2008年04月29日21時40分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200804292140492

ビルマ民主化

深刻化する軍政の少数民族迫害 在日カチン族が日英専門家の報告会

  ビルマ(ミャンマー)は、昨年9月の反軍政デモに見られるように、アウンサンスーチーさん率いる民主勢力に対する軍政の弾圧という構図で語られがちだが、軍政から最も残虐な迫害を受けているのは少数民族である。その実態を知ってほしいと、日本に逃れてきたカチン族の人びとが4月27日、東京で、英国と日本の専門家による報告会を行った。国際NGO「クリスチャン・ソリダリティ・ワールド」(CSW)のベネディクト・ロジャーズ氏は、現地調査にもとづき軍政による民族浄化、宗教迫害、難民の増加などを告発。「ビルマ情報ネットワーク」の秋元由紀さんは、こうした人権侵害と天然ガスなどの開発との関係にふれ、日本の政府と企業も軍政の開発事業に関わっている事実を明らかにした。(永井浩) 
 
▽多民族国家ビルマ 
 
 ビルマは約50の民族からなる多民族国家で、多数派のビルマ族以外に少数民族(シャン、カレン、カチン、カレニー、チン、モン、アラカンなど)が3割以上を占める。しかしビルマ族を中心とする国軍は、少数民族に対して軍事攻撃、殺人、強姦、拷問、強制労働、村の強制移住や焼き討ち、地雷原のポーター役などさまざまな人権侵害をつづけている。 
 
 このため、国際機関などによると1996年以来、ビルマ東部だけで3200以上の村々がビルマ軍によって破壊され、100万人以上が国内避難民となっている。カレン州ではこの1年で3万人が国内避難民になり、隣国タイの難民キャンプにはカレン族を中心に15万5千人が苦しい生活を送っている。 
 
 北部のカチン州に住むカチン族の人びとも例外ではない。軍政の迫害・抑圧から逃れ、多くがタイ、マレーシア、日本、米国、ドイツ、インドなどで難民として暮らしている。米国に住むカチン族が中心となって1999年に「カチン民族機構」(KNO)を設立(本部・タイ)、カチン州内でのビルマ国軍による抑圧と困窮する人びとの現状を変えていくために、世界各地のカチン族が国際社会の協力を求めるなどの活動を展開している。 
 
 日本には約400人のカチン民族がおり、「カチン民族機構(日本)」がこの報告会を主催した。 
 
▽「世界で最も残虐な政府」 
 
 CSWは信教の自由など人権に取り組む国際的なNGO(非政府組織)として知られる。ロジャーズ氏はCSWの政策提言オフィサーとともに英国保守党人権委員会の副議長もつとめる。これまでビルマ国内とタイとの国境地帯の少数民族地域を20回以上訪れ、現地調査をもとに英国の国会議員、外務省、EU(欧州連合)、国連、米国議員などにビルマの人権問題解決への協力をもとめる活動をつづけている。 
 
 ロジャーズ氏はビルマの軍政を「世界で最も残虐な政府」と評し、いくつかの数字をあげた。計11年以上にわたって自宅軟禁を繰り返されているアウンサンスーチーさん以外に、1800人以上の政治犯が獄中にある。国軍には7万人の少年兵がいるが、その割合は世界一である。少年兵のなかには、ある日突然、軍に拉致され「国軍への参加か獄中か」の選択を迫られるものが少なくない。強制的に軍に取り込まれた少年兵は数千人にのぼると推定される。同氏は、旧首都ヤンゴン(ラングーン)のバス停から拉致され国軍に参加させられたのちタイ国境に逃れてきた元少年兵の証言を、少年の写真とともに紹介した。 
 
 軍政は国家予算の40〜50%を軍事費にあて、医療費・教育費は5%未満、国民一人あたり1ドル以下しかまわされない。膨大な軍事費はなんの目的に使われるのか。民主勢力の弾圧、少数民族のジェノサイド(民族大虐殺)のためである。 
 
 国軍との武装闘争をつづけるカレン民族同盟(KNU)の指導者の一人は、今年2月にロジャーズ氏が会ったとき、「ビルマ軍は2008年中にわれわれカレン民族を消し去ろうとしている」と語ったという。それからまもなくして彼は、国軍の手先とみられる2人に射殺された。KNUは同月、国際社会に向け、「もしビルマ軍の攻撃を阻止するために国際社会の支援がなければ、わたしたちはあなた方がつぎにここに来たときにはもう存在しないだろう」との声明を発表した。 
 
 一方、軍政の将軍の一人は、「われわれがこのまま10年間、権力を握れば、カレン族はヤンゴンの博物館でしかお目にかかれなくなるだろう」と公言したという。 
 
 少数民族への迫害の背景には、軍政指導者らの極端な国家主義思想がある、とロジャーズ氏は指摘する。彼らは「ひとつの民族、ひとつの言語、ひとつの宗教」という時代錯誤の国家をめざしている。このため仏教を国家主義的に歪曲し、他の宗教や民族への不寛容な姿勢を崩さない。 
 
 ビルマは国民の9割は仏教徒だが、少数民族にはキリスト教やイスラム教を信じるものがそれぞれ4%いる。カチン州などでの軍政によるキリスト教徒の活動制限、差別、迫害の実態についてロジャーズ氏がまとめた報告書(*)によると、いかなる宗教よりも上座仏教が奨励され、キリスト教の子どもたちの仏教への強制改宗が行われている。キリスト教徒の公務員は昇進がむずかしい。教会での日曜礼拝はゆるされているが、それ以外の集会は規制されている。教会の新築も困難で、山頂の十字架が取り壊されて仏教のパゴダが建設された例もある。 
 
 ロジャーズ氏は、目の前で両親をビルマ軍に射殺され、村を焼き払われたあと、軍のポーターを3日間強制させられ、奇跡的にタイ国境に脱走できた少数民族の少年の目を忘れることはできない。「どうかこの事実を世界に伝え、わたしたちをこれ以上殺すことをやめるよう世界の人びとが軍事政権にはたらきかけてほしい」と、その目は訴えていたという。 
 
 同氏は、軍政の国際法違反や世界人権宣言違反を阻止するため、日本をふくむ国際社会が軍政に民主化勢力だけでなく、少数民族との対話も進めるようにもっと積極的な行動を示さねばならないと強調した。 
 
*邦訳『十字架を背負って ビルマ軍事政権によるキリスト教徒の活動制限・差別・迫害』 
 カチン民族機構(日本)出版部発行(knojapan@yahoo.com) 
 
▽軍政の資金源としての天然ガス 
 
 秋元さんは、ビルマに関する情報を日本語で配信するビルマ情報ネットワーク(www.burmainfo.org)の共同ディレクター。米国の弁護士資格をもち、ユノカル(現シェブロン)がビルマ国内での天然ガス開発事業で少数民族の人権を侵害した訴訟で、原告弁護団に参加している。 
 
 秋元さんによると、ビルマは「貧しい国」という印象を抱かれがちだが、じつは天然ガスや木材、鉱物、宝石、水力などの天然資源が豊富な国なのだという。とくに天然ガスは、輸出総額の半分を占め、最大の外貨収入源となっている。問題は、この収益が軍政指導者らに独占され、軍事力の増強に振り向けられ国民の生活向上にはまわされないことにある。しかも軍政は、これらの資源の開発を少数民族の人権を考慮せずに強行している。 
 
 アンダマン海のヤダナ天然ガス田では、タイに輸出する天然ガスの開発が進められている。ガスはパイプラインで輸送されるが、パイプラインの建設地域には多くの少数民族が居住している。生活や自然環境を破壊されることに反対する人びとは軍によって強制的に立ち退きなどを迫られ、さまざまな人権侵害が多発した。にもかかわらず軍に守られて計画を進めようとするユノカル社を、住民が米国の法廷に訴えたのが、秋元さんも原告弁護団にくわわった訴訟である。 
 
 同じアンダマン海のイェタグンの天然ガス開発には、ビルマ、タイ、マレーシアの会社とともに日本の日石ミャンマー石油開発が出資している。同社は、新日本石油開発と日本政府がそれぞれ50%を出資、このガス田の権益の19.3%を保有している。一時、英国のプレミア社も出資していたが、人権弾圧をつづけるビルマ軍政への協力に反対する英国世論と政府の勧告をうけて同社は撤退した。その出資分を4社が引き継いだため、日本は英国とは逆にその分を当初より増資したことになる。 
 
 軍政は東部カレン州のサルウィン川流域4ヶ所に大型水力発電所を建設している。電力は大部分がタイに輸出される計画だが、ここでも建設予定地に居住するカレン族を排除するために国軍部隊が展開し、村々に攻撃をくわえている。家を失った人びとはタイ国境に難民として逃れるか、国内避難民の生活を余儀なくされている。 
 
 このように日本は軍政の資金源である天然ガス開発への協力をつうじて間接的に彼らの人権弾圧に加担しているだけでなく、軍政への最大のODA(政府開発援助)供与国として彼らを支えている。秋元さんがとくに注意を喚起したのは、昨年の反軍政デモの弾圧以降も日本からのODAがつづいていることだ。 
 
 この弾圧で日本人フォトジャーナリストの長井健司さんをふくめ多数の死傷者がでたことをうけ、高村外相は「経済協力については人道案件などに絞っているが、さらに絞り込むようにしていきたい」と発言した。だから多くの人が日本のODAは停止されるか減るのではないかと思った。 
 ところが、そうでないことがビルマ情報ネットワークなど日本のNGOの調査で判明した。弾圧後の2007年10月の時点ですでに交換公文が締結されていた中央乾燥植林計画と人材育成奨学計画は変更なく実施された模様で、さらに今年に入ってからは母子保健サービス改善計画への無償資金協力の交換公文が締結された。 
 
 「人材育成奨学計画は軍政官僚の日本留学資金。一方、軍政の迫害を受けた難民、国内避難民への支援にはなんのODAもありません」と秋元さん。「日本は民主主義の促進と基本的人権、自由の保障に十分注意をはらうことを原則としたODA大綱にそって、難民、国内避難民への積極的な支援や日本にいるビルマ人たちの人権保障、民主化事業への支援を進めるべきです」と援助政策の見直しを訴えた。 
 
▽国際世論の力で問題解決を 
 
 ロジャーズ氏と秋元さんが共通して聴衆に呼びかけたのは、「今日の話を聞いて人権や自由について感じることがあったなら、それをこころに留めておかずにどんなかたちでもいいから行動に移していってほしい」。ロジャーズ氏は、「あなた方が手にしている自由をわたしたちの自由のために使ってください」というアウンサンスーチーさんのことばを紹介して、「いつかビルマが民主化されることをめざして、みんなで力を合わせたい」と結んだ。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。