2007年07月19日17時41分掲載  無料記事
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時事英語一口メモ

【32】(続)「資本主義の王」と国家資産基金

ブログ版 
 
 
 
 「国家資産基金」「国富ファンド」「国家ファンド」・・・。外貨準備をリスク資産に投資する政府系ファンド、sovereign wealth fund(SWF)の日本語名が混乱している。そうした中、日本もSWFを設立すべきか議論が始まった。中国とロシアのSWFの動きに神経質になっている欧州は、基幹産業がSWFに買収されないよう対抗策に乗り出した。SWFをめぐる国際金融覇権争いが始まった。キーワードは”financial protectionism”(金融保護主義)だ。(鳥居英晴) 
 
 米国は、2.5兆ドル以上とヘッジファンドより規模が大きくなっているSWFが金融市場への影響力を増していることに懸念を表明するとともに、金融保護主義の台頭にも警鐘を鳴らしている。米財務省のロワリー次官代理(国際問題担当)はサンフランシスコで6月21日、アジアの通貨危機10周年を記念する講演をしたが、それはSWFに焦点を合わせたものだった。 
 
 SWFに相当する機関は30年以上前から存在しているが、SWFという言葉自体は2005年になって生まれた。SWFの定義について、ロワリーは広く一致したものはないとしながら、講演では”the term to mean a government investment vehicle which is funded by foreign exchange assets, and which manages those assets separately from official reserves”(外貨準備から資金が出され、外貨準備とは分離された資産を運営する政府の投資機関を意味する言葉)として使っている。 
 
 日本銀行によれば、「外貨準備とは、通貨当局が為替介入に使用する資金であるほか、通貨危機などによって、他国に対して外貨建債務の返済などが困難になった場合に使用する準備資産」である。日本の外貨準備高は9135億ドル(6月末現在)で中国の1.3兆ドルに次いで世界第2位。米国債を中心に運用されているとみられている。 
 
 ロワリーは講演で、SWFへの懸念として、“potential impact on financial market stability”(金融市場の安定への影響)と“the size, investment policies, and/or operating methods of these funds fuel financial protectionism”(大きさ、投資政策、運営方法が引き起こす金融保護主義)を挙げ、国際通貨基金(IMF)と世界銀行がSWFの“best practices”(最良慣行)を策定するように求めた。 
 
 ロワリー講演を報じた共同通信と産経新聞は、SWFを「国家ファンド」と訳している。 
 
 一方、山本有二金融相はシンガポールで7月3日、外貨準備や年金などの公的資金の一部を株や不動産などのリスク資産に投資することを検討する考えを明らかにした。シンガポールの政府投資公社「GIC」の視察後に記者団に述べたもので、「経済財政諮問会議の識者を中心に検討してもらう」と語った。同行していたのが同諮問会議の民間議員、伊藤隆敏東大教授。同教授は自身のホームページで、SWFを「公的投資公社」と訳している。 
 
 双日総合研究所の吉崎達彦・主任エコノミスは、「溜池通信」(6月29日)でSWFを「国富ファンド」と訳し、「この次に国際金融危機が生じるとしたら、最大の波乱要因となるのは『SWF=国富ファンド』であろう」としている。竹中平蔵・慶応大学教授は、日経ネットPlus(7月11日)で「『国富ファンド』で外貨準備を積極運用せよ」と題し、「経済活性化のために、ここは思い切った決断が必要ではないか。SWFはそのための一つの有効な手段になると私は考える」と述べている。 
 
 一方、SWFを「国家資産基金」と訳したのはモルガン・スタンレーの日本語レポート。スティーブ・ジェン通貨調査部長のSWFについてのレポートを翻訳した日本語のレポート(5月8日、6月7日)で使用した。 
 
 そのジェンが最新レポート(7月6日)で、“Why Japan Should Have Its Own Sovereign Wealth Fund”と題し、日本もSWFを持つべきであると論じている。 
 
 Not only does Japan have ample ability to have its own SWF, it should also be willing to do so in light of the demand that the aging population will place on the budget. Tax hikes would not need to be as large if there is a prudent SWF portfolio that generates excess returns. 
 
 (日本は自国のSWFを持つ能力が十分あるばかりでなく、人口の老齢化に伴う予算への要請からみてもそうすべきである。慎重なSWFのポートフォリオで、多めのリターンがあれば、税の引き上げはそれほど大きくなくてすむ) 
 
 In the 1980s and the 1990s, the simple rule-of-thumb for determining the minimal level of foreign reserve holdings was three months’ worth of import coverage. However, in recent years, capital flows have become dominant and ‘sudden stops’ in foreign inflows have become the primary trigger for currency crises, and so the general rule-of-thumb has changed to one that is based on capital flows. 
 
 (1980年代と1990年代には、最小限度の外貨準備保有を決める単純な経験則は、輸入総額の3ヶ月分であった。しかし近年では資本流入が影響力を増し、外国資金の流入が突然止まることが通貨危機を引き起こす主因になった。一般経験則も資本流入を基礎にするように変わった) 
 
 The most widely used rule for determining the appropriate level of reserves to provide adequate insurance against a liquidity crisis is the ‘Greenspan-Guidotti Rule’. Named after former Federal Reserve Chairman Alan Greenspan and the former Deputy Finance Minister of Argentina, Pablo Guidotti, this rule stipulates that a healthy level of reserves should be enough to cover one year’s short-term foreign debt. 
 
 (流動性危機に対する適切な保険として適正な外貨準備の水準を決めるのに最も広く使われているルールは、「グリーンスパン・ギドッティ・ルール」である。アラン・グリーンスパン前連邦準備制度理事会議長とパブロ・ギドッティ・アルゼンチン副財務相の名前をとったこのルールは、健全な外貨準備の水準は1年の短期対外債務と同額以上であるべきというものである) 
 
 For Japan, three months of imports are around US$140 billion and its total short-term foreign debt is around US$85 billion. So, Japan easily passes both rules-of-thumb. Even if we take the excessively conservative calculation of looking at the sum of import and debt coverage, Japan would need only US$225 billion of liquid reserves. .. This would leave US$700 billion of ‘excess reserves’ to be invested in a SWF. 
 
 (日本は、3ヶ月分の輸入の総額は1400億ドルで短期対外債務は850億ドルである。日本は両者の経験則を簡単にパスする。輸入総額と債務額をかなり控えめな計算をしても、日本は2250億ドルの流動性の外貨準備があれば十分である。これはSWFに投資できる7000億ドルの「過剰な外貨準備」があることになる) 
 
 リターンが2%高まれば、消費税率の1%以上の引き上げによるものと相当すると主張する。日本は2、3年のうちにSWFを設立でき、世界で最大のSWFのひとつになるであろうと予測する。 
 
 読売新聞(7月5日)はSWFという言葉は使っていないが、次のように述べている。 
 
 「財務省は、外貨準備高の運用多様化論については火消しに躍起だ。日本による米国債の買い入れ規模が大きいために、『日本が米国債中心の運用を改める』と市場に伝わっただけで、影響は計り知れない。場合によっては、ドル暴落の引き金を引きかねないなどと警告している」 
 
 日本経済新聞は今年6月以降、SWFに関する記事を載せているが、国富ファンド、国家資産基金、ソブリン・ウエルス・ファンドと呼び方はまちまちで、統一されていない。 
 
 「巨額の外貨準備を持たない米国やユーロ圏からみれば国家管理の外貨ファンドは市場をゆがめる異物に映る。日本はどちらに進むべきなのか。・・・だが大きく膨らんだ外貨準備は先進国では異常な規模の介入の結果にすぎない。・・・10日に退任する渡辺博史財務官は『介入しなかった初めての財務官』になりそうだ。日本は04年3月に介入をやめた。米欧はすでに約7年間介入していない。日本も『脱介入』でやっと先進国の仲間入りをした。だが過去の介入の遺産である巨額の外貨準備とどうつきあっていくかという青写真は誰も描いていない」(日本経済新聞7月9日) 
 
 中国のSWFは今年秋に発足するが、英サンデー・テレグラフ紙(7月15日)は、 “economists are already calling its launch one of the most significant moments in the history of the global capital markets”(エコノミストは、その発足を世界の資本市場の歴史における最も重要な瞬間と呼んでいる)としている。 
 
 天然ガスと石油の輸出で外貨準備高が世界第3位の3570億ドルに達するロシアは今年3月、現在あるSWF「安定化基金」を来年改組し、海外の低利回りの債券に投資するReserve Fundとリスク資産に投資する300億ドルのFuture Generations Fund(後にNational Welfare Fundに改名)を設立すると発表した。 
 
 こうしたSWFの動きに対して、フランス、スペイン、ドイツなどの欧州諸国は神経を尖らせ、対抗策の検討に乗り出した。 
 
 
 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(7月13日)は“Europe looks at controls on state-owned investors”(欧州は国営投資会社の規制を検討)というCarter Doughertyの記事を載せている。 
 
 European policy makers are considering imposing controls on state-owned funds that take stakes in flagship European companies. The deliberations that have kicked off in recent weeks are a reaction to the uncertain political intentions of China and Russia as they start investing vast new reservoirs of cash in Western markets. 
 
 (欧州の政策担当者は、欧州の主要な企業の株を所有する国営ファンドを規制することを検討している。最近始まった議論は、中国とロシアが西側の市場で莫大な現金を投資し始めている中、その政治的意図がはっきりしないことから起きたものである) 
 
 "The most serious question is how we do this without creating a new kind of protectionism," said Elmar Brok, a German conservative who sits in the European Parliament. "As exporting countries we cannot afford that at all." 
 
 (「最も深刻な問題は、いかにして新たな種類の保護主義を生み出さずに、これをするかということだ」と欧州議会のドイツ保守派のElmar Brokは言う。「輸出国として、そんなことはできない」) 
 
 英デーリー・テレグラフ紙(7月6日)のAmbrose Evans-Pritchardによる “Berlin defends its 'crown jewels'”(ドイツ、重要資産を守る)という見出しの記事によると、ペール・シュタインブリュック財務相は、ロシアや中国、中東のSWFによる買収から守る戦略産業として、通信、銀行、郵便、物流、エネルギーを挙げている。そこにはまた、自由競争を信奉するアングロ・サクソン流の金融資本主義とは異なる「社会的安全と経済的自由を結合させた」ドイツ式の「社会的市場経済」を維持しようとする姿勢がみられる。 
 
 In an added twist, he said "private finance houses" would also be restricted from taking over Germany's crown jewels, an apparent reference to Anglo-Saxon hedge funds and private equity groups. 
 
 (ついでに、同相は「私的金融機関」もドイツの重要産業を買収することは制限されるであろうと述べた。これは明らかに、アングロ・サクソンのヘッジファンドとプライベート・エクイティ・グループを指している) 
 
 Germany's lurch towards 1970s-style protectionism is the clearest evidence to date that the EU's fragile free-market consensus is breaking down under the strain of globalisation. 
 
 (ドイツが1970年代型の保護主義に傾いたことは、グローバリゼーションのひずみの中、欧州連合の脆弱な自由市場の合意が壊れている最もはっきりした証拠である) 
 
 Mr Steinbrueck insisted that the massive state funds and petrodollar war chests are the real target of the investment ban. "It's clear that we are dealing with a new kind of foreign capitalist," he told the Handelsblatt newspaper. 
 
 (シュタインブリュック氏は、巨大な国家ファンドとオイルマネーの運用資金が投資規制の本当の対象であるとした。「われわれが、新種の外国資本家と対応していることは明らかである」とHandelsblatt紙に語った) 
 
 北京発のロイター電(7月9日)は“Investment protectionism is new China challenge”(投資保護主義は中国の新しい難問)と題し、次のように報じている。 
 
 As if it wasn't hard enough to invest $200 billion, the managers of China's new state asset agency face a new headache: growing financial protectionism. From Germany to Canada and Japan, governments are considering curbing takeovers by sovereign wealth funds like China's of firms deemed strategically important or vital to national security. The challenge could be particularly tough for China. 
 
 (2000億ドルを投資することなど大したことではなかったかのように、中国の新しい国家資産機関のマネージャーたちは新たな悩みの種に直面している。台頭しつつある金融保護主義である。ドイツからカナダ、日本いいたるまでの各国政府は、中国などのSWFによる、安全保障上、戦略的に重要ないし不可欠とみなされる会社の乗っ取り防止策を検討している。中国にとっては特に厳しい) 
 
 ニューズウィーク(7月16日)は「国営ファンドはヘッジファンドよりもずっと資金が豊富で強力であり、世界の市場に巨大な影響力を持っている」とした上で、次のように言う。 
 
 Other sovereign-wealth-fund managers are watching the China-Blackstone deal as a test of whether risk-averse state money and high-flying hedge funds can partner successfully. Already the bloom is off. Blackstone has faltered since its IPO in June. Its share price has dropped below what China paid, and on paper the deal has cost Beijing a loss of $3 million. That's one toe that got a little burned. 
 
 (他のSWFのマネージャーは、中国のブラックストーンへの投資を、リスク回避の国家資金と野心的なヘッジファンドが一緒にうまくやっていけるのかのテスト・ケースとして注視している。最盛期は終わった。ブラックストーンは6月に新規株式公開して以来、低迷している。株価は中国が支払った価格以下に落ち込んでおり、中国は300万ドルの含み損を生じたことになる。小さなつまずきだ) 
 
 
参考サイト 
http://www.treas.gov/press/releases/hp471.htm 
http://www.morganstanley.com/views/gef/archive/2007/20070706-Fri.html#anchor5141 
http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2007/07/06/cngerman106.x http://www.iht.com/articles/2007/07/13/business/protect.php ml 
 
http://www.t-fj.jp/agenda/dokumori/gendaishi12.pdf 


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