼していない明白な証拠だ」 
 
■学校には椅子もない 
 
−−1991年の米軍攻撃以前、イラクは識字率、教育水準、科学知識、技術、軍事力が極めて高いことで知られていた。そうした高水準を取り戻すにはどれだけの期間が掛かり、また、今回攻撃を受けた場合、回復までにどれだけの時間が必要だと思うか。 
 
 「イラクの教育水準は高く、多く国民が高等教育を受けている。さらに20世紀初頭以降、多くの代表団を海外に派遣し、知識の積み重ねに努めてた。こうした人材がイラクの国家建設に貢献しきた。国連が現在実施しているイラク経済制裁の目的の1つは、わが国の教育水準の破壊にある。91年の米軍攻撃以降、わが国の教育水準は大きな打撃を受けたが、その後、わが国は教育水準の回復に取り組み、優秀な人材を育成してきた。経済制裁下でも、こうした優秀な人材が国家再建、開発の担い手になってる。中でも経済、教育分野で顕著に表れている。イラクは本来なら豊かな国なのだが、子供たちは今、学校で椅子もなく、床に座りながら勉強を続けている。イラクは現在、必需品購入の財源確保に不可欠な原油輸出を禁じられてるが、われわれは努力しており、当時の開発水準に戻るにはそれほど時間は掛からないだろう」 
 
−−戦争後の厳しい生活環境下、こうした優秀な人材が海外に流出する懸念はないか。レバノンやパレスチナではそういうことが起きた。 
 
 「イラクではそのような心配はないと思う。国民の愛国心は強く、海外移住を希望することはめったにない。なぜなら雇用機会は十分にあり、イラクは豊かな資源に恵まれているからだ。ただ現在は、多くの大学教授がエジプトやイエメン、リビアなど近隣諸国に出ているが、これは、国連の経済制裁のため、働き場所がなくなったからだ。制裁問題が解決すれば、こうした教授陣たちはきっと帰国してくるだろう。内戦が終結したレバノンで起きたことが、この国でも起きるはずだ」 
 
−−日本のメディアはイラク問題を公正に伝えていると思うか。 
 
 「私の見る限りでは、日本のメディアはこの問題を西側の視点から扱っているように思える。われわれは可能な限り事実を提供する用意があり、われわれと日本メディアとの関係は良好だ。ただ、イラクに関する情報の質や量は、どのメディアも似たり寄ったりだ。発表ものの報道に偏る傾向がある」 
 
■事を荒立てるつもりはない 
 
−−国連監視検証査察委員会についてどう見ているか。スパイ集団だと疑っていることはないか。 
 
 (笑いながら)「ブリクス同委員長は委員会派遣を前にして、そのようなこと(スパイ行為)を避けると言明した。しかし、委員会メンバーの中には疑わしい行動を取る者がおり、われわれは警戒を怠っていない」 
 
−−それはどのような行動か。 
 
 「政府関連施設などの査察時に見られ、たとえば、イラク当局者への質問内容に表れている」 
 
−−イラクはどうしてそのようなことを発表しないのか。 
 
 「そうしたが、われわれの目的は査察が円滑に、かつ問題なく進むことだ。違反行為があると指摘し、ブリクス委員長がイラクを訪問する際に、それを報告するだけにとどめている。われわれとしては事を荒立てることによって、イラク攻撃の口実に使われるのは避けたい」 
 
■リッター氏に「語ってほしい」 
 
ーーかつてイラク査察団のメンバーだったスコット・リッター氏をイラクは米中央情報部(CIA)要員だとして追放した。しかし、リッター氏はその後、米国が管理する査察団を批判する側に回った。彼についてはどう思うか。 
 
 「リッター氏は査察団が国連の管理下にはないことを認めたほか、イラクは化学兵器を所有していないとも明言した。彼は査察団が米国の管理下にあることなどに抗議して辞任したが、辞任した者はほかにもいる。もしリッター氏に会えたら、世界に向け真実を語るよう言いたい。大量破壊兵器の一掃を表向きの目的に掲げている米国の本当の目的は何かを語ってほしい」 
 
■イスラム教そのものも標的か 
 
−−米国の中東戦略をどう見ているか。イスラエルとの関係については。 
 
 「目標はイラクだけにはとどまらないだろう。米国とイスラエルは、域内のイラン、シリアをはじめ、サウジアラビア、湾岸諸国までも標的にするはずだ。イスラム教そのものも標的になるかもしれない。米国とイスラエルの狙いは中東全域を支配することだ。中東の地図を完全に塗り替えようと意図している。自分たちのやり方でパレスチナ問題も決着させようとするだろう。最終的にシオニスト(ユダヤ人)が中東全地域を支配することを狙っている」 
 
 「イラクにはこんな諺があります。『パレスチナへ向う唯一の道はバグダッドを通って』。今、まさにこれが起きている」 
 
 
【取材メモ】インタビューの最後にカシム・シャキル大使は「今回の赴任によって、親近感を持つ日本人の中で暮らせることがうれしい」と語った。日本人のイラク国民に対する支援に対しても謝意を示し、日本人がイラクと米国との問題に理解を深めることで、事態が好転することを期待すると述べた。また、日本政府に対しては、イラクおよび中東地域の平和確立に努力を重ねるとともに、世界の問題を平和的手段で解決に導く活動を続けるよう要望した。 
 大使は個人的に現在直面している最大の問題は「意思の疎通」だと述べた。日本では英語による交流、意思疎通が難しいため「今後もっと日本語を勉強したい」と話していた。(重信メイ) 


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