2006年09月04日14時49分掲載  無料記事
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時事英語一口メモ

【10】イスラムとファシズム

ブログ版 
 
 米国のブッシュ大統領の最新のキャッチフレーズは“Islamic fascists”(イスラムのファシスト)である。米国内では、その表現の是非をめぐって議論が沸騰している。AP通信は、fascismが今年の中間選挙での共和党のbuzzword(流行語)になりそうだと報じている。(鳥居英晴) 
 
 この言葉は、英国で旅客機同時テロ計画が発覚したと発表があった8月10日、それに対する緊急声明の冒頭で使われた。 
 
 The recent arrests that our fellow citizens are now learning about are a stark reminder that this nation is at war with Islamic fascists who will use any means to destroy those of us who love freedom, to hurt our nation. 
 
 「米国が、あらゆる手段を使って自由を愛するわれわれを破壊し、わが国を傷つけようとするイスラムのファシストと戦争状態にあることをまざまざと再認識させた」 
 
 ラムズフェルト国防長官も29日、第2次世界大戦前のナチスになぞらえ、“I recount that history because once again we face similar challenges in efforts to confront the rising threat of a new type of fascism.” 「われわれは新種のファシズムの脅威の台頭に対峙している」と述べた。 
 
 ブッシュは31日の演説では、さらに踏み込んだ。“The war we fight today is more than a military conflict; it is the decisive ideological struggle of the 21st century.”「今日、われわれが戦っている戦争は単なる軍事衝突ではない。21世紀を決するイデオロギー闘争だ」。 “They're successors to Fascists, to Nazis, to Communists, and other totalitarians of the 20th century.”「20世紀のファシスト、ナチス、共産主義者、その他の全体主義者の後継者である」。 
 
 カーサ・ポリッティは8月24日のネーション誌(電子版)で、“Wrong War, Wrong Word”(間違った戦争、間違った言葉)と題し、“the "war on terror" has been getting a quiet linguistic makeover. It's becoming the "war on Islamic fascism."(「テロとの戦い」は静かな言語的変身を遂げつつある。それは「イスラムのファシズムとの戦い」になりつつある)としている。 
 
 ブッシュがこの言葉を使ったのは、今回が初めてではない。昨年10月と今年3月にも、islamo-fascism、islamo-fascistという言葉を使っている。 
 
 評論家たちは、この言葉の起源はいつなのか、データベースのLexisNexisを使って調べている。それによると、マスメディアに最初に登場したのは、1979年のワシントン・ポスト紙の記事で、イランのホメイニ師をIslamic Fascistと呼んだ。 
 
 その後、この言葉は連結(morph)し、islamo-fascism となった。1990年に英国のインディペンデント紙で、作家で歴史家のマリーズ・リズンが中東の専制的政府を呼ぶために使ったのが最初。 
 
 9・11テロ以来、スティーヴン・シュワルツやクリストファー・ヒッチンスらネオコンや戦争支持派の評論家がウサマ・ビンラディンからイランの宗教指導者まで幅広い“Muslim bad guys”を指す言葉として使うようになった。 
 
 中東問題専門家でミシガン大学のファン・コール教授はブログで、ブッシュがこの言葉を使ったことを“incorrect and offensive”(間違いで無礼である)として批判している。 
 
 コールによれば、"Islamic" という言葉を使うのは誤用である。"Islamic" はthe Muslims and the Muslim religionの理想や業績と関係があり、Islamic artとか Islamic ethicsなどという言い方をする。 
 
 Christian fascists(キリスト教徒のファシスト)などのように、Muslim fascists(イスラム教徒のファシスト)はありえる。 しかし、"Islamic" fascistsはありえない。 the Islamic religion enshrines values that are incompatible with fascism.(なぜなら、イスラムの宗教が認める価値はファシズムとは合致しない)からであるという。 
 
 Fascism is not even a very good description of the ideology of most Muslim fundamentalists. Most fascism in the Middle East has been secular in character, as with Saddam Hussein's Baath Party. Fascism involves extreme nationalism and most often racism. 
 
 (ファシズムは、Muslim fundamentalistsのイデオロギーとして、いい表現ではない。中東のほとんどファシズムはサダム・フセインのバース党のように世俗的なものである。ファシズムは極端な民族主義、ほとんどの場合、レイシズムを含む) 
 
 Muslim fundamentalist movements reject the nation-state as their primary loyalty and reject race as a basis for political action or social discrimination. Fascists exalt the state above individual rights or the rule of law. Muslim fundamentalists exalt Islamic law above the utilitarian interests of the state. 
 
 (Muslim fundamentalistの運動は、国民国家を彼らの主要な忠誠心としては拒否するし、人種を政治的行動や社会的差別の基礎としては拒否する。ファシストは、国家を個人の権利や法の支配より上に置く。Muslim fundamentalistsは、イスラム法を国家の功利主義的利益より上に置く) 
 
 Fascism exalts youth and a master race above the old and the "inferior" races. Muslim fundamentalists would never speak this way. Fascism glorifies "war as an end in itself and victory as the determinant of truth and worthiness." Muslim fundamentalists view holy war as a ritual with precise conditions and laws governing its conduct. It is not considered an end in itself. 
 
 (ファシズムは、若者と支配者民族を古く、「劣った」民族より上に置く。Muslim fundamentalistsは、そのような言い方はしない。ファシズムは、「戦争を目的としてそれ自体を美化し、勝利を真実と価値の決定要因として美化した」。Muslim fundamentalistsは、聖戦を厳格な条件と行為を統治する法を伴った儀式と見なす。それ自体を目的と見なすことはない) 
 
 これに対して、コラムニストのデビット・イグナチウスは8月18日付のワシントン・ポストで次ぎのように述べている。 
 
 What are "Islamic fascists," and does this phrase make sense in describing America's adversaries? The judicious columnist's answer is, of course, yes and no. 
 
 「"Islamic fascists"とは何なのか。この言葉は米国の敵を表すのに適切なのか。賢明なコラムニストの答えはもちろん、イエスでありノーでもある」 
 
 イグナチウスは、歴史家のエルンスト・ノルテの著書「ファシズムの3つの顔」を引用する。ノルテは、ファシズムを"resistance to transcendence." (超越への抵抗)だとする。rebellion against the liberating but destabilizing transformations of modern society(現代社会の解放的で不安定な変容に対する反乱)を意味した。 
 
 ファシズムが根づいて国では、それはその時代のグローバリゼーションをつり出していたリベラルなエリートへの中産階級の攻撃として始まった。ユダヤ人は特別の標的になった。彼らはより大きな国際主義者の運動の象徴でもあった。 
 
 「超越」に対するファシストの反乱は、1920年代に中産階級を犠牲にして豊かになった欧州のエリートの汚職に対する怒りによっても動かされていた。 
 
 これらと同じ要素が中東の過激イスラムが支持を高めていることに見られる。この運動の基線は、地域で最も現代的で「超越」国家であったイランで1979年に起きた革命である。イランのエリートはリベラルで、世俗的で、国際的であったが、腐敗していた。 
 
 今日のイスラム過激派は、ドイツのナチスのように、戦争で負けて恥辱を感じている人々に尊厳を約束して、支持を勝ち得ている。それがヒズボラの指導者、ハッサン・ナスララがアピールするところである。アラブ人はイスラエルから40年間、軍事的な屈辱を味わってきた。 
 
 この過激派が最も悪質なのは、欧州のファシズムと同じように、ユダヤ人を怒れるイスラム教徒を混乱させる勢力のための象徴にしていることだ。これは道理に反する。今日、イラン人、エジプト人、シリア人、サウジアラビア人を閉塞させている腐敗したエリートは、彼らの支配者たちであって、イスラエルのユダヤ人ではない。 
 
 Yet I balk at the term. The notion that we are fighting "Islamic fascists" blurs the conflict, widening the enemy to many if not all Muslims. It's as if we were to call Hitler and Mussolini "Christian fascists," implying that it is their religion, not resistance to transcendence, that is the root cause of the problem. The revolution that began in Iran in 1979 must be contained so that it doesn't destabilize the region more than it already has. But it will only be broken from within, by people who are at last ready to transcend. 
 
 (そうであっても、わたしはその言葉にたじろぐ。われわれがイスラムのファシストと戦っているという概念は、紛争をぼやけさせる。敵をすべてのイスラム教徒にではないにしろ、多くに拡大する。それは、ヒトラーとムッソリーニを“キリスト教のファシスト”と呼ぶようなものである。問題の根本原因が、超越への抵抗ではなく、宗教であると示唆するようなものである。1979年に始まった革命は、今以上に地域を不安定化させないよう、封じ込まなくてはならない。しかし、それはその内部から、超越する準備ができている人々によってのみ壊されるであろう) 
 
 AP電によると、イランの強硬派の新聞、ジョムフリ・エスラミは社説で、ブッシュの"Islamic fascism"という表現を非難して、ブッシュを「21世紀のヒトラー」、英国のブレアー首相を「21世紀のムッソリーニ」と呼んだという。 


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