2006年03月11日13時22分掲載  無料記事
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なぜ高尾山を守らなければならないのか(1) 東京高裁の圏央道判決はおかしい  和泉 明

  東京高裁は2月23日、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)あきる野インターチェンジ建設に反対する住民が起こしていた、事業認定取り消しの訴えを却下した。高裁判決は国の主張を丸呑みにした判決である。あきる野インターチェンジは一連の橋梁談合工事の一環として施工されたものであり、このこと自体が公共性を疑わせるものである。また、あきる野インターチェンジの現状をよく見ればこのような判決は出てこないはずである。東京都民の「癒し」と「活力」の場である高尾山を守る立場から、公共事業行政のずさんさと民主主義の空洞化を検証してみたい。 
 
▽4分の短縮のために300世帯の立ち退き 
 
 あきる野インターチェンジ建設に反対する住民たちは、このインターチェンジがその手前の日の出インターチェンジと2kmしか離れていないため、このようなインターチェンジは不要であると主張してきた。国はあきる野インターチェンジの必要性について、これをつくらないと2000年(平成12年)には日の出インターチェンジの1日当たり交通量は1万7千台に達し、圏央道と平行する国道411号が著しく混雑するとしていたが、05年(平成17年)3月のあきる野インターチェンジ開通直前でも日の出インターチェンジの1日当たり交通量は9千8百台であった。あきる野インターチェンジから日の出インターチェンジまでの距離はわずか2kmで、国道411号を走っても時間にして6分、圏央道を走って2分である。短縮される時間わずか4分のために日の出からあきる野インターチェンジまで300世帯の住宅の立ち退きが求められたのである。 
 
 また、あきる野インターチェンジの位置を見ればすぐ脇に東京サマーランドがあることに気がつく。東京サマーランドは東京都が51%の株式を保有しており東京都の天下り先となっていた。あきる野インターチェンジの目的が東京サマーランドへのアクセスを図ることにあった疑いが濃厚である。 
 
 わたしは高尾山の自然を守る運動の一端にたずさわってきた立場から、圏央道を巡る状況をまず簡単に説明して、この工事の問題点、そしてこの工事に見られる現在のわが国の公共事業関連行政のひどさと、民主主義が破壊されていく姿を明らかにし、国がいま強行しようとしている高尾山トンネル工事の中止を訴えたい。 
 
 国はあきる野インターチェンジを完成させ、圏央道を南に延長し高尾山の手前の国史跡八王子城跡直下にトンネルを工事中であり、トンネル南側の出口では中央自動車道と接続させるため八王子ジャンクション(以下「八王子JCT」と表記)が建設中である。 
 
 現在、圏央道は関越自動車道・鶴ヶ島インターチェンジからあきる野インターチェンジまで約30kmが完成している。 
 
関越・鶴ヶ島 
 ↓ 19.8km 
青梅IC 
 ↓ 8.7km 
日の出IC 
 ↓ 1.9km 
あきる野IC 
 ↓ 9.7km 
八王子城跡トンネル 
 ↓ 
八王子JCT・(裏高尾町)・高尾山トンネル 
 ↓ 2.1km 
南浅川IC 
 
 
国は八王子城跡トンネルの南側出口で圏央道と八王子JCTとを接続し、さらにここから裏高尾町を橋梁でまたいで高尾山にトンネルを通そうとしている。 
 
 圏央道工事に反対する裏高尾町の住民と自然保護運動に取り組んでいる諸団体は2002年に、圏央道が国史跡八王子城跡を破壊し、高尾山トンネルが裏高尾町の生活環境と高尾山の自然を破壊するとして青梅インターチェンジと八王子JCT間の事業認定取り消しを求める裁判を起こしていたが、昨年5月東京地裁は住民側の訴えを全く無視して国側の主張を全面的に認める原告敗訴の判決を出した。このため住民と自然保護運動諸団体は現在、東京高裁に控訴している。 
 
 国は昨年7月、八王子JCTから高尾山にトンネルをとおし南側出口に建設予定の南浅川インターチェンジにつなげる工事の事業認定を申請するための説明会を開催し、9月には国土交通省に事業認定の申請を行った。このため高尾山トンネル工事に反対する人々と団体は昨年11月高尾山トンネル工事の事業認定をしないよう訴える事業認定差し止め訴訟を東京地裁に起こした。 
 
▽「高尾山から世界が見える」 
 
 わたくしたちがなぜ高尾山トンネル工事に反対するのかといえば、この工事が裏高尾町の人々の生活環境に重大な影響を与え、さらに高尾山のかけがえのない自然が破壊され元に戻らない恐れが非常に大きいからである。 
 
 高尾山は「明治の森高尾国定公園」の中心となる部分であり、国定公園は「自然公園法」で国、地方公共団体が保護しなければならないと定められている(同法3条)。にもかかわらず国と東京都は高尾山の自然を破壊する可能性が高いトンネル工事を認め、強行しようとしている。 
 
 高尾山は都心から1時間ほどで行けて駅から直登できるということも多くの人が訪れる理由ではあるが、それ以上にこの山の豊かな自然と静けさが訪れる人々に安らぎを与えるからではないだろうか。高尾山は標高600mにもたりない手軽に登れる山であるためになかなか気がつかれないが、その豊かな生態系は世界的に見ても貴重なものであるといわれている。生育する植物の種類は1300種類におよび、これはイギリス全土の植物の種類数に匹敵する。また昆虫の種類の多さから大阪の箕面山、京都の貴船山と並んで日本3大昆虫生息地の一つとされている。たとえばカミキリムシは、山梨県全体で見つかるカミキリムシ約300種類の半数以上が高尾山だけで見つかるという。 
 
 特に高尾山にはこの緯度では高度800m以上に生育しているブナが生育しており、現在90本ほどが確認されている。一番大きなブナは元禄時代のものであり直径1mをこえている。それ以外のブナも江戸時代のものである。このことはいまから2、300年前が寒冷期であったことを示す貴重な証拠でもある。また高尾山の豊かな水脈は琵琶滝、蛇滝となって訪れる人に清涼感を与えると共に古くから修行の場となっている。 
 
 東京学芸大学の小泉武栄教授は、高尾山の世界的に見ても貴重な、豊かな生態系の基盤をつくっているのはその地質学的特性であると述べられている。高尾山は八王子城跡と同じ小仏層群と呼ばれる板状の粘板岩、砂岩が傾斜して重なりあっている褶曲山地である。この岩石が数千万年という長い年月に一部は砂礫となり山全体の豊かな水脈をつくりあげ、さらに北側と南側斜面の気候変化が複雑な生態系をつくりだしているという。いわば、地球の太陽からの全く偶然の距離が地球に豊かな生命が育まれることを可能にしたように、高尾山の位置がその地質とあいまって複雑な生態系をもたらしているといえる。 
 
 私たちは「高尾山から地球が見える」といってもよいのである。それだけにここに直径10mの自動車専用道路を2本とおすことが取り返しのつかない自然破壊につながる可能性が非常に高いのである。 
 
 1967年(昭和42年)に高尾山が国定公園に指定された趣旨は、「自然環境に恵まれない大都市住民に対して森林の保護育成を図りながら、自然と親しめる野外レクリエーションの場を造成し、提供する」とされていて、時間と経済的余裕から遠方まで行けない多くの人々にも静寂さと豊かな自然に触れ合うことで「癒し」と「活力」をあたえてきている。 
 
 トンネルができれば高尾山の水脈は破壊され、トンネルを通過する車の排気ガス等により地表温度が上昇し、乾燥化により生態系の循環に大きな役割を果たしている地中の生態系がまず破壊されるといわれている。山に住む生き物たちだけでなく訪れる人々も絶え間ない車の騒音を聞かされ、すぐ目の下には北側の巨大な橋脚と八王子JCTをそして南側にも南浅川インターチェンジのコンクリートの固まりが巨大なとぐろを巻いたような姿を見せつけられることになるのである。聖心女子大学の鳥越けい子教授は、高尾山の自然と周囲の景観が音と一体となって作り出している空間(サウンド・スケープ)の重要性を指摘されている。 
 
▽住民軽視のトンネル工事の事業認定申請 
 
 高尾山トンネル工事については、このたびの事業認定申請を行うに至った過程がまず問題にされなければならない。 
 
 自然公園法では、国定公園の特別地域内に工作物を建造するためには起業者(国交省)が東京都知事と協議し、さらに都知事は環境大臣と協議しその許可を得なければならないとされている。このため、トンネル工事着工を急ぐ国交省は一昨年6月に東京都に工事許可申請を提出した。東京都は自然環境保護の立場から反対する人々の意見を聴取することもせず、国交省提出の資料をもとに審査をおこない10月には「支障なし」として同意の書類を作成し、これを環境省に提出した。小池環境大臣は十分な審査も行わずに12月には工事許可に同意した。ついでにいうと、このような行為は環境省の存在意義を疑わせる行為であると考えるが、環境省に言わせれば国交省をはじめ他の巨大な省との力関係のなかで環境省が生き残っていくためにはこうするしかないということであるようだ。 
 
 そして、昨年5月青梅インターチェンジから八王子JCTまでの事業認定訴訟で東京地裁が国の主張を全面的に認める「行政追随」と多くの新聞が書いた判決を出し、原告側が敗訴したのを見計らうかのように国側は急遽、事業認定申請のための事業説明会を7月に開催した。 
 
 ところで、今回の事業申請は2001年(平成13年)に改正された土地収用法にもとづく公共事業である。この改正土地収用法は土地収用の迅速化を狙って改正されたものである。従来の法では、土地収用を巡る収用委員会の公開審理段階でも土地収用される住民側から事業そのもの正当性についての議論が続けられて委員会が紛糾し収用裁決までに時間がかかることが多かったため、改正収用法では収用委員会の公開審理段階では住民側は収用条件(価格等)についてのみ意見を述べることができるとした。そのかわりに、従来住民に対する説明が不十分であったために住民側の納得が得られないまま事態が紛糾するというケースが多かったことを反省して、公共事業そのもの是非等については収用委員会開催以前に説明会、公聴会等で住民側と意見交換の場を設け情報公開、住民参加により事業認定にいたる過程の透明性・公正性を確保して住民側との十分な合意形成を行うということが前提となっている。 
 
 しかし、今回の高尾山トンネル工事の事業認定申請までの過程はこのような住民との十分な合意形成とは程遠い形式的なものであり、国側の姿勢は住民との合意形成よりも何が何でも早期に工事を強行しようという意思を露骨に示したものだった。昨年7月22日に国交省が開催した事業説明会は多数の職員が会場内に配置される異様な雰囲気の中で行われ、まだ多くの質問者が残っていたにもかかわらず国側は一方的に説明会を打ち切り、参加者からの再度開催の要求には全く応じず、説明会は行ったとして9月に事業認定を申請した。そもそもこの事業認定申請というものがわが国では起業者(国土交通省)が認定者(国土交通省)に対して行う奇妙なものなのである。 
 
 その後、国は次の段階として11月に3回公聴会を開催した。開催に先立ち住民側は公述人との充分な質疑応答の場を確保してほしいということを強く要求したが、公聴会では主催者(国)側は予め提出された質問以外は認めず、質疑のやりとりの最中でも時間がくれば一方的に質疑を打ち切るというような強権的な姿勢に終始した。 
 
▽国側公述人の不可解な発言 
 
 公聴会での陳述、質疑のなかからいくつかをあげると次のとおりである。 
 
 現在、八王子城跡トンネル工事は史跡の保全をおこないながら工事をすすめなければならないため、国側が選任した学識経験者で構成されるトンネル技術委員会が工事の進行状況をみていくことになっている。その委員会の会長・今田徹氏が国側公述人として述べたことは、トンネル工事によって高尾山の自然が破壊されたりしないように「最大限の努力をする」というものであり、自分が責任者となっている八王子城跡トンネル工事で現在すでに起きている異変についての説明は全くなく、「最大限の努力をする」だけで、「工事によって高尾山の自然が破壊されることはない」という言葉は聞かれなかった。 
 
 これに関連して公述人から、八王子城跡トンネル工事ではトンネル技術委員会が予測していなかったような山の水位低下等が起きているがこのことは高尾山トンネル工事でも現在のトンネル技術委員会では予測できない事態が起きる可能性があるということではないかという質問がなされたが、国側からは今田氏の説明以上の答えはなかった。 
 
 また、国側公述人の森地茂・政策研究大学教授は、圏央道工事が遅れることにより巨額の経済的損失が発生しているとして圏央道の早期完成を要望した。八王子城跡トンネルの工事が当初の予定工期3年を大幅に越える6年たっても完成しないのは工事に反対する人々の意見を無視して強行し予想外の大量の出水が起きたりしたためであるのに、工事がなぜ遅れているのかを不問に付してあたかも反対運動が社会に巨額の損失を与えているかのような発言をおこなった。また、いく人かの自治体関係者が圏央道の早期完成を要望したが、そこには貴重な自然環境を次世代に残していく大切さや一部住民の生活環境が破壊されることについての配慮は全く聞かれず、ただ「わが町の繁栄のため」というさびしい日本の現状の一面をみせてくれただけだった。 
 
 公述人から、国が国定公園である高尾山や国史跡の八王子城跡にトンネルを掘るというルートを決めた経緯、その時に代替案も検討した上で決めたのかという質問がされたが、「経緯は不明、代替案も検討したことはない」ということであった。 
 
 裏高尾町では八王子JCT工事が進むにつれて、中央高速の騒音がジャンクションの橋脚に反響するようになったためか、「すでに一部で環境基準を上回る騒音が発生している」という住民側の測定結果にたいして、騒音は環境基準以下と言う環境影響評価(1988年のもの!)がされているという答弁を繰り返す国側の思考回路は不可解というほかない。 
 
 また、空を圧するような八王子JCTと高尾山までの巨大な橋脚が高尾山周辺と裏高尾町の景観を全く破壊するという公述人の指摘に対しては周囲の環境と調和させるから景観破壊はないという答えであるが、その内容は橋脚の周りに木を植える(橋脚の高さは地上60mなのである!)とか緑色の塗料を使うから問題ないというような子供だましに近いものなのである。 
 
 圏央道の東京区間の大口工事そのものが落札率95%以上と談合工事としか考えられなものであり、この点を指摘し、国民の税金を掠め取るような工事はいったん中止し、再入札すべきではないかという指摘に対してもまともな回答はなされなかった。(つづく) 
 
*圏央道(正式名称は首都圏中央連絡自動車道)は、都心から半径40〜60kmの距離に国が建設を進めている総延長300kmの高速自動車専用道路で、千葉県木更津市から成田、筑波、川越、八王子、厚木、茅ヶ崎、横浜を結ぶ。現在、埼玉県の関越自動車道鶴ヶ島インターチェンジから八王子市裏高尾町まで約40kmの工事が進められており、鶴ヶ島インターチェンジから東京都あきる野市のあきる野インターチェンジまで約30kmが完成している。 


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