2007年04月25日03時14分掲載  無料記事
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右傾化、左翼分裂、社会党中道化あらわに 仏大統領選第一回投票結果の現地報告

 フランス大統領選の第一回投票が22日行われ、舞台は5月6日の決選投票に移った。今回の選挙戦を通じて、米国型の物質主義と市場崇拝に傾斜する新自由主義(ネオリベラリズム)への憧れがさらに助長されていることが明らかになった。大企業が解雇を自由に行い、失業率は上昇するばかりなのに「左派の要、社会党の政策は右派と変わらなくなった」という不安と不信が中間層や労働者の中で高まり、これが移民排斥など社会の右傾化を一層進行させているとみられる。現地で選挙戦をウォッチしてきた在仏ジャーナリストでアクティビストが第1回投票をめぐる分析結果を伝えてきた。【パリ25日=コリン・コバヤシ(グローバル・ウォッチ)】 
 
 フランスの大統領選は直接選挙で、候補者が1回目に過半数を取れなければ、最高位2人の候補が決選投票を行う制度となっている。1回目の投票率は83・77% で棄権は15・40%。前回2002年の大統領選の投票率72%からみると10ポイントも上がった。少なくとも民意がはっきりと反映するという民主主義の基盤的条件を満たすという点においては、日本の状況より 明らかに優れている。 
 
 投票結果は、保守を代表 する国民運動連合(UMP)会長で内務相を立候補のために辞任したニコラ・サルコジ31・11%、社会党統一候補セゴレーヌ・ロワイヤル25.83%、保守中道派、フランス民主主義のための連合(UDF)会長バイル18・57%、極右翼政党、国民戦線(FN)ル・ペン 10・44%━であった。 
 
 政治世論調査で一番信頼のある 政治科学政治研究センター(CEVIPOF)が今年2月19日に行なった調査結果の「サルコジ31%、ロワイヤル25%、バイル15%、ル・ペ ン12%」とほぼ重なる結果が出た。この機関の調査の信頼度が追認された形だ。 
 
 つまり、2月の調査段階から、世論に大きな 変動がないということである。ちなみに他の政党および 候補者の得票率を列記しておくと、革命的共産主義者同盟(LCR)統一候補ブザンスノ4・11%、右派ドヴィリエ2・24%、共産党統一候補ビュッフェ 1・94%、緑の党統一候補ヴォワネ1・57%、LOラギリ エ1・34%、ボヴェ1・32%、狩猟の会ニウス1・15%、労働者党(トロツキスト)シヴァルディ0・34%の順だった。 
 
▼右傾化鮮明に 
 
 結果をみると、フランス民衆の全体的な右傾化が よりはっきりと現れ出ている。フランスは伝統的に も保守が強い国であるが、この5−6年の極端な右傾化の傾向は、年々いっそう強くなっている。 
 
 全体的にみると、以下のことが指摘できる。 
 
 1.サルコジがルペンのテーゼを代弁する形となって、極右と保守タカ派の差異がなくなり、国民戦線(FN)がある意味で衰退した。それはルペン思想の一般化現象がもう5−6年以来継続している証しである。FNが衰退したといっても10%以上の得票率を維持し続け、約4450万人 の有権者の中で、380万人もがルペンに投票している現実は重い。 
 
 2・このため、伝統的保守の中で、極端を嫌いバ ランスを考える層━これがある意味でフランス的特徴といえる━がバイルーのような保守中道派を支持し、中道派がいままで以上に台頭した。これはサルコジの極端な右傾化、左翼のよりラディカ ルな展開状況が影響している。 
 
 3・保守中道派とフランス社会党のリベラル路線が政策的に接近している。 
 
 4・2005年の欧州憲章国民投票で「ノン」を出した左翼左派、とりわけ米英型新自由主義(ネオリベラル)に反対するフランス共産党、革命的共産主義者同盟(LCR)、労働者の闘い(Lutte Ouvrière)、そしてオルターグローバリゼーション派から市民の代表として押されて立候補したジョゼ・ ボヴェなど含め、統一候補を選出できず、大きなダ イナミズムを産み出すことに失敗して票が拡散した。この原因にはもちろん主要メディアが徹底して反ネオリベラル派を報道から排除、特にボヴェに関する報道を削除したことが影響していることは明らかだ。 
 
▼ 都知事選と同様、左派統一ならず 
 
 2年前の欧州憲章国民投票の頃から、オルターグローバリ ゼーション派を含むオルタナティヴな左翼のダイナ ミズムが生まれた。その後、オルタナティヴ潮流の流れにいる市民運動ATTAC Franceの内部紛争によるエ ネルギーの衰退、反ネオリベ左派連合の大統領統一 候補選出にあたって、各党派は自党のパワー存続に固守し、それぞれが代表を出したことで分裂状態のまま選挙に入ったことなどが、ネガティヴな影を大きく落としている。 
 
 たとえば、ギリギリになって市民運動からの熱いエールによって、東京都知事選の浅野候補のように立候補を決意したボヴェの出発はあまりにも遅すぎて、彼を支持する基盤が限られていたことも影響した。新しい左翼運動のエネル ギーは再度低下して足踏み状態でいることだ。 
 
 その間、右派は、サルコジを筆頭に、米国流のネオリベラル路線にますます軌道を合わせ、メディア戦略がいっそう洗練されて来ている。財界、メディア、政界が一体となった情報操作は現状ではきわめてうまく機能していることが裏付けられる結果となった。これは米国でも日本でも共通した傾向だ。 
 
▼ファッショ的なサルコジ政治 
 
 ニコラ・サルコジの標榜する政治とは、表面上の 甘言とは別に、「唯一の思考」に基づく新自由主義 の潮流であり、「小さな政府」と権力の集中、教 育、医療、社会保障制度など公共サーヴィスの解 体、経済、雇用等の規制緩和、自由競争の強化など目指すところは日本の政権と近いと言える。 
 
 郊外不法居住の若者をゴミのように掃除するという考え、移民に対する 排外的な政策、警察の大量動員による安全の確保= 反対派、社会運動の弾圧、優性学的なテーゼに基づいて犯罪者の生来的な犯罪性を特定しようとすることなどファッショ的な側面が強い。 
 
▼課題は左翼再編 
 
 このような状況のなかで、左翼自身の再編が大きな課題として浮上しているのはいうまでもない。仏共産党をみても、社会主義から撤退している社会党も従来の左翼は死に体になっている。トロツキス トの党LCRはオリヴィエ・ブザンスノという33歳の若いリーダーを立てたことによって、反ネオリベ派の中では唯一4・08%(約150万票)を獲得し、若い世代の人気を得ている。 
 
 LCRは「100%左翼」をスローガン にして左翼の失望組を救っている側面がある。しかし、大局的には、こうした欧州憲章ノン組の統一 は失敗し、また支援している市民の間でも沸騰した議論が巻き起こるところまでは至らなかった。オルター左翼はまだ相当に運動を積み重ねなければ、勝機は訪れそうもない。 
 
 22日の出口調査では、第二回投票(決戦投票)はサルコジ 54%、ロワイヤル46%と出た。この数字はかなり 現実味を帯びたものと言えるだろう。今後15日間の闘いはサルコジにしてもロワイヤルにしても、中道派バイルーに投票した有権者層をいかに自陣営に引き込むかがカギとなる。 
 
▼極右票取り込むサルゴジ 
 
 しかし、サルコジはルペンに投じた10%を予備票とみなすことができる。一方、左翼は予備票がほとんどない。相当大きな展開がないかぎり、ロワイヤルは苦戦を強いられるとみるのが現実的だろう。このため、バイルー派に対し、ロワイヤルは「討論をしよう」と秋波を送っている。 これは反ネオリベ左派連合の支持者たちの離反を引き起こすことも考えられる。 
 
 反ネオリベ派の中には、生半可な政策しか出せない 社会党が立つよりも、右派のはっきりした政権が樹立したほうが闘いやすくなるため、それを望む人たちも多い。これはほとんど戦略的な計算といっていいが、たいへん微妙な問題だ。 
 
 今後5年間、抑圧的、強権的な政治に耐えながら、本当の左翼を構築するチャンスに大転換できるのか(日本の場合は、それはまったくできておらず、ますます市民側の敗北が進んでいる)、社会党の「社民的あいまい路線」を批判的に乗り越えて、反ネオリベ路線の大潮流を産み出すことができるのか。泣いても笑っても2週間後には新大統領が選出される。 


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