2006年08月23日11時05分掲載
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靖国神社問題
「戦争責任」を深く考えよう 小泉流8・15屁理屈参拝を許さないために 池田龍夫(ジャーナリスト)
小泉純一郎首相は5年半に及んだ�犖⇔呂虜足瓩�ら間もなく退場するが、内外を騒がせ続けてきた「8月15日靖国神社参拝」を遂に強行した。独断専行、意表を衝く政治手法に酔い痴れた果て、日本の将来に禍根を残すパフォーマンスが腹立たしい。
そもそも小泉首相靖国参拝の動機は、政治的野心を秘めた不純なものだった。2001年4月の自民党総裁選。橋本龍太郎候補を追い落とすため、狙い定めたのが日本遺族会の大票田だった。ところが、10万票を超す大組織の会長はライバルの橋本氏。強固な橋本陣営を切り崩すため、小泉陣営が遺族会に�犖�約�瓩靴燭里�、「8・15靖国参拝」だった。
この電撃作戦が奏効して、小泉氏は自民党総裁→首相の座を射止めたのである。その後「靖国参拝は公約だ」と盛んに吹聴しているが、�犢駝韻悗慮�約�瓩任覆�ったことは明白で、小泉政権はスタートから欺瞞性に満ちていたと言えるだろう。
小泉首相は8月15日朝、こだわり続けた「終戦記念日参拝」を成し遂げたあと、「8月15日を避けても批判、反発は変わらない。ならば、今日は適切な日ではないか。『A級戦犯が合祀されているから行っちゃいかん』という声があるが、圧倒的多数の戦没者に対して哀悼の念を持って参拝するのが何故いけないのか。A級戦犯のために行っているのではない。日本文化の問題、まさに心の問題でしょう。中国や韓国の言うことを聞けば、アジア外交がよくなるとは思わない」と、小泉流理屈を繰り返す姿勢は噴飯ものだ。
1年前の8月15日、小泉首相が�犲鸛蠱模鱈瓩如峅罎�国は、かつて植民地支配と侵略により多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた。歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明する。戦後我が国はサンフランシスコ平和条約を受け入れ、国際社会復帰の第一歩を踏み出した。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築したい」と強調したが、今回の「8・15参拝」によって小泉流�犖�先談話�瓩鵬瓩�なかったことが分かる。
小泉首相に正しい歴史認識があるならば、A級戦犯合祀の靖国参拝を断念(凍結)し、新たな追悼施設などを検討することが為政者の責務だ。ところが小泉首相は、聞く耳を持たない�犲�己陶酔�畄燭寮�治家で、しかも�犹廚い弔�発言�瓩�目立つ。
「A級戦犯合祀の矛盾」を問いつめられると、本質論を避けて「心の問題だ」との情緒的言葉で逃げてしまう。富田朝彦・元宮内庁長官(故人)メモが最近見つかり、昭和天皇が1976年以降靖国参拝を打ち切った理由が「A級戦犯合祀」にあったことが明らかになったのに、これにも全く耳を傾けない傲慢さだ。
ましてや、他国からの合祀批判には「批判する方がおかしい」の一点張りで、「相互理解に基づく未来志向」など望むべくもない現状になってしまったことが嘆かわしい。
外交・内政を揺るがす重大テーマとなった「A級戦犯合祀」の再検討は急務だが、「政教分離の原則があるので政府は宗教法人である靖国神社に物申せない」と小泉首相や政府与党首脳は弁明するばかり。「A級戦犯は戦争犯罪人」と国会答弁した小泉首相が、その�狎鐐菷蛤畤有瓩鮃艫�する神社へ参拝に行く矛盾に気づかない鈍感さに呆れる。自らの�猩斥�矛盾�甅狎�治介入�瓩鮹�上げして、本質論議・説明責任を果たさない小泉流政治手法こそ混乱の元凶である。
靖国合祀の経緯をたどると、靖国神社は厚生省(現・厚労省)が同神社へ毎年提出する「戦没者名表」に基づいて祭神を決めてきた。A級戦犯14人合祀も同じ手続きで行われており、政府には名簿を渡した政治責任があると考える。さらに突っ込んで検証すると、A級戦犯を密かに合祀した松平永芳・元宮司(故人)の確信犯的策略に行き着くのである。
松平氏は東京裁判否定論者で「A級戦犯も戦争犠牲者」と主張し続けていた。多くの資料や研究者によって、「1978年7月宮司に就任した松平氏は、前任宮司の筑波藤麿氏が霊璽簿記載を控えていたA級戦犯合祀を同年秋強行した」ことが裏づけられている。
この抜き打ち的行為に立腹した昭和天皇が「靖国参拝」を断念した経緯を、「富田メモ」が立証したといえよう。これに対し、靖国・守旧派から�爛縫司�説�瓩泙波瑤喀个靴独刃世防�死だが、いずれにも説得力がなく、「富田メモ」の史料価値を認める識者が圧倒的に多い。
この「富田メモ」を契機に「A級戦犯分祀論」が勢いづく一方で、靖国非宗教法人化の動きが出るなど、混乱の波紋は広がるばかりだ。「A級戦犯を分祀すれば、天皇参拝を復活できる」との意見も単純すぎる。
明治2年(1869年)創建の靖国神社が「国家のため、天皇のために亡くなった戦没者を顕彰する施設」で、全戦争犠牲者を追悼する施設でないことは明らか。明治以降の歴史認識を明確にしないまま、拙速の�狢綢悵騰瓩琶夘佞�はずがなく、じっくり論議する必要がある。
東条英機内閣の外相、東郷茂徳氏を祖父に持つ東郷和彦・元外務省欧亜局長が、最近発行の雑誌や新聞に「靖国参拝モラトリアム(一時停止)」を提言し、戦争責任についての踏み込んだ議論を呼びかけている。解決の糸口が見つからない現状打破のため、参考になると思われる「東郷提言」の主要個所を抽出、紹介しておきたい。
「歴史問題に関する限り、中国と日本ではどちらかと言えば日本が加害者。日本が中国社会に深い傷を残したことは紛れもない事実だ。まず日本が謙虚になって、一歩引く姿勢を示さなければ事態は動かない。だから日本は『靖国参拝モラトリアムを宣言せよ』と提言したい。未来のリーダーはモラトリアムを解除できると判断する時期が来るまで、この宣言を継続し、その間に国家として成すべきことをすることだ。
第一に、靖国神社を国のために命を捧げた人を純粋に慰霊す る場にすること。戦前の歴史観に立脚した『遊就館』併設を止 めたい。
第二は、戦争責任問題を国民的に議論すること。政府は1995年の『村山談話』以来、アジア諸国などに与えた損害と苦痛に対し『痛切なる反省とお詫び』を表明してきたが、だれにその責任があるのかには踏み込んでいない。日本自身で改めて戦争責任を問い直すべきで、国民的議論の末、最終的には政府見解が必要だろう。それはA級戦犯合祀の適否の判断にも直結する。
第三は、太平洋戦争の記憶を後世に伝えるため、国立の歴史博物館をつくること。中国などで実際に起きたことを客観的に示すほか、原爆投下などで日本民族が抹殺される危機に瀕したことを示すことも必要だ。戦争の記憶を総合的に示すことによって、日本自身、戦争の問題を乗り越える縁(よすが)になろう。
靖国問題を考察すればするほど、歴史認識についての真剣な検証・反省を怠ってきたツケが重くのしかかってくる。戦争責任をシビアに追究していくと、昭和天皇の戦争責任の壁に突き当たるのである。
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