2006年09月14日15時20分掲載  無料記事
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ODAで武器を送り始めた日本  〈高橋清貴〉

 日本のODA(政府開発援助)の内容が大きく変質してきている。人道あるいは貧困撲滅といった視点が薄れ、全面に国益・経済益が出てきているのだ。それに加え安全保障、つまり軍事とのリンクが叫ばれている。イラクへの自衛隊派遣はその先駆けだった。そしてこの夏には、インドネシア政府にマラッカ海峡に出没する「海賊対策」を名目として巡視船艇三隻を政府開発援助(ODA)によって供与することが閣議決定された。ODAによる「武器輸出」が公然と始まったのだ。きな臭さを増す日本のODA政策に異議を申し立てる日本国際ボランティアセンター(JVC)をはじめとするNGOの取り組みを紹介する。 
 
■ODAで武器を送り始めた日本 
 高橋清貴 
 
 国会閉会直前の六月十三日の朝、日本政府はインドネシア政府にマラッカ海峡に出没する「海賊対策」を名目として巡視船艇三隻を政府開発援助(ODA)によって供与することを閣議決定した。この決定に対し、私たちNGOは、JVC他十一団体が呼びかけとなって、六十九団体及び三百三十八名個人の賛同の下、この決定を見直すように日本政府に申し入れを行なった。 
 
 理由は、海賊対策という名目でも、「武器輸出禁止」というこれまで日本が平和国家として持っていた価値をないがしろにする傾向に拍車をかけるのではないか、それをODAの資金で行なうことはODA大綱に規定された「軍事的用途への使用を回避する」という原則に抵触する上、限られたODA予算を武器供与に充てることで、本来の援助目的である貧困削減への取り組みが低下してしまうのではないかと懸念したからである。 
 
 「武器輸出三原則」に例外を設けることは、二〇〇四年、米国のミサイル防衛に関する技術協力を行なうことに決定した時に、新防衛大綱の発表に合わせて官房長談話として発表された。その際、「テロ・海賊対策への支援」も「武器輸出三原則」の例外扱いとする旨を示唆している。従って、今回のことはその決定を踏まえた上でのことである。また、輸出される巡視船艇も防弾対策が施されているが、殺傷能力を持つ機銃等は装備されておらず、供与先も軍ではなくインドネシアの海上警察局である、というのが政府の説明である。 
 
 しかし、送られた巡視船艇が実際にどのように使用されるかと考えれば、インドネシア政府によって機銃が装備され、インドネシア海軍との共同作戦で使用されると考えるのが常識であろう。すなわち、準軍事的用途のために使用される蓋然性が極めて高いということである。その「武器」をODAで輸出するということなのである。 
 
 ODA大綱の原則に照らせば、そうした使用は望ましくなく、軍事的用途への使用を回避するためには、高いモニタリング体制の整備が伴わなければならない。さらに、当局の暴走を防ぐためにも、インドネシア市民の監視能力といったガバナンス全体の強化が求められるはずである。 
 
 これに対して、日本政府は大使館とJICAとで慎重にモニタリングすると答弁しているが、果たしてJICAにインドネシア当局による海賊対策作戦行動をモニタリングするキャパシティがあるのだろうか。包括的かつ現実的に「対テロ対策への支援」を考えるならば、慎重な対応が求められるはずである。しかし今回は、これまでの武器輸出の例外化の場合と違い、国会審議もないまま、閣議決定だけで決定された。 
 
 マラッカ海峡は、太平洋とインド洋を結ぶ主要航路の一つとなっている。中東から日本に来るタンカーがここを通るために、日本の輸入原油の八〇%はここを通過している。また、この海峡は世界で最も頻繁に海賊が出没する地域でもある。特にインドネシア沿岸が危険で、現在の海賊はマシンガンやロケットランチャーなど近代兵器さえ備えている。 
 
 日本政府は、こうした事情に鑑み、供与の決定を下したのだろう。〇三年に新しく書き換えられた新ODA大綱も、ODAの目的として「我が国の安全と繁栄」のために使うこととし、重点課題にも「テロ対策」が盛り込まれており、今回の巡視船艇供与はその格好の前例となった。しかし、ODAを「国益への寄与」や「テロ対策」であれば「武器供与」に使用してもかまわないとするかどうか。さらに、マラッカ海峡の治安強化は、グアムを新たな拠点とする米軍の再編とつながる問題でもある。また、「紛争前予防」としての武器供与、「紛争後復興」での自衛隊との一体化したODAの運用、と問題は拡がる。 
 
 日本の国益に寄与するのであれば、どのような手段であれ、どのような意思決定であれ、良しとするかどうか? 今回の事例は、私たち市民に対して、ODAと「安全保障」の関係をどう考えるべきかをつきつけている。ならば、もっと市民に開かれた場所でしっかりと議論し、決定すべきではなかったか。今後も、この立ち位置から一市民として政府に意見を述べていきたい。 
(JVC調査研究・政策提言担当) 
 
 
【政府開発援助(ODA)による武器供与に対する申し入れ】 
2006年6月16日 
 
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿 
外務大臣 麻生太郎 殿 
 
 日本政府はインドネシア政府に対して「マラッカ海峡のテロ・海賊対策のため」に巡視船艇3隻を、ODAによって無償供与することを決定する、という報道がありました(読売新聞・北海道新聞 2006年6月2日)。私たちは、以下の理由から、この決定は不適切な政策判断であると考え、計画の即時撤回を求めます。 
 
1.「武器輸出三原則」をふみにじるものである。 
政府自身が、巡視船艇は武器であることを認めているように、今回の決定は明らかに海外への武器輸出です。確かに、政府は、2004年に米国ミサイル防衛に関する技術協力で例外とする旨を新防衛大綱の発表に合わせた官房長官談話で、「テロ・海賊対策への支援」に関して、「今後、国際紛争等の助長を回避するという平和国家としての基本理念に照らし、個別の案件ごとに検討の上、結論を得る」という表現を盛り込み例外扱いの可能性を示唆していましたが、今回の件では、「例外」とするに当たってのきちんとした説明がありません。また、「武器輸出三原則」は、「戦力を保持しない」ことを定めた日本国憲法の根幹であり、いわば「日本の良識」であり、武器輸出の例外は歯止めがきかなくなる恐れがあり、基本的にすべきでないものと私たちは考えます。 
 
2.「ODA大綱」の原則を無視する決定である。 
ODA大綱には、ODAを軍事的用途に使わないことが明記されています。また、衆議院外務委員会(1978年)と参議院外務委員会(1981年)でも決議され、その原則が確認されています。日本国憲法が求める「平和共存」のためにODAを使うのであって、「軍事的用途に使わない」という原則は、私たち日本に暮らす者が心から受け入れ、ごく当たり前の考えとなった日本の「平和貢献のあり方」です。2003年に改訂された新・ODA大綱では、「平和構築」や「テロへの対応」などの文言が入りましたが、「テロへの対応」であればどのような支援もODAとして許されるということではありません。ODA大綱の四原則にてらして、文民機関に供与されるものであったとしても、それが実質的に「軍」を助けることになったり、紛争を助長する恐れがないか慎重な判断が求められます。きちんとした説明責任とモニタリング体制の確証がない限り、ODAによる武器供与は「ODA大綱」を無視する決定です。また、当然ですが、社会環境配慮ガイドラインなどをきちんと適用して、巡視船供与がどのような影響をもたらすかしっかりと事前にチェックされなければならないことは言うまでもありません。 
 
 
3.ODAによる軍事援助・軍事化を加速させる。 
「治安対策」という名目で、また使用目的を限定したとしても、「武器供与」は公権力の強化を明確に意図したものです。しかし、いくつかのドナー国は、「治安対策」のためには、公権力の強化よりも、市民社会の強化を通じたガバナンス、公権力の乱用に対するチェックといった民主主義支援の観点から市民社会の支援を重視しています。また、真の「治安対策」のためには、公的機関への機材供与だけでは意味をなさず、技術協力などを通じた司法分野の改革、市民社会による監視機関の整備などが伴わなければ国家暴力の温床となってしまうことは、多くのドナーが認めていることです。これまで日本のODAは、警察活動支援であっても、人権配慮の観点から、一定の歯止めをかけていました。ODAの供与には、明確な理念と原則がなければなりません。それをなし崩しにするような決定は、適切な政策判断とは思えません。今後、今回の決定を機に、理念も原則もないがしろにして、「テロとの闘い」を名目で、直接的武器援助のためにODAが使われるようになっていくことを強く懸念します。 
 
4.DACのODA定義に反し、貧困問題の解決に寄与しない。 
国際的に見ても、今回の決定は「開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たるもの」をODAとするという、開発援助委員会(DAC)の定義に反するものです。ODAは貧困問題の解決などに使われるべきものであるというのが、援助国の共通認識です。ましてや、ますます貧富の格差が開き、温暖化など環境破壊が進み、感染症の防止対策も十分でない現代において、今回のような決定は、日本がこうした問題に対して真剣に取り組もうとしていないという誤ったメッセージを国内外に送ることになります。今、国際社会が協調して、真に貧困問題の解決に取り組むべき時であるにもかかわらず、こうしたODA本来の目的と相容れないものに使う途を開くことは、世界第二位の援助国である日本が取るべきリーダーシップの形ではありません。 
 
以上の理由から、私たちは、日本が武器援助を行い、ODAをそのために使うことに強く反対し、計画の即時撤回を求めます。 
 
 
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JVCと写真家「管洋志氏」はジャワ島地震被災者支援のために、写真展を開催いたします。銀座4丁目から1分、西五番街のギャラリー。「銀ブラ」もかねて、是非お立ち寄り下さい。 
 
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ジャワ島地震被災者支援 チャリティ 写真展 『アジア育ち』 
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2006年9月17日(日)〜23日(土) 11:00〜19:00 (最終日17:00まで) 
銀座 ACギャラリー (銀座4丁目 徒歩1分) 
入場無料 


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