2005年01月31日14時18分掲載
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無罪を求める黒人ジャーナリストの不屈の闘い 獄中からネット・ラジオ放送も
１９８１年に米フィラデルフィアで起きた白人警官殺害事件。現場に銃弾を受け、倒れていた黒人ジャーナリストが犯人とされ、死刑判決を受けた。冤罪を主張するジャーナリストは、連邦裁判所に再審請求の訴えをしている。彼を有罪に結びつけた物証や供述は、黒人への差別に根ざしたものだった。獄中２３年。刑務所内からインターネット・ラジオ放送を通じて、米国社会の深層に横たわる人種差別の深さを鋭く問題提起している。彼の生き様を追うジャーナリスト今井恭平氏が、彼の命をかけた闘いの姿を報告する。（ベリタ通信）
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戦争と死の谷間から
黒人ジャーナリスト、ムミア・アブ＝ジャマールの闘い
今井恭平
▽死刑囚監房からの放送
インターネットのウェブサイトから、低く落ち着いた男性の声が聞こえてくる。アメリカ大統領選挙の趨勢、イラク戦争や占領政策に対する鋭い批判と暴露、黒人への人種差別の歴史に対する洞察にもとづいたアメリカ社会への警鐘。このインターネット放送を行っているのは、プリズン・ラジオ（http://www.prisonradio.org/）というプロジェクト。１９９４年に設立されたレッドウッド・ジャスティス・ファンドという環境と人権擁護のためのＮＰＯによって運営されている。そして、流されている一連のステートメントの筆者で、自らそれを読み上げているのは、黒人ジャーナリストのムミア・アブ＝ジャマールである。
ムミアは現在、ペンシルベニア州立グリーン刑務所の死刑囚監房に「居住」している。１９８１年にフィラデルフィアで起きた白人警官殺害事件の犯人とされ、死刑を宣告されて以来、彼の獄中生活は２３年を超える。このウェブ放送は、監獄の中から行われているのである。米国では、死刑囚であっても、外部に電話をかけることが許されている。これを利用し、支援者やメディアが彼の声を録音し、さまざまな形で人々に彼のメッセージを伝えている。１９９５年には、米国の公共放送であるパブリック・ラジオが彼の獄中メッセージをシリーズで放送する予定であったが、露骨な政治介入を受け、放送中止となった経緯もある。（この禁止された放送原稿をもとにして後に出版されたのが、彼の最初の著書 Live from Death Row 邦訳『死の影の谷間から』今井恭平・訳 現代人文社 である）
白人警官殺害事件について、ムミアは一貫して無実を主張しており、おそらく世界で最もよく知られた冤罪事件の一つだろう。まず、その事件の概要をお伝えしよう。
▽フォークナー殺害と、ムミア逮捕
１９８１年１２月９日未明、米国ペンシルベニア州の都市、フィラデルフィアの中心街で、白人の警察官、ダニエル・フォークナー（当時２５歳）が、銃で殺害される事件が発生した。それから１分程のきわめて短時間で現場に到着した警官隊が目にしたのは、交差点の南東の角、舗道上に倒れている警官と、数メートル離れた位置で地面にへたり込むように腰を下ろした黒人男性の姿だった。これがムミアである。
フォークナー巡査は背中と頭部の２カ所を銃で撃たれており、ただちに救急病院に搬送されたが、約１時間後に死亡。一方ムミアも、脇腹に銃弾を受け重傷だったにもかかわらず、警官隊によって集団暴行を受け、現場に４０分近く放置された後、ようやく近隣のジェファーソン病院へ搬送される。
地元新聞は、警官殺しという重大事件と、容疑者が名前の知られたラジオ・ジャーナリストであったことから、大きく紙面を割き、翌日から連日この事件を報じた。【注１】
【注１】ムミア逮捕直後から、８２年の第一審裁判、死刑判決までの状況、さらに９５年の再審請求とその却下までの過程について、フィラデルフィアの地元紙の報道が、以下のサイトに蓄積されている。
http://www.fortunecity.com/meltingpot/botswana/509/inqarticles/inquirer-index.htm
フィラデルフィアの大衆紙、Philadelphia Inquirer は、１２月１０日付紙面で「警察官殺害される。ラジオ・ニュースマン逮捕」と報じ、また「容疑者ジャマールは、恐れを知らない雄弁なアクティビストである」と見出しを立てている。
逮捕直後から、ムミアがもとブラックパンサー党【注２】の活動家であったこと、当時、フィラデルフィアで人種差別的な警察と険悪な関係にあった黒人運動組織MOVEに対して同情的な報道を行ってきたこと、黒人ジャーナリスト協会フィラデルフィア支部長であることなどが報じられている。報道された事実は間違いではないが、白人警官殺しという人種問題のからむセンセーショナルな事件で、黒人被疑者のティーンエイジャーの頃からの政治経歴が大々的に報じられることが、ある種の先入観を広める役割を果たしたことは容易に推察できる。
【注２】１９６６年、ヒューイ・ニュートンらによって設立された黒人解放闘争の組織。ムミアは１６歳の時にフィラデルフィア支部結成に参加。
▽偏見にみちた裁判と、死刑判決
裁判は、翌１９８２年６月に開始される。ムミア自身が逮捕直後は生死の境をさまようほどの重傷であったことから、弁護側は裁判のために十分な準備ができなかった。
検察のストーリーは以下の３点を有罪根拠としていた。
�．爛潺△侶�銃が現場で発見された。
�▲爛潺△�病院で、「あの警官は俺がやった。さっさとくたばればいい」と叫んだ。
�Ｊ�数の目撃証人が、犯人はムミアであると証言した。
一審でムミアについた公選弁護人は、反証のための資金と時間の不足、検察側の証拠・証人隠しと、白人優位主義団体の終身会員で人種的偏見に満ちたアルバート・セイボ判事の強権的な訴訟指揮に悩まされつづける。ムミア自身も発言しようとするたびに退廷を命じられ、自分の裁判の重要な場面でことごとく排除されてしまう。また、陪審員の選定過程では、露骨な黒人排除が行われた。
こうして８２年７月３日、陪審団が死刑の評決を行う。
検察側ストーリーは虚構に満ちたものだが、それが暴かれていくのは、残念ながら１９９５年の再審請求のためのヒヤリング（PCRA）の場を待たなければならない。
【注３】１９８２年、第一審裁判の公判速記録および、１９９５年再審請求公判（PCRA）の法廷速記録が、以下のサイトに蓄積されている。このサイトは、ムミアをフォークナー殺害犯と決めつけ、彼の処刑を要求している警察友愛会（FOP）のものであるが、公判速記録という貴重な原資料をPDFで公開していることは感謝にたえない。
http://www.justice4danielfaulkner.com/
▽死刑執行の危機と暴かれる虚構
１９９５年６月から、再審請求のためのヒヤリングが行われる。これは、陪審員こそいないが、検察、弁護双方が証人や証拠を提出し、公開審理を行うもので、実質的には公判に近い。この時、多くの人たちが驚いたのは、裁判長が一審で死刑判決を下した当の本人のアルバート・セイボ判事だったことである。自分の裁判に対する再審請求を自分で裁定するのである。はじめから茶番だと言われても仕方がないだろう。しかも、この年に就任したペンシルベニア州知事、トム・リッジ（後にブッシュ政権が９・１１以降に新設した国土安全保障省の長官に就任し、米国の「対テロ」対策の責任者となる人物）が、３２年ぶりに死刑の執行再開を宣言し、ムミアの処刑期日を同年８月１７日と決定する。再審請求が行われ、法廷が開かれている一方で、死刑執行への秒読みも開始されたのである。
この再審請求法廷では、１９６８年の著名な反戦運動弾圧「シカゴ・セブン」事件で名をはせたレオナルド・ワイングラス弁護士ら、再審弁護団によって、次のような事実が明らかにされていく。
�．爛潺△侶�銃は、事件の直後に警察に押収されたが、発射された形跡について「検査されていない」また、ムミア本人も腕や衣服の硝煙反応テストを受けていない。（これは拳銃を使用した犯罪捜査ではありえない初歩的「ミス」である）
�▲侫�ークナーの体内から４２口径の銃弾が摘出されたという検死報告書が、原審では隠されていた。ちなみに凶器とされたムミアの拳銃は３８口径である。
��ムミアが病院で「俺がやった」と叫んだとされるが、ムミアの治療にあたった当直医師は「患者は肺に血液がたまっており、叫ぶなどということができる状態ではなかった」と証言。また当夜、ムミアのそばで警備にあたっていた警官は、日誌に「黒人容疑者は何もしゃべらなかった」と記載していた。
�ぬ楫眈攜世呂い困譴瞼Ｋ罎覆發里如�検察側立証のカギとなった証人（シンシア・ホワイト）は自分自身の犯罪を見逃してもらうために、警察と取引をした疑惑がもたれている。 こうした新証拠のことごとくはセイボ判事によって「証拠能力なし」とされ、再審請求は９５年９月１５日に却下される。一方、死刑執行命令は、執行期日の１０日前にようやく取り消された。
この９５年の処刑回避と再審請求の闘いは、世界中で大きな反響を呼び起こした。アムネスティ・インターナショナルや、欧州議会、南アフリカのネルソン・マンデラ大統領（当時）からローマ法王まで、裁判の公正さや死刑の妥当性について疑問を呈する声が広がり、アメリカ全土とヨーロッパの各地で大規模な集会やデモが行われた。日本でも「死刑廃止を推進する議員連盟」が中心となり、署名活動や米国大使館への申し入れなどを行った。筆者が日本でのささやかな支援活動を開始したのも、この時期である。
▽アブグレイブの拷問は、米国内に前史をもっている
ムミアは、自分自身の生命をかけて冤罪と闘いながら、同時に監獄そのものが人種差別と民衆への抑圧・貧困など、アメリカの矛盾の集積場であることを、精緻で説得力に富んだ描写で暴き出してきた。それは『死の影の谷間から』をはじめ、何冊もの著書として出版もされ、また最初に紹介したプリズン・ラジオやCD-ROMなどの形でも広く人々に送り届けられている。
プリズン・ラジオから、ムミアが語っていることを、一つご紹介しよう。イラクのアブグレイブ刑務所における米軍兵士による戦争捕虜虐待が明らかになった時のコメントである。彼は、素裸にされ、屈辱的な姿勢をとらされているイラク人捕虜の姿から次のような出来事を回想している。
１９７０年８月３１日、ブラックパンサー党のウエスト・フィラデルフィア事務所が警察によって強制捜索された時のことだ。自動小銃で武装した警官たちは、男たちを裸にして街路に立たせた。私はまた、ボストンでおきた悪名高いチャールズ・スチュアート事件のことも思い出した。白人の男性が、自分の妻を黒人に殺された、と主張した事件である。警官隊がボストンの黒人居住区ロックスベリーに、まるで疫病のように大量に襲いかかった。彼らは（黒人の）男たちを裸にして、ビーンタウンの街路に立たせたのである。
今、イラクに派遣されている者の多く、ことに予備役から召集された者の多くは、警察官か刑務所の看守である。アブグレイブ刑務所におけるイラク人への虐待には、実はアメリカ中の監獄や警察署内における虐待の前史があるのである。（拙訳）
ムミアの視点は、つねに歴史的な背景に視座をすえている。筆者が１９９９年５月、グリーン刑務所でムミアに面会した際に、アメリカの死刑制度について語ってくれた時も、それが黒人へのリンチに根ざした歴史をもっていることを彼は指摘した。アブグレイブの虐待をアメリカの人種差別の歴史から見透すことは、黒人ジャーナリストの視点からしか見えてこないものがあることを示唆しているように思える。
▽死刑から終身刑、さらに再度の死刑の危機
ムミア再審請求裁判の行方は、かなり混沌としたものとなっている。１９９８年１０月、ペンシルベニア州最高裁が再審請求を棄却してから、州段階の裁判が終わり、連邦段階に移る。だが、連邦地裁の決定が予想をはるかに超えて３年近くを要し、２００１年１２月になって再審請求却下を裁定する。この時、担当のウィリアム・ヤーン判事は、有罪は維持しながら死刑判決は破棄し、終身刑に減刑するというアクロバット的な判決を出すのである。
ヤーン判決が死刑を無効とした理由は、陪審員が「死刑ではなく終身刑を選択するためには全員一致でなければならない」という誤った理解をしていたから、というもの。実際には終身刑は単純多数決で選択することが可能で、これは１９８８年のミルズ対メリーランド州裁判の判例として認められている。そして、バンクス対ホーンという別の裁判の判例によれば、ミルズ判決は過去にさかのぼって適用できるとされている。このヤーン判決には、有罪を維持した点で弁護側が、死刑を取り消した点で検察側が異議をとなえて上訴し、現在、裁判は連邦巡回裁判所（中間上訴裁判所）に係争している。しかしさらに問題が複雑になっているのは、連邦地裁判決前の２００１年２月、突然ムミアが従来の弁護団全員を解任し、新たな弁護団が結成されたことと、それと連動して新しい重要証拠が３つも提出されたことによる。その新証拠の白眉は、自分が真犯人であると名乗り出たアーノルド・ビバリーという人物の自供調書である。
ムミアが旧弁護団を解任した理由は、直接にはダニエル・ウィリアムズ弁護士がムミアの許可なく裁判の内幕を描いた暴露本を出版したことであるが、背後には、ビバリー供述をめぐる弁護団とムミアとの方針の相違があったのではないか、と筆者は考えている。
２００３年１２月、ムミアの国際弁護団の一員であるマイケル・ウォレン弁護士が来日した。彼は直接の法廷訴訟には関わっていないが、世界各地でこの事件の真実を知らせる活動に携わっている。この時は、アフガニスタン国際戦犯民衆法廷(ICTA)でブッシュ米国大統領を刑事訴追する検事団の一員として来日。米軍による劣化ウラン弾使用の犯罪を告発する論告を行った。帰国する直前、あわただしい時間の合間をみてインタビューに応じていただき、裁判の現状について、いくつもの疑問点に答えていただいた。
ビバリーの供述は詳細で、他の証人の目撃情報と符合する点が多く、信頼性は高いと思っていると彼は語る。
「ビバリーは、地元の犯罪組織から金で雇われてやったと言っています。当時、フィラデルフィア市の犯罪組織と市警察の腐敗分子が裏で結託して、麻薬、売春、賭博などの不法行為がはびこっていたことは公知の事実です。ＦＢＩがこの大規模な汚職を摘発するために隠密に捜査をすすめていました。フォークナー巡査は、ＦＢＩに協力して腐敗警官の内偵をしていたため、犯罪組織と腐敗警官から消されたというのです」
実際、この事件の直後に、フィラデルフィア警察の大がかりな汚職が摘発され、おおぜいの警官が逮捕されたり解雇されており、中にはムミアの逮捕に直接かかわった警官も、何人か含まれている。ビバリーは２回のポリグラフテストをパスしており、いずれにしても彼の証言を法廷で聴取すれば、検察側も反対尋問の機会があるのだから、そうすべきだ、とウォレン弁護士は語る。
この時点では「オフレコ」と言われたのだが、すでに公表されているので書いてもよいと思うが、検察側の決定的な目撃証言を行ったシンシア・ホワイトは現場にいなかった、という新しい証人も出てきているという。
ところが、ここに来て連邦最高裁がバンクス判決の見直しをする動きが出てきた。バンクス判決が覆されれば、ミルズ判決はムミア裁判には適用されないこととなり、死刑を無効としたヤーン判決は判例的根拠を失う。
「それはつまり、ムミアがふたたび死刑宣告を受ける可能性があるという意味ですか？」という筆者の問いに対し、「その通りです。その危険性はきわめて高いといわざるをえません」という答えが返ってきた。
現時点でもっとも新しい情報は、昨年６月２４日、連邦最高裁がバンクス判決を見直し、ミルズ判決の規定はバンクスには適用されず、死刑が維持されると判示した。
裁判が連邦段階に入って、ますます事実審理を離れ、法文や判例解釈の世界に入っていくことで、真実を発見するという基本的な刑事裁判の精神が見えにくくなっているように思えて仕方がない。
連邦最高裁の裁定を待つために実質的に審理が止まっていた連邦巡回裁判所での審理が動き出しているようである。この動きは、ムミアの上にふたたび死刑執行の影がしのびより始めたことを意味している。
紙面の関係で、事件の詳細や裁判の状況について、説明不足となっている部分が多い。「ムミアの死刑執行停止を求める市民の会」のウェブサイトを参照していただければ幸いである。 http://www.jca.apc.org/mumia/
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