2006年09月28日21時08分掲載  無料記事
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グローバリゼーションを民主化する スティグリッツへのインタビュー ジャスティン・ボグラー 

openDemocracy  【openDemocracy特約】「ダイエット・コークとペプシ・マックスの違いは何かね」。ジョセフ・スティグリッツは、講演を始める少し前、ロンドンの大学の休憩室にある自動販売機のところで、わたしに聞いた。わたしは必至になって考えた。ノーベル経済学賞の受賞者で、グローバリゼーションを批判している世界の第一人者のひとりであり、ワシントンの金融機関がアジアとロシアで構造調整をいかに誤ったかを描いた内部告発である「世界を不幸にしたグローバリゼーションの正体」の著者が、コカコーラのブランドについて引っかけ質問をしている。わたしはそう思った。 
 
 「違いはここにあるんだ」とスティグリッツはブツブツいいながら、硬貨を入れ、ダイエット・コークを選んだ。コカコーラをボイコットすることは、彼の新しい著作、「Making Globalization Work」(グローバリゼーションを機能させる)での課題ではなかった。それでは、新しい著作は何についてかかれているのか。「過去35年間、わたしがやってきた分野のうちいくつかを回顧した」とスティグリッツは言う。 
 
 「わたしは、知的財産、環境、債務、貿易、天然資源についてやってきた。それらの問題をグローバリゼーションの観点からもう一度取り上げてみた」。その本は、世界の問題を評価するだけでなく、国際的政治経済の機能が向上するような実践的な方法を概説している。  
 
 スティグリッツはコロンビア大学の経済学の教授で、クリントン大統領の経済諮問委員会の委員長、世界銀行でチーフ・エコノミスト兼上級副総裁を務めた。過去30年間、どのエコノミストより多くの学術論文を出版してきた。だが彼は、専門的知識とコミュニケーションの器用さを組み合わせた。 
 
 内容の複雑さにもかかわらず、「Making Globalization Work」は読みやすく、素人にも明解でとっつきやすい。これは、「グローバリゼーションの民主化」をめざすスティグリッツの一部分であり、複雑な問題を、幅広い読者に向けて直接的な言葉で説明している。 
 
 「わたしのグローバリゼーションの批判のひとつは、それが非民主的であることだ」と教授は言う。「その批判を真剣に受け止めるなら、もっと多くの人々を議論に引き込もうとしなけれればならない。わたしは、その目的でInitiative for Policy DialogueというNGOをつくった。この本は同じプロジェクトの一部分だ」。 
 
 本の初めの部分でスティグリッツは、東アジアの政府が国際通貨基金(IMF)と慎重な距離を保って発展上の成功をしたことと、ワシントン・コンセンサスの政策を文字通り従ったラテンアメリカで、経済的不安定と収入の不公平が広がっていることを対比している。彼は中国の上昇一途の成長をほめちぎっている。中国政府が「成長の恩恵が広く分ちあえられることを確実にした」と指摘する。 
 
 中国を発展モデルとして支持し、同時にグローバリゼーションの民主化を訴えるということは、どのように可能なか。 
 
 「民主主義は発展の成功のための必要条件でも十分条件でもない」とスティグリッツは慎重に答えた。「それは持続可能な発展を達成するのに役立つとわたしは主張していが、わたしの考える民主主義の防衛は、手段となるべきではない」。彼が主張する民主主義は、それが発展のためにいいからではない。それが国民のためにいいということである。 
 
 「わたしの考えは、発展が成功するためには、インフラ、社会・政治的安定、完全雇用が必要というもの」とスティグリッツ。「民営化などのようなワシントン・コンセンサスの政策は、よかったかもしれないし、悪かったかもしれない。しかし、それらは中心的な問題ではない。ラテンアメリカでは、基本的に間違った政策に焦点を当てた」。 
 
 しかし、ラテンアメリカでの論理は、西側の投資を引き込むために西側のルールに無条件に従うということではなかったのではないか。 
 
 「興味深いことに、アジアが大きな独自性を持ったということのひとつの結果として、それらの国々が外国投資をより多くひきつけたということだ」とスティグリッツ。「実際のところ、ラテンアメリカの問題のひとつは、多く人たちが外国投資それ自体を解決策として見なしたことだ。 
 
 しかし、韓国をみれば、外国の投資がほとんどなくて非常に早く発展した。万能薬は外からやってくるという考えは、欠陥があると思う」。国民資本が外国投資よりずっと重要なのである、とスティグリッツは結論づける。 
 
 輸出指導型の発展は、スティグリッツが批判的に精査する第二の分野である。彼は、1990年代に輸出産業に転換した後のブラジルの経済発展の破たんを、「輸出主導型の非成長」として痛烈に言及する。 
 
▽WTOと公正貿易 
 
 「Making Globalization Work」が他のほとんどのグローバリゼーションの計画表と違っているのは、著者が実施メカニズムに寄せる関心である。スティグリッツによると、米国を気候変動条約の枠組みに組み込ませるためには、炭素排出は市場の外部性(訳注:企業の生産活動にともなう公害や環境破壊など市場の外で生まれるマイナス要因)として扱わねばならないし、違反した国を現在の世界貿易機関(WTO)の規則のもとで貿易制裁にかけなければならない。 
 
 しかし、貿易制裁は効果がないと証明されているのでは。キューバやサダム・フセインのイラクに機能しなかったのなら、世界の経済の超大国を相手にどんなチャンスがあるのだろうか。 
 
 「貿易制裁は効果があった場合もあった」とスティグリッツ。「南アフリカとローデシアに対しては非常に効果があった。貿易制裁、あるいはその脅しはオゾン層破壊に関する1987年のモントリオール議定書の重要な部分であった。理想的には、地球温暖化に関する体制を支援するための制裁の脅しについて、核心的な問題について十分なコンセンサスがあるべき」 
 
 モントリオール条約の下で、制裁は実際には適用されなかった。そうは言うものの、スティグリッツは、次のように言う。もし米国が温室ガスの排出を認められて、一方で他の国が制限されるなら、貿易上の不公正な優位な立場になってしまう。欧州と日本の企業は、不公正な競争をどうにかするように政府に働きかけるであろう。 
 
 地球温暖化に関して、世界の他の国々と関与していくよう政府に対する強い圧力が米国内にある、と彼は言う。「もし米国のだれもが温室ガスの排出の規制に反対なら、貿易制裁は効果がないといえるだろう」と彼は言う。「しかし、実際はそうでないので、これはわれわれを一線を越えさせるのに十分であるかもしれない」 
 
 しかしながらスティグリッツは、米国が多国間主義を受け入れる用意があることについて過度に楽観的ではないのか。「Making Globalization Work」は実際には、米国が既に多国間貿易交渉を放棄して、メキシコやペルー、チリなどの小さな国と2国間の協定を結ぼうとしているという懸念を表明している。もしWTOが多くの南北間や環境問題に手一杯であるなら、米国は離脱しないであろうか。 
 
 「WTOは既に存在し、不公正貿易を是正するために貿易制裁の行使を認めるルールがある」とスティグリッツは指摘する。「WTOを手一杯にはさせていない。メカニズムは既にある。それは既に達成した重要な部分である」 
 
 しかしながら、彼によると、ホワイトハウスが2国間貿易協定を好むことには3つの大きな問題がある。第1に、なぜなら、「それは一層一方的になりがちで、結果は、WTOでの協定より、より不公正で特殊利益に動かされたものになりがちである」。 
 
 第2に、「発展は市場原理を学ぶことである。排他的2国間貿易は非市場原理である」。第3に、スティグリッツにとってより重要なことに、それはつくり上げるのに半世紀かかった世界的な貿易制度全体を破壊するからである。2国間協定は差別の原則の上に成り立っている。これは世界が苦しみながらつくり上げてきた貿易ルールを完全に損なう、と彼は言う。 
 
▽経済学のレッスン 
 
 スティグリッツの経済学的アプローチがいかに正統的なものであるか、しばしば印象付けられる。市場メカニズムを拒否するのではなく、彼の目的は市場を機能させることである。知的財産権について見てみよう。彼は、特許は知識を人質にし、市場の力を阻害していると主張する。彼が目指す解決法は、発明者への賞与制度である。 
 
 これなら研究と開発を促すと同時に知識が無料で流通する。これは、さらに次々と発明を生み出し、知識の創出につながる。そのようなシステムの重要な副次効果として、貧しい国がジェネリック薬品、特にHIVの薬を原価で製造、販売することができるようになる。 
 
 スティグリッツの本の最初の章は、「もうひとつの世界は可能だ」と題されている。これを念頭において、大学において、前向きの変化を促進するために経済学はどのように教えられるべきか聞いた。 
 
 「経済法がある。それを教えることから始めるべきだ」と教授は言う。「残念なことに、多くの教師は、完全な情報と完全な競争を想定した単純なモデルばかりに重点を置いている。わたしはいつも、それらは便利モデルだが、基礎を成す仮定が明らかに間違っていることを明確にして始めている。学生はモデルと現実世界の間の違いを考えなければならない」。 
 
 スティグリッツは、さらに国の重要性を強調する。「初期のコースで、だれもが教えたいと思われるビジネスに集中する代わりに、公共政策と政府は何をすべきかに焦点を当てるべきだ。市場はあるものにとってはいいが、その他については、国に任せる必要がある」。学生はまた、さらにふたつの重要な点を理解する必要がある。トレードオフ(得失評価)、つまり経済的分析が終わり、政治的分析が始まるところを特定することである。また、価値をめぐる不一致の必然性である。 
 
 それらは、経済学を学ぶ一年生が修得しなければならない必須な基本的なレッスンである。しかしながら、彼の本は、今日のほとんどの有力な経済実践者がまだ気付いていない多くの証拠を含んでいる。「グローバリゼーションは変わる」と彼は結論付ける。 
 
 「現在のシステムは続けることはできない。危機の結果として変わるか、われわれが体系的で合理的な方法で問題に取り組むから変わるのかのどちらかである。わたしの本を支えている希望は、われわれが第2の選択をするであろうということである」。 
 
*ジャスティン・ボグラー チリのフリーのジャーナリスト。サンチャゴ・タイムズ紙への定期的に寄稿している。 
 
 
本稿は独立オンライン雑誌www.opendemocracy.netにクリエイティブ・コモンのライセンスのもとで発表された。 
 
原文 
http://www.opendemocracy.net/globalization-vision_reflections/stiglitz_3931.jsp# 
 
(翻訳 鳥居英晴) 


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