2006年06月18日09時12分掲載  無料記事
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英議事堂前で寝泊りし戦争反対の抗議続ける 警察の手入れも

  【ロンドン18日=小林恭子】ロンドンの英議会の建物の真向かいにあるパーラメント広場で、戦争反対の抗議活動やデモを5年間続けている男性がいる。妻や子供と離れ、数メートルの長さに並べた反戦の展示物の陰に、昼夜寝泊りしている。英政府当局はこの男性を移動させるのに必死だが、英市民の「抗議をする権利」を簡単に失ってはならないと数人の賛同者たちが入れ替わりデモ現場兼「住居」を守り続けている。 
 
 ブライアン・ホーさん(56)は、2001年6月から、議会前のパーラメント広場で反戦活動を行ってきた。 
 
 当初はイラクの子供たちや市民に損害をもたらすイラクに対する経済制裁の停止を訴えた。その後、アフガン戦争、イラク戦争など英国が関わる戦争が発生し、こうした戦争に限らず、全ての戦争、大量殺りくの停止を呼びかけるようになった。 
 
 最長では横40メートルにもなったホーさんの展示版には、イラクで亡くなった子供たちの名前、写真、日本で原子爆弾で亡くなった人たちの写真のほか、世界中からの反戦メッセージなどが貼り付けられている。 
 
 先日、この展示物の一部を、80人近い警察官が強制撤去する事件があった。パーラメント広場でのデモ禁止令に沿った動きだった。ホーさんを始めとして、ホーさんとともに掲示板脇に寝泊りしていた数人が、逮捕、拘束された。数時間後に全員が釈放された。 
 
 昨年7月、英国では警察の許可のないパーラメント広場近辺でのデモを禁止する法律(重大組織化犯罪警察法)が施行された。ホーさんのデモを止めるための法律だった、と支持者は見ている。 
 
 ホーさんは、自分の抗議活動は、この法律の施行前から始まっているとし、法律の適用外を主張し、訴えを起こしたが、今後ホーさんが抗議を続ける場合、警察に許可を得ることが必要になった。 
 
 警察側は、法律成立後、抗議デモの条件をホーさんが破ったとして、何度も警告をしてきたが、状況に変化がないので、撤去作業を起こした、と説明した。 
 
 翌日、デモ場所を訪れてみると、ホーさんと支持者20人ほどが集まっていた。英議会では、週に一度、昼の12時から、首相と野党議員との「クエスチョンタイム」という質疑応答の時間がもたれ、ブレア英首相はこれに合わせて議会内に入る。ブレア首相が到着する頃を見計らって、デモの支持者たちは、反戦のポスターや旗を手に持ち、「大量殺戮をやめろ」、「人殺し」などと叫びながら、持参した笛を吹いた。 
 
 デモ場所には数人の警察官も配置しており、参加者を監視していた。ビデオカメラを持って、ホーさんらの動きの一部始終を撮っている警官もいた。これに対し、人権のロビー団体「リバティー」の監視委員数人も、人権じゅうりんがないかどうかのチェックのために集まっていた。 
 
 議会建物を見据えていたホーさんに近づき大丈夫かと手を差し出すと、ホーさんは手を握り返し、「心底腹が立っている」と、答えた。「警察が私物や展示物を持っていた。ものすごく頭に来ている」。ジーンズ姿で、反戦をうたうカラフルなバッジがついたヘルメットを被り、抗議に使うベルを片手に持っている。 
 
 「身の危険を感じるか。安全か」と重ねて聞くと、「世界中で安全なところはないんだよ。ヒロシマ、ナガサキでも大量殺戮があった。今はイラクで、そして世界中のあらゆるところで人が殺されているんだよ」 
 
 「私が抗議をしているのは子供が殺されている現状を止めたいからだ。戦争よりも平和を作っていこうじゃないか。イラクの子供たちを殺してはいけない」 
 
 「みんながみんなを殺している。子供たちに爆弾を落としている。誰かがこんな馬鹿げたことをどこかで止めないといけないんだ」 
 
 一人の警官が、「言論の自由」と書かれたポスターを議会に向けて広げていた女性に近寄り、職務質問を始めた。名前などを書き取ろうとしたところ、女性が情報を与えなかったため、警察官は彼女を移動させようとし、女性と警官、集まった参加者たちの間で、一時、もみ合いとなった。 
 
 ホーさんもやってきて、「ポスターを持っているだけで逮捕するのか」「逮捕状はあるのか」「そっちの名前は」「逮捕理由を示せ」と叫んだ。騒ぎが大きくなり、逮捕するのは難しいと思ったのか、警察官は途中で人の輪からはずれ、デモ場所とは逆方向にある広場の芝生に向かって、歩き出した。 
 
 ホーさんは、「人が話している間に、歩き出すとは、失礼な」「ちゃんと逮捕理由を説明しろ」と繰り返す。 
 
 芝生部分にいたほかの数人の警察官たちの中に入り、デモ参加者のほうに向いた警察官に向かって、ホーさんは、慣れたように抗議を始めた。 
 
 「正当化しろよ、大量殺戮の正当化を」、「麻薬はどこでも吸っていいのに、デモは限られた場所でしかできない、とは一体どういうことなんだ。正当化しろ」「戦争の、大量殺戮の理由は一体何なのか」 
 
 ホーさんの切れ目のない抗議の言葉を、警官が居心地が悪そうな表情で聞いている。 
 
 警察官らがホーさんの私物や展示物の多くを取り去ったことで、ホーさんの抗議をやめさせようという政府側の意志が「かなり強い」ことを支持者の一人エマさんは感じている。 
 
 あやうく逮捕されそうになった女性に聞くと、前日、ホーさんの荷物を警察が没収したとき、彼女自身が逮捕されたという。「当時、ホーさん以外にも9人がここに寝泊りしていた。逮捕の後は、4時間ぐらいで釈放された」 
 
 「何故逮捕されたのか?」 
 
 「公共の平和を乱している、ということだった」 
 
 自由民主党のトープ卿は、英紙デイリーテレグラフに対し、「ホー氏らの抗議デモが目障りだと思う人がいるかもしれないが、一部の人にとっては目障りなことが起きるというのは民主主義社会の一要素だ。抗議する権利、目障りなことをする権利がある」 
 
 ホーさんは元大工で英中部に妻と7人の子供を残して、戦争反対の抗議デモを起こすためにロンドンにやってきた。最愛の家族に会いたくても、反戦デモを続けているのは、その後イラク戦争が発生したためだ。 
 
 「自分の家族同様、イラクの子供たちは貴重な存在。自分の子供だけでなく、隣人の子供も愛するべきだと思う」 
 
 生活資金は複数のチャリティー団体や個人の有志などの助けに依存しているという。 
 
 英議会前のホーさんの反戦デモはロンドンの新しい名所となったが、ホームレスとなったホーさんを攻撃する人々もいる。お酒を飲んだ後にホーさんのディスプレーを壊す人も中にはいた。在英米大使館に勤務する男性から攻撃を受け、鼻の骨が折れたこともあった。現在では、夜の間の攻撃を防ぐため、朝5時ごろまで起き、それから眠りをとることが多いという。 
 
 「いつまでここにいるのか。神様だけが知っている。本当に、私自身が、それを知りたい」 
 
 支援者のエマさんは、ホーさんの反戦デモに賛同する人は、誰でもデモの場所を訪れてほしい、という。ただし、一緒にデモ活動をして反戦メッセージを叫んだりなどした場合、警告を受けるあるいは逮捕される可能性もあるため、十分注意してほしい、としている。支持のはがきを送りたい場合は Mr Brian Haw, c/o Parliament Square, London SW1A, U.K.へ。 


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