2004年05月25日14時10分掲載  無料記事
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【インタビュー】「ホームレスに機会を与えたい」 英雑誌「ビッグイシュー」創始者

 ホームレスの人たちが販売する雑誌「ビッグイシュー」は日本でも昨秋から日本版の販売が開始され、話題になったが、元祖「ビッグイシュー」はロンドンで13年前に創刊され、有名人のインタビューや社会問題を扱った記事が満載の人気週刊誌だ。 
 
 創始者のジョン・バードさん(57)も、かつてはホームレスだった。「ビッグイシュー」は慈善事業ではないというのが持論。雑誌の創刊理由はホームレスの人々に「自立する機会を与えるため」とするバード氏だが、英国のホームレスの人々を見る目は意外と厳しい。彼自身の生い立ちや雑誌創刊の経緯について、ロンドンの「ビッグイシュー」編集部で聞いた。(ロンドン=小林恭子) 
 
 インタビューに現れたバードさんはジーンズにシャツ、黒のジャケットというスタイル。どこにでもこの格好で出かけるという。秘書に手配させたコーヒーとカップケーキを「お昼を食べる時間がなくて」とつまみながら話し出す。「一緒にいかがですか?」1つしかないカップケーキをこちらにも勧めてくれた。 
 
―「ビッグイシュー」立ち上げの経緯は? 
 もともとのアイデアは、昔からの飲み仲間で、今は英化粧品会社「ボディー・ショップ」の共同経営者ゴードン・ロディック氏が提案したもの。1990年にニューヨークに行ったロディック氏が、ホームレスの人がストリート・ペーパーを売っているのをみて、「これだ!」と思ったと聞いた。当時、自分は売れない美術雑誌の編集長で、もっと質のいい美術雑誌を出したくてロディック氏に資金を出してもらいたいと思っていたので、「ホームレスの人が販売する雑誌をロンドンでやってみないか」といわれても、実はあまり乗り気ではなかった。 
 
―どうやって説得されたのか? 
 決め手は、「君ならできる。ホームレスだったんだから」と太鼓判を押された時。「慈善事業だったら、いやだ」と言ってみたが、「慈善事業じゃない。ビジネスとしてやってもらいたい」といわれ、心が決まった。事業計画を書き、ボディー・ショップが最初の資金を出し、プロジェクトがスタートした。 
 
―何故、ホームレスに? 
 小さい頃からまともに住む家がなかったのが、もともとの原因。1946年に生まれ、後に映画で有名になったロンドンのノッティングヒルに住んでいたが、当時は洒落たところでは全くなく、貧しい労働者階級が住む地域だった。兄弟が多くて家にはいつもお金がなく、家賃が払えなくなったので、7歳で兄弟と一緒に孤児院に預けられた。 
 「孤児院に預けられる」ということが最初分からなくて、どこか遠足に出かけるのだと思って家を出たが、母親が孤児院まで連れてきて、去るときにドアの外で泣き出したので、私も弟や兄たちと一緒になって泣いて、とても悲しかったのを覚えている。 
 後になってまた家族一緒に暮らせるようになったが、貧しい家庭ばかりが住む環境にいるうちに悪いことを覚え、自転車を盗んだりなどの迷惑行為に手を染めた。とうとう少年院に入り、戻ってきてからは家には寄り付かなくなった。友人宅に寝泊りするうちに、泊めてくれる友人がいなくなり、駅構内で寝たことも。長い間、簡易宿泊施設に泊まりながら、庭師や美容師、道路の掃除など様々な仕事を転々としながら生活していた。 
 
―どうやってホームレス生活から抜け出したのか? 
 本を読むのが好きだったのと芸術に興味を持ったのが、今思うときっかけだった。仕事の合間に、絵の勉強のためのコースを取ったり、詩を書くようになった。絵の勉強を通じてある女性と知り合い、結婚したので、やっと定住する場所を持つことになった。しかし、家庭を持ってからも仕事の方は一定せず、自分はすごい詩人、芸術家になるんだと信じきっていたが、なかなか実を結ばないといった状態が続いていた。 
 
―「ビッグイシュー」創刊当時の様子は? 
 友人とともにまず販売員のリクルートを始めたが、ホームレスの人が雑誌を販売するというアイデアを分かってもらうという最初の段階で苦労した。今でも絶対に忘れられない光景がある。犬を連れたあるホームレスの人を見かけ、声をかけると、最初に言われたのが「失せろ!」だった。「どうせ中流階級の暇な人が慈善事業のためにやってるんだろ」と憎しみがこもった言い方でいわれた。自分は中流階級の人間ではないし、ホームレスの人の苦しみは、自分でも経験して分かっているつもり。慈善事業としてやっているわけでもない。しかし、そういわれて、頭を殴られたように感じるほどのショックと怒りを覚えた。 
 
―雑誌の目的は? 
 ホームレスの人に自立する機会を与えること。英国は福祉国家なので、政府はすぐにハンディキャップのある人、社会的に弱い立場にいる人にお金を与えようとする。もちろん、身体が不自由な人が政府から金銭的援助を得ることを悪いといっているのではない。むしろ、額を増やして欲しいと思っているぐらい。しかし、身体に問題はないが働く意欲を失っている人たちに、ただ金銭を与えれば問題が解決できると考えるのは間違いだ。「ビッグイシュー」で、ホームレスの人が自立できるように、お金を稼ぐ機会を与えたい。社会とつながるための手立てを与えたい。 
 
―日本版発行の際、訪日したと聞くが、思い出は? 
 大阪に出かけたが、スピーチなどの合間に、日本版スタッフの人にホームレスの人々が多く寝泊りする場所に連れて行ってもらった。そこで非常に感動的な場面に出くわした。暖かいスープなどを配っていたが、ホームレスの人たちは、非常にきちんと列にならび、静かに自分の番が来るのを待っていた。私は自分がホームレスだったときのことを思い出して、ジーンとした。一人ひとりがとてもしっかりしている様子をしており、日本はすごいと思った。きっと、この人たちに「明日の朝7時にここに集合するように」と言えば、みんなが7時に集まるのだろうと思った。英国ではそうはいかない。 
 
―何故英国では人々はホームレスになるのか? 
 アルコールの飲みすぎ、失業、離婚、虐待された経験、刑務所から出た後、行き場がなくなったなどの様々な理由がある。例えば、ついこの間まで会社の重役だったような人でも、アルコール症が高じて、仕事を失い、家庭を失い、友人を失う。行き場がなくなって、ストリートに行くしかなくなってしまう。 
 
ー日本でもホームレスが問題となってきているが。 
 どんな国でも、問題を引き起こさない経済システムはないと思う。かつての英国や日本では、大量の労働力を大企業や軍隊が吸収できていた。しかし、産業構造の変化、グローバリゼーションの影響で、通常の経済システムから押し出されてしまう人たちが出てきた。資本主義社会は、個々の人が自分自身の行動に責任を持つ社会。しかし、中には、自己責任をとって生きることができない人々もいる。 
 
―政府はそうした人々を助けるべきか? 
 どんな政府の干渉も、個人の生活に対して干渉を始めると、必ず弊害が出るのではないか。例えば、国は刑務所制度を作った。しかし、人を刑務所に入れ、懲罰を与えて、また社会に戻すという過程の中で、決して社会に戻れない人を作ってしまったのではないかと思う。闇の生活に入らざるを得ない人や、ホームレスになってしまう人を作ったと思う。政府はやっかいな存在。緊急の場合には必要だが、社会の仕組みを変えようと個人の生活に干渉しだすと弊害が出る。官僚的で高圧的。そこで慈善団体にホームレスの人々の面倒を見させている。 
問題だと思うのは、慈善団体がホームレスの人を社会の犠牲者と見ており、そのように扱ってしまうこと。自分が「犠牲者だ」と思うと、人間としての威厳や自尊心を持つことは難しい。また、社会の悪の「犠牲者」なのだから、政府が自分たちに対してサポートをするのは当たり前だと思うようになる。自分から現状を変えていこうとは思わない。「誰か」がやってくれるのを「当然」と考えている。いつも不平不満ばかり言って、自分からは動こうとしないー残念ながら、これが多くの英国のホームレスの人々の典型的パターンだと思う。 
 
―英マスコミでは、「ビッグイシュー」に対する否定的記事も多い。販売員が犯罪行為に引き込まれたとか、もっと広告がとれるように内容を大幅に変えるべきだと指摘する。どう思うか。 
 
おそらく、「ビッグイシュー」をどのカテゴリーに入れたらいいのか、どう評価したらいいのか、分からないでいるからではないか。雑誌だが、ホームレスを助けるという社会的目的を持っている。他にホームレスを一括して雇用している事業を見たことがない。しかし、一方では、これだけ長い間やってきて、ホームレスがなくなったわけではない。一体成功なのか、失敗なのか判断がつかない。批判をすることは簡単だろう。 
 私からすれば、英国の大手新聞は、ホームレスの問題に限らず、他の政治経済、何でもいいが、いろいろな問題に対して嘆き、悲しみ、文句を言うだけのように見える。他の人の問題点ばかりを指摘し、いわば他者の失敗によって自分が何者であるかを定義しようとしているように見える。自分たちの顔が汚れているのにも関わらず、「ほら、あの人の顔は汚れているよ」というようなものだ。 
 
ー英国のいくつか地方自治体の中には「ビッグイシュー」の販売員に対して立ち退きを要求していると聞く。「汚い」「犯罪の温床になる」などの理由を挙げているが。 
 
ひどい状況になってきたと思っている。もし本気で、ホームレスの人が「ビッグイシュー」を販売することに反対するなら、これを違法にすればいい。現在、「ビッグイシュー」の販売は合法。何の法律も犯していない。現時点では、不当な要求になると思う。 
 地方自治体の多くは、英国全体を白人の中流階級の人たちで一杯にしたいと思っているのだと思う。それは理想の世界であって、現実には、様々な人種、様々な階級の人々が一緒に暮らしている。ホームレスの人々を自分たちの管轄から追い出しても、他の管轄に行くだけ。それならば、彼らを中流階級にするために、教育などの様々な投資をしたらどうかと提案してきたが、地方自治体の方の答えは、つねに「そんなお金はない」だった。 
 私は、ホームレスの人をのけものにしない。「ビッグイシュー」は、ホームレスの人々とともに生きる。一緒に、問題を解決しようと思っている。これからも、ずっと続けていきたい。 
 
「ビッグイシュー」とは 
 ホームレスの人が街頭で販売する雑誌。一部一冊1.20ポンド(約240円)のうち、50ペンス(100円)が「ビッグイシュー」の人件費や印刷代にまわり、残りの70ペンス(140円)が販売員の利益となる。英国での発行部数は週に25万部。日本、オーストラリア、南アフリカで現地版を発行中。日本では月刊で、約130名のホームレスの販売員たちが大阪と東京で販売中。 
 
 
バードさんの経歴 
1946年生まれ。雑誌「ビッグイシュー」発行と、就職などのアドバイスをする「ビッグイシュー財団」での活動を評価され、1995年に名誉大英勲章第5位(MBE)を授かる。2002年、自伝「Some Luck」を発表。 
 
ビッグイシュー www.bigissue.com 
ビッグイシュージャパン www.bigissuejapan.com 


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