2005年04月25日01時18分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200504250118351

密入国者の姿が人気デザインに 本来は交通標識

 メキシコ国境に近いカリフォルニア州南部のハイウエーをドライブしていると、奇妙な交通標識が目に入る。黄色の下地に、3人の親子の姿がシルエットで黒く描かれ、その上に「注意」の文字が書かれてある。このシルエットに描かれた3人は、メキシコからの密入国者のこと。密入国者が、ハイウエーをあわてて横切る場合があるので運転に注意せよという意味だ。1990年に初めて導入されたが、交通標識としてはあまり例のないデザインのため、現在では、このシルエットは、“走る家族”として、Tシャツや、コーヒーカップ、スティッカーのデザインにも使われ、人気を呼んでいる。(ベリタ通信=江口惇) 
 
 米国に不法入国する者は、年間40万人と推定されている。国境が陸続きのメキシコからは、カリフォルニア、アリゾナ、テキサスなどを通じて密入国者が絶えない。現在米国内の不法滞在者は1200万人といわれる。 
 
 米サンディエゴ・ユニオン・トリビューンによると、1980年半ばから90年初頭にかけて、多くの密入国者が、ハイウエーを横切ろうとして、高速で走ってくる車にひかれて死亡した。 
 
 なぜ、彼らはハイウエーを横切ったのか。答えは、ハイウエーの先に米国の検問所があるため、これを避けるのが目的だった。隠れていた密入国者は、バンなどからいったん下車した後、ハイウエーを横切って海岸近くまで出る必要があった。その後、海岸に沿って検問所を通らずに徒歩で北上し、検問所を既に通過していた車に、後で合流する算段だった。 
 
 しかし、両側8車線という高速ハイウエーについての知識に欠ける密入国者は、その危険性が理解できず、事故に遭った。 
 
 このため米国のドライバーに注意を呼び掛けるため、交通標識の導入が検討され、グラフィックデザイナーのジョン・フッドさんが、デザインを考案した。フッドさんは、ベトナム戦争従軍の経験があり、ベトナム人が戦火を逃れて必死で逃げる姿をダブらせながら、デザインを完成させた。 
 
 前傾姿勢で懸命に走る若い父母と、その母に手をひかれた少女の髪が、風でたなびく姿を黒のシルエットで描いた。「単にハイウエーを横切っているだけの意味ではない。チャンスとか自由を求めて走っている姿も意味する」とフッドさん。 
 
 当時、移民の人々の間から、シルエットで顔が描かれていないことや、動物の横断注意を呼び掛ける標識に似ているため「侮辱だ」の声も上がった。逆に移民反対派は「法律を破った人を国は守ろうとするのか」と批判した。 
 
 その後、90年代後半からフェンスなども設置され、ハイウエーの横断による事故はなくなった。密入国のルートも変更されたようだ。事故がなくなり、ユニークな交通標識は今は、過去の“遺物”の感もある。しかし、起業家たちが、この標識の商品化を考え、3人の家族の姿がプリントされたTシャツや、カップなどが、お土産用グッズとして、人気を集めている。ウェブサイトでも、シャツ、帽子、エプロン、男性用ボクサーにプリントされ、販売されている。 
 
 3人のシルエットの交通標識を購入したいとの照会も当局に寄せられている。また少なくとも標識1つが盗みにあった。しかし、交通標識の使命は終わったとして補充はしない方針という。スミソニアン博物館でもこの標識に関心を寄せ、実物を展示しようとしたが、サイズが大きいので、写真展示だけを行なっている。 
 
 生みの親ののフッドさんは、版権収入は得ていないが、そんなことはあまり気にしていない。「あれは私のベービーだ」と述べ、3人のシルエットが、新しい人生を歩き出したことを喜んでいる。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。