2003年04月16日14時07分掲載  無料記事
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丸目蔵人:アジア芸能フロント(1)小康社会の優雅なサウンド=中国

 収入などで生活に多少のゆとりがある。まずまずの中流の暮らし…。こうした意味合いの「小康(シャオカン)」という言葉が、このところ中国のメディアでは頻繁に使用されている。昨年開かれた共産党第16回全国代表大会にて、江沢民総書記(当時)が報告の中で、発展の目安として引用したことも大きく影響しているのだろう。日本語では病気の悪化から一時的にも脱した状態、または、世の中の安定がしばらく続く様子を指すので、同じ表記とはいえ、ニュアンスの違いを意識しておく必要はあるだろう。しかも、中国語の「小康」自体、かつてはプチブルといった、どこか否定的な解釈を与えられる場合も多かったのに対し、今では経済発展の恩恵として、プラスのイメージでとらえられている。ひとまずは小康社会を改革開放の成果と見なし、ホッとひと息ついているわけだ。 
 
 都市を中心に拡大する中産階級。所得が増えるとともにライフ・スタイルは自然と変化し、消費傾向もアメリカ的なものへと近づいていく。街角にコーヒー・ショップが急増しているのもその一例。携帯電話の普及やネット・カフェの隆盛は、情報の量を大幅に増やし、伝達スピードも一気に加速させている。流行音楽の入れ代わりの速さも10年前の比ではない。ときに、「東北人都是活雷鋒」といった人民解放軍の模範的人物を賛美する土臭い歌謡曲が話題に登る場合もあるが、主流はもっぱら洗練されたメロディの曲で、個人の好みに合わせてジャンルも多岐にわたるようになってきた。 
 
 カラオケなどで歌われるスタンダード・ナンバーの選曲にしても、確実に世代交代は進んでいる。日本で言えば、吉田拓郎、森山良子などの位置づけに相当するのだろうか、羅大佑(ルオ・ダーヨウ)、蔡琴(ツァイ・ジン)といった80年代に人気を得た台湾のフォーク、ロックの大御所たちは、いまや地元より中国各地での活躍が目立っているが、それもコンサートに気兼ねなく足を運ぶことのできる中高年の支持があるからこそ。趣味にお金をかける余裕が出てきた今、文革後の青春を取り戻す意味でも、働き盛りの男女がナマの歌を聴きに会場にやって来てくれるのだ。香港にヘッド・オフィスを構えていた羅大佑も、すでに北京に本拠地を移したと聞くが、それはマーケットとして重視するばかりでなく、リスナーたちの並々ならぬ熱気を感じたからの結果に違いない。 
 
 クラシックやジャズをポピュラーなアレンジで聴かせる。こういったタイプの演奏家が人気を集めているのも、R&Bやダンス・ミュージックといった流行歌に飽きたらない音楽ファンが多く存在している証拠である。今年の正月映画として全土で公開された張芸謀(チャン・イーモウ)監督の歴史活劇『英雄』。この音楽を手掛けた譚盾(タン・ドゥン)は、すでにアカデミー世界的にも知られた存在だが、そのサウンドトラック・アルバムを手にしているのも、純粋なクラシック愛好家ばかりではないようだ。 
 
 本格始動して、まだ2年と経っていない女性ばかりの「女子十二楽坊」も、小康社会にうまくマッチした存在と言える。唐朝の宮廷に存在した音楽機関をイメージして結成された、12人編成の民族楽器を奏でるユニット。二胡(胡弓)、琵琶、楊琴、古箏などの伝統的な音色と、クラシック、ジャズ、さらにポップスまでも融合させる斬新さは、ビジュアル面の魅力とともに広く認知されている。先日、実際にその演奏を目の当たりにする機会に恵まれたが、イギリス出身の女性4人からなるグループ、BONDにも相通じるポップさと、まるで後宮女官を想わせるたおやかさを兼ね備えていたのだった。 
 
 この「女子十二楽坊」を企画した仕掛人は、80年代後半の中国ロック黎明期から崔健(ツイ・ジエン)、陳琳(チェン・リン)、指南針(ザ・コンパス)といったアーテストやバンドをサポートし、舞台裏で音楽業界の流れを生み出してきた王暁京(ワン・シャオジン)。ロック、さらにロックのテイストを活かしたポップスを手掛けて来た彼が、ここに来てクラシック、民族音楽からのアプローチを試みたのは、いま何が都市生活者に求められているかを十分に把握していたからだろう。 
 
 二胡の温金龍(ケニー・ウェン)、琵琶の呂秀齡(シャーリー・ルー)など、民族楽器で幅広いジャンルのメロディを奏でる演奏家のアルバムは、これまでも好セールスを記録してきた。だが、現代民楽と称されるこのムーブメントを、さらにもう一歩進めて多人数の編成とすることで、「女子十二楽坊」はより多彩な表現を可能としている。ゆとりある生活に、洒脱でゴージャス、そして、民族的な誇りも覚えさせるサウンド。約20年後の国内総生産を現在の4倍に増やし、完全な小康社会を築こうとする中国の勢いを感じさせる存在のひとつとして、彼女たちを評価することは、決して的外れではないと思う。(丸目蔵人=アジア芸能記者) 
 
 
丸目蔵人(まるめ・くらんど) 1961年、神戸生まれ。出版社勤務を経てフリーに。アジアの映画、音楽、若者風俗を中心に執筆。著書に「アジオン・ラヴァーズ」、共著に「亜細亜通俗文化大全」「アジアでポップ」など。 


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