2007年01月20日10時54分掲載  無料記事
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21世紀の持続的経済社会とは─仏教経済学の視点から  安原和雄(仏教経済塾)

  私はNPO「循環型社会研究会」(代表・山口民雄氏)主催のセミナー(07年1月17日東京都内で開催)で「21世紀の持続可能な経済社会とは─仏教経済学の視点から」というテーマで講話した。その趣旨は(1)仏教経済学の8つのキーワード、(2)「持続可能な発展」という概念の多面的な内容、(3)21世紀の持続的経済社会をめざす変革プランーの3つに大別できる。以下に質疑応答を含めて、その概要を報告したい。 
 
▽仏教経済学の8つのキーワード―現代経済学とは異質の視点 
 
 私が唱える仏教経済学は、いのち尊重を第一にして、知足、簡素、非暴力、多様性、共生、利他、持続性―の8つのキーワードからなっている。これを多くの大学経済学部で教えている現代経済学の特質と比較すれば、以下のように本質的に異なっている。(かっこ内が現代経済学の特質を示す) 
 
*いのち尊重=人間は自然の一員。(いのち無視=自然を征服・支配・ 破壊) 
*知足=欲望の自制、「これで十分」。(貪欲=欲望に執着、「まだ足りない」) 
*簡素=美。(浪費・無駄=虚飾) 
*非暴力=平和。(暴力=戦争) 
*多様性=自然と人間・国のあり方の多様性、個性の尊重。(画一性) 
*共生=いのちの相互依存。(孤立=いのちの分断、孤独) 
*利他=利他的人間観。(私利=利己的人間観) 
*持続性=持続可能な「発展」。(非持続性=持続不可能な「成長」) 
 
 キーワードには挙げていないが、競争、貨幣、経済運営について補足すれば、以下のようである。 
*競争=個性を磨いて連帯。(弱肉強食、利益追求のための過当競争) 
*貨幣=非貨幣価値・非市場価値も尊重。(貨幣価値・市場価値のみが対象で、拝金主義と消費主義のすすめ) 
*経済運営=脱「経済成長主義」、ゼロ成長のすすめ。(経済成長至上主義、プラス成長に執着) 
 
 若干説明すると、仏教経済学は何よりもいのち尊重を掲げるが、現代経済学にはいのち尊重という思想は欠落している。効率や量的分析が中心である。仏教経済学が量よりも質を重視するのと大きく異なっている。 
 仏教経済学では「世のため、人のため」を重視する利他的人間観を念頭に置いているが、一方、現代経済学は私利追求を第一と考える利己的人間観を前提に組み立てられている。これは企業利益追求第一主義や拝金主義につながる。その結果、企業では不祥事や経営破綻、個人では刑務所入りの事例が数限りない。 
 (詳しくは、「安原和雄の仏教経済塾」に掲載の「〈緑の政治〉がめざす変革構想」、「なぜ〈仏教〉経済学なのか?」、「仏教経済学と八つのキーワード」―などを参照) 
 
▽「持続可能な発展」は、地球さらに経済、安全保障まで含む多面的な内容 
 
 「持続可能な発展」(Sustainable Development=持続的発展)を構成する柱を列挙すれば、以下のように多種多様である。これは『我ら共有の未来』(「環境と開発に関す世界委員会」が1987年に公表した報告)、『新・世界環境保全戦略』(世界自然保護基金、国際自然保護連合、国連環境計画が1991年に発表した提言)、さらに国連主催の第一回地球サミット(1992年ブラジルのリオデジャネイロで開催)が採択した「リオ宣言」などで提起されている。 
 持続可能な発展という概念、思想は、「経済発展(=経済成長)と環境保全との両立」を意味するととらえるのは、狭すぎるし、正しくない。地球をはじめ政治、安全保障、経済、社会、文化に至る多様な要素が織り込まれていることに留意したい。 
 
また『新・世界環境保全戦略』は、地球の生命共同体の尊重を重視し、それを持続可能な社会の倫理として位置づけ、「この倫理の確立には世界の諸宗教の支持が必要」と指摘している。しかも「地球上のすべての生命は、大きな相互依存システムの一部」という認識を示している。 
 このような認識は仏教的な考え方でもあり、「持続可能な発展」という概念と仏教思想とはかかわり合っている点に目を向けたい。わが国ではこの点に留意するところが明確ではないので、特に指摘しておきたい。 
 
・生命維持システムー大気、水、土、生物ーの尊重 
・人類に限らず、地球上の生きとし生けるもののいのちの尊重 
・長寿と健康な生活(食糧、住居、健康の基本的水準)の確保 
・基礎教育(すべての子どもに初等教育を施し、非識字率を減らすこと)の達成 
・雇用の確保、さらに失業と不完全就業による人的資源の浪費の解消 
・生活必需品の充足、特に発展途上国の貧困の根絶 
・公平な所得分配のすすめ、所得格差の是正 
・景観や文化遺産、生物学的多様性、生態系の保全 
・持続不可能な生産・消費・廃棄構造の改革と廃止 
・エネルギーの節約と効率改善、再生可能もしくは汚染を引き起こさないエネルギー資源への転換 
・環境の質の確保と文化的、精神的充足感の達成 
・政治的自由、人権の保障、暴力からの解放 
・核兵器の廃絶、軍事支出の大幅な削減、軍事同盟の解消 
 
▽21世紀の持続的経済社会をめざす変革プラン 
 
 以下に持続的経済社会をめざす変革プランを提示したい。これは平和憲法の次の5つの理念、権利・義務を生かす変革構想でもあることを強調したい。 
 
憲法9条(戦争放棄、軍備及び交戦権の否認) 
 13条(個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重) 
 18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由) 
 25条(生存権、国の生存権保障義務) 
 27条(労働の権利・義務、労働条件の基準、児童酷使の禁止) 
 
特に18条に「奴隷的拘束からの自由」として「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」という条項があることをどれだけの人が自覚しているだろうか。 
 ただし勘違いしてはならない。一例を挙げれば、平和憲法(特に9条)は米国からの押しつけだから、改定する必要があると憲法改悪論者たちは言いつのるが、これは奴隷的拘束からの自由を意味しない。逆に米国による押しつけの見本ともいうべき日米安保体制について憲法改悪志向派が「堅持」を力説するのは不可解である。こういう思考停止病こそ精神的な奴隷的拘束に陥っているとはいえないだろうか。 
 
 さて変革プランの主要な柱は次の通りである。いずれも固定観念、思考停止病からの脱出をめざして、いいかえれば精神的な奴隷的拘束から自由の身になって、仏教経済学の視点から構想してみたい。これは自由市場原理主義に立つ米国のブッシュ路線、日本の小泉・安倍路線とは異質の変革路線につながるものである。 
 
①循環型社会づくり(5R=Reduce、Reuse、Repair、Rental、Recycleへの取り組み) 
②財政・税制のグリーン化(無駄な公共事業の削減、軍事費の撤廃、福祉の充実。消費税の廃止と高率環境税の導入、累進課税の強化など) 
③車社会の構造改革(道路公団改革はなぜ道路拡張政策の追認となったのか) 
④ワークシェアリング(仕事の分かち合い=自由時間の拡大、就業機会の確保) 
⑤農業の再生と食料自給率の向上(地産地消、旬産旬消の感覚を取り戻そう) 
⑥病人を減らし、健康人を増やす医療改革(治療モデルから健康モデルへの転換、禁煙の促進=タバコ税の大幅アップ) 
⑦平和憲法に新たに「持続的発展」条項の導入を(憲法9条を守り、生かすこと) 
⑧自衛隊の非武装「地球救援隊」(仮称)への全面改組(日米安保=軍事同盟の解体、東アジア平和共同体の結成) 
 以下、柱ごとに概略述べたい。 
 
▽軍事費の撤廃、すなわち真の非武装を視野において 
 
①循環型社会づくり 
 5RのうちReduce(削減)、すなわち生産の段階から省資源・省エネに徹し、廃棄物を最小に抑えることが肝心である。わが国では優先順位として最後の5番目に位置するリサイクル(再生利用のためには膨大なエネルギーが必要)に関心が集まりすぎている。 
 
②財政・税制のグリーン化 
 無駄な歳出をカットするためには軍事費(年間約5兆円)が本当に必要なのかどうか、すなわち憲法9条の理念を生かす非武装を視野に入れて論議すべき時である。一方、消費税増税については、高率環境税を導入すれば消費税廃止も可能だという選択もありうることを考えてみたい。 
 軍事費や消費税を聖域視したうえでの歳出カットか増税か、という従来型の発想では財政・税制の望ましい姿は描けない。 
 
③車社会の構造改革 
 現在のマイカー中心から公共交通(鉄道、バス、市電など)、自転車、歩行中心の交通体系に変革しなければ、車中心の現行方式の道路づくりは果てしない。ヨーロッパにみられる自動車、自転車、歩道の3つを備えた道路づくりへと変えてゆきたい。 
 
④ワークシェアリングの導入 
 小泉政権時代の自由市場原理主義(弱肉強食)の強行によって失業、過労死、ノイローゼ、サービス残業などがむしろ悪化し、一部の「勝ち組」と大多数の「負け組」との格差も拡大した。打開策は、労働時間の短縮と雇用の確保をめざすワークシェアリング導入(例えば正社員とパートタイム従業員の時間当たり賃金格差を解消するオランダ・モデルが参考になる)だろう。これが新しい生き方、働き方につながる。 
 
▽農と食と健康と―いのちを育てる農業の再生を 
 
⑤農業の再生と食料自給率の向上 
 食糧自給率40%(カロリー・ベース)は先進国では異常な低水準であり、地球温暖化と異常気象に伴う食料不足時代を迎えると、食料安全保障上、重大な懸念が生じる。対策として輸入依存度を減らし、自給率を高めることが必須条件となる。それには地産地消(その地域で育てた食材をその地域でいただく)の拡大が有力手段で、例えば学校給食を地産地消のモデルとしてもっと増やすことはできないか。 
 農業のあり方として環境保全・健康貢献型農業への転換も不可欠である。「農業や漁業は〈生命維持産業〉」であり、「その従業者を増やしていくしかない」(小泉武夫東京農大教授の「私の視点」・07年1月15日付朝日新聞)に賛同したい。 
 
⑥病人を減らし、健康人を増やす医療改革 
 患者の医療費負担を高くして国民全体の医療費抑制を図る従来の医療改革は行き詰まっている。健康人を増やすためには健康奨励策を導入すべきであり、年間一度も医者にかからなかった者は健康保険料の一部返還請求権を持つこと、その一方で生活習慣病の患者負担は自己責任の原則に立って5割の負担に引き上げること―など新たな発想が必要ではないか。 
 
 農と食と健康とは相互に依存し合っているわけで、農の再生を図りながら、健康人を増やすことに本気で取り組まなければ、やがて平均寿命は低下し、日本の未来は明るくない。 
 
▽平和憲法に「持続的発展」条項の追加を 
 
⑦平和憲法に新たに「持続的発展」条項の導入を 
 憲法9条を守り、その理念を生かすという発想に立って、次の条文を追加する。 
*9条への追加条文=「日本国民及び国は、世界の平和と持続的発展のために、世界の核を含む大量破壊兵器の廃絶と世界の通常軍事力の顕著な削減または撤廃に向けて努力しなければならない」 
 
 さらに25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」の理念を地球環境時代の今日的要請に合致するように次の条文を追加する。 
*25条への追加条文=「すべての国民、企業、各種団体及び国は生産、流通、消費及び廃棄のすべての経済及び生活の分野において、地球の自然環境と共生できる範囲内で持続的発展に努めなければならない」 
 
 当面は9条改悪を阻止しなければならないが、単に「憲法を守れ」という発想だけでは地球環境時代の要請に十分には応えられない。長期的視野に立つて、多面的な内容をもつ持続的発展というキーワードを国のかたちの根幹に据えることが求められよう。 
 
▽非武装「地球救援隊」を創設しよう 
 
⑧自衛隊の非武装「地球救援隊」(仮称)への全面改組を 
 なぜ非武装の地球救援隊なのか。 
*21世紀の地球環境時代におけるわが国憲法の平和理念の活用であること。 
 憲法9条は海外でも評価が高く、「9条は人類の英知。日本人はそのことを忘れないで欲しい」、「日本の平和憲法は宝。改憲はとんでもない」という声が多い。「今こそ米国憲法も〈9条〉を持つべきだ」(第二次大戦中に米国のB29爆撃機パイロットだったチャールズ・オーバービー・オハイオ大名誉教授)という意見さえある。 
 
*地球環境時代における脅威は多様であり、軍事的脅威が主要な脅威ではないこと。 
 脅威をいのち、自然、日常の暮らしへの脅威と捉えれば、主要な脅威は、地球生命共同体に対する汚染・破壊、つまり非軍事的脅威である。非軍事的脅威は地球温暖化、異常気象、砂漠化、大規模災害、感染症などの疾病、貧困、失業、社会的不公正など多様で、これら非軍事的脅威には戦闘機やミサイルでは対応できない。 
 
 もちろん軍事力の直接行使が地球、自然、人命、暮らしへの破壊行為であることはいうまでもない。さらに軍事同盟は平和のための砦ではなく、むしろ意図的に脅威を挑発して「仮想敵」をつくる衝動が働く。そういう軍事同盟を解体するのは、上述した安全保障問題など多面的な要素を含む持続的発展の実践にほかならない。 
 
*非武装化は、いのち・自然を尊重し、多様ないのちの共生を希求する仏教経済思想から必然的に導き出される望ましい政策選択であること。 
この構想は1949年の憲法改正によって軍隊を廃止し、積極的な平和外交を展開している中米の小国、コスタリカの非武装平和外交の日本版ともいえる。 
 
 武装組織である自衛隊の全面改組を前提とするこの構想が実を結ぶためにはアジア、中東における平和、すなわち非戦モデルの構築が不可欠である。そのための必要条件として日米安保体制=軍事同盟の解消と東アジア平和共同体の結成―を挙げておきたい。 
 
▽日米は世界の中で孤立する可能性―日米安保解体への選択も 
 
 講話後の質疑応答の一部を紹介したい。 
問い:コスタリカやキューバなどに米国とは異質の路線を追求する反米ともいえる動きが強まっている。この点をどのように理解したらよいだろうか。 
 
答え:中米の動きと並んで南米の新しい動向に注目したい。ベネズエラ、ブラジル、エクアドル、ニカラグア、ボリビアなどでは最近、左派政権の登場(あるいは再登場)により反・新自由主義(=反・自由市場原理主義)すなわち反米の姿勢が顕著になってきている。 一方、ブッシュ政権のイラク攻撃にドイツ、フランスは最初から同調しなかった。今ではイラク攻撃そのものの挫折が明白となり、米国内ではイラク戦争に反対の声が過半数に達している。 
 このことはブッシュ政権が世界で孤立しつつあることを示している。そういうブッシュ政権と密着関係を維持しているのが小泉政権につづく安倍政権である。これでは日米ともに孤立への道を進むことにもなりかねない。 
 
 その背景に日米安保体制=軍事同盟が存在していることを見逃してはならない。日米安保条約(1960年発効)第3条は日本の「自衛力の維持発展」を規定している。一方、平和憲法9条は非武装の理念を掲げており、この平和憲法体制と安保体制とは明らかに矛盾しているが、歴代の保守政権は安保体制を優先させ、平和憲法体制の空洞化を進めた。そして今や世界の中で孤立しつつある。 
 
 望ましい政策選択は何か。進むべき道は安保体制を解体して、平和憲法体制を再建する以外にはない。日米安保体制の解消には米国が承知しないだろうという見方があることは承知しているが、ここで指摘したいのは、安保条約第10条(有効期間)の「10年経過後には一方の国が条約終了の意思を相手国に通告すれば、その1年後に条約は終了する」という規定である。 
 国民に解消の意思があれば、この条文を活用すればよいのであり、米国の顔色をうかがうのは、それこそ精神的な奴隷的拘束に陥って自縄自縛になっているというほかない。 
 
 参考までにいえば、毎日新聞(03年1月4日付)の世論調査によると、日米安保現状維持論は全体の37%、一方、「安保条約から友好条約にすべきだ」つまり条約から軍事色を排除すべきだという意見が33%、「安保条約をなくして中立を」が14%で、安保条約に批判的な意見が全体の半数近くにのぼった。 
 日米安保体制を解体することが直ちに日米間の対立を意味するわけではないことを示唆している。 
 
*安原和雄の仏教経済塾 
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