2008年05月08日10時31分掲載  無料記事
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武力によらない平和を地球規模で 戦争廃絶を願う「9条世界宣言」 安原和雄

  「日本国憲法9条を世界に広めよう」を合い言葉に08年5月4〜6日、千葉市の幕張メッセで日本列島の隅々から、さらに世界中から約2万人の人々を集めて開かれた「9条世界会議」は最終日に「9条世界宣言」などを採択して、世界に向けて発信した。その骨子は「9条世界会議は戦争の廃絶をめざして、9条を人類の共有財産として、武力によらない平和を地球規模で呼びかける」と強調している。 
 この世界会議は幅広い多数の市民に支えられた初めての試みである。日米両政府によって9条の「戦争放棄、軍備及び交戦権の否認」という理念は事実上空洞化されてきているが、その理念をよみがえらせ、活性化させて、人類の共有財産にまで広めるための大きな第一歩を踏み出した。 
 
 この世界会議には初日の全体会は1万2000人、2日目の分科会は6500人が参加した。満席のため会場に入れなかった人たちは初日に3000人、2日目に500人いた。海外からの参加者は31カ国150名に上った。 
 吉岡達也さん(「9条世界会議」日本実行委員会共同代表、国際交流NGOピースボート共同代表)の開会宣言につづいてマイレッド・コリガン・マグワイアさん(北アイルランド、1976年ノーベル平和賞受賞)、コーラ・ワイスさん(アメリカ、「ハーグ平和アピール」国際市民会議」の呼びかけ人)が基調講演を行い、日本国憲法9条の世界的意義を強調した。 
 
 2日目の分科会はシンポジウムだけでも「世界の紛争と非暴力」、「アジアの中の9条」、「平和を創る女性パワー」、「環境と平和をつなぐ」、「核時代と9条」、「9条の危機と未来」など。このほかパネル討論では「グローバリゼーションと戦争」、「軍隊のない世界へ」が多数の参加者を集めた。 
 「軍隊のない世界へ」では軍隊を廃止したコスタリカのカルロス・バルガスさん(国際反核法律家協会副会長、国際法律大学教授)がコスタリカが軍隊を廃止した背景や意義、さらにコスタリカと9条をもつ日本との市民レベルの連帯が重要であることを力説した。 
 
▽「G8に対する声明」と「核不拡散条約再検討委員会に対する声明」 
 
 最終日に「9条世界宣言」のほかに「G8に対する9条世界会議声明」が採択された。 
その骨子は以下の通り。 
 G8サミットが日本の北海道・洞爺湖で7月開催されるにあたり、以下の事項について検討するよう求める。 
*G8諸国は世界の軍事費の70%を支出している。軍事費を大胆に削減するとともに、その資源を平和、開発、環境保護のために転換すること。 
*アメリカが主導する「対テロ戦争」は、恐怖と抑圧を生み、憎悪と暴力を世界中に助長している。「対テロ戦争」を終わらせ、テロリズムの根源となっている要因について人権を尊重し国際法を活用しつつ、国際協力によって対処すること。 
*平和、人権、環境保護を含む企業の社会的責任を支えるための仕組みを構築し、実行すること。 
 
 さらに「核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会に対する声明」も採択された。その骨子はつぎの通り。 
*NPT加盟の核保有国は核兵器廃絶への交渉を直ちに開始し、核軍縮と核兵器廃絶のプロセスを再生すること。 
*膨大な軍事費の口実になっている核兵器の研究、設計、開発、製造およびミサイル防衛計画を即時に止めること。 
*ミサイル禁止条約および宇宙兵器の禁止のための即時交渉開始を支持すること。 
 
▽ 「9条世界宣言」(08年5月4〜6日 9条世界会議) 
 
 ここでは「9条世界宣言」の大要を収録し、そのコメント、感想を最後に述べたい。その内容は以下の通り。なお理解を助けるために必要な(注)は安原がつけた。 
 
 日本国憲法9条は、戦争を放棄し、国際紛争解決の手段として武力による威嚇や武力の行使をしないことを定めるとともに、軍隊や戦力の保持を禁止している。このような9条は、単なる日本だけの法規ではない。それは、国際平和メカニズムとして機能し、世界の平和を保つために他の国々にも取り入れることができるものである。9条世界会議は、戦争の廃絶をめざして、9条を人類の共有財産として支持する国際運動をつくりあげ、武力によらない平和を地球規模で呼びかける。 
 
 1945年の国連憲章は、明確に定義された異常事態の場合を除いては「武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない」ことを加盟国に義務づけた。 
 日本によるアジア太平洋への侵略戦争と広島・長崎への原爆投下の後に1947年に施行された日本国憲法9条は、武力の行使を認めるいかなる例外ももたないという点で、世界平和のための国際規範の発展におけるさらなる一歩前進である。この日本の動きにつづいて、コスタリカは1949年、軍隊や自衛隊をもたなくても国家は平和的に存在できるという例を示した。 
 9条の精神は、すべての戦争が非合法化されることを求めている。そしてすべての人々が恐怖や欠乏から解放され、平和のうちに生きる固有の権利を有することを世界に投げかけている。 
 
(注・安原)日本国憲法(1947年施行)とコスタリカ憲法(1949年改正) 
* 日本国憲法9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認) 
‘本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 
∩姐爐量榲を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 
 
*コスタリカ憲法12条(常備軍の禁止) 
常設の組織としての軍隊はこれを禁止する。公の秩序の監視と維持に必要な警察力はこれを保有する。大陸内の協定または国内防衛のためにのみ軍事力を組織することができる。 
 
〈今日の世界における9条〉 
 しかし今日の世界は、武力紛争、大規模な貧困、格差の拡大、武器の拡散、地球規模の気候変動に覆われている。アメリカによる全面的な「テロとの戦い」は、戦争をもたらし、国連の役割を台無しにし、地球規模の軍備競争を復活させ、世界中で拷問を助長し、人権をむしばんでいる。 
 紛争が民間人、とりわけ女性、子ども、高齢者たちに与える影響に対する関心が高まっているにもかかわらず、戦争で殺され傷つき避難を余儀なくされる民間人の割合は、空前の高さに達している。 
 このような絶望的な状況は、イラクにおける戦争と占領にはっきりと示されている。平和や民主主義が武力によってもたらされないことは、もはや明白である。こうした世界的な流れのなかで、9条の原則を保持し、地球規模の平和と安定のための国際メカニズムとして強化することが、かつてないほど重要になっている。 
 
 それにもかかわらず日本は、憲法9条の義務を果たしていない。さらに9条の存在自体がいま脅かされている。今日の日本の自衛隊は世界最大規模の軍隊の一つであり、アメリカは日本中に軍事基地をもっている。日米軍事協力がますます強化されるなか、日本の現実は憲法9条の精神からの乖離をいっそう深めている。 
日本によるアメリカへの全面的軍事支援を可能にさせるために憲法を改定しようという動きは、日本国内、アジア近隣地域、そして国際社会で不安をかきたてている。日本は近隣諸国への戦争責任を果たしておらず、和解はいまだなされていない。東北アジアには不安定な冷戦構造がいまだに残されている。 
 
〈9条と地球市民社会〉 
 歴史的には、国家のみが国際関係の主体であると考えられてきた。しかし市民の運動が重要な役割を果たしてきたこともまた事実である。1990年代より地球規模の市民社会が、草の根レベルで国境をこえて団結し、人類の将来の決定に参加するようになってきた。平和、人権、民主主義、ジェンダーおよび人種の平等、環境保護、文化的な多様性などの課題について主要な役割を果たすようになってきた。 
 
 1997年の対人地雷禁止オタワ条約、1999年の「ハーグ平和アピール」国際市民会議、2002年の国際刑事裁判所の設立、2003年のイラク戦争に対する空前の世界的反戦運動といった例は、いずれも地球市民社会が変革の主体としての力を明確に示したものだった。さらに今、クラスター爆弾の禁止や小型武器の管理を求める運動、核兵器の非合法化を求める運動、また地球規模の平和と経済的・社会的正義を求める運動が広がっている。いまこそ地球市民社会は、9条の条項とその精神に着目し、その主要な原則を強化し、地球規模の平和のためにそのメカニズムを生かしていこう。 
 
〈9条の約束を実現する〉 
 9条の主要な原則を国際レベルで実行するためには、大国から小国まですべての国々は、暴力紛争の発生を予防する責任を果たし、いかなる状況下でも武力による威嚇や武力の行使を放棄しなければならない。そして安全保障を人間の観点またジェンダー・バランスの視点から見直す必要がある。 
 貧困と不平等が紛争の根源的要因になっている。現在のグローバリゼーションは、南北格差をさらに深刻にしている。各国政府は、国連ミレニアム開発目標の達成を第一歩として、すべての人々にとっての持続的繁栄と社会正義を築くために資源を使わなければならない。 
 
(注・安原)国連ミレニアム開発目標 
 国連ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)は2000年9月開催された国連ミレニアム・サミット(加盟189か国から150人以上の元首・首脳が参加し、21世紀を前に世界共通の課題を話し合った)で採択された。次の8つの目標を掲げている。 
 ゞ謀戮良郎い筏臆遒遼侈如弊こΔ韮影1ドル以下の所得しかない人々、飢餓に苦しんでいる人々の比率を2015年までに半減させること)、⊇蘚教育の完全普及、ジェンダーの平等、女性の地位向上の達成、て幼児死亡率の削減、デセ塞悗侶鮃の改善、Γ硲稗屐織┘ぅ此▲泪薀螢△覆匹亮隻造量延防止、Щ続可能な環境づくり、発展のためのグローバル・パートナーシップの推進。 
 
 以上の目標を掲げた背景には次のような国際社会の深刻な現実があり、この目標達成は05年9月の国連創立60周年記念の首脳会議で再確認された。 
・世界の人々の5人に1人は、1日1ドル未満で生活している。 
・1999年には約1000万人の5歳未満の乳幼児が防止可能であったはずの病気で死亡した。 
・毎年50万人を超える女性が妊娠中に、または出産によって死亡している。 
・約1億1300万人の児童が小学校に通っていない。(以上は注) 
 
 9条は人間の発展のための革新的な資金メカニズムを創ろうとする努力を後押しするものである。それは軍備を規制し世界の資源の軍事費への転用を最小化すると定めた国連憲章26条を補完している。 
 
 9条の精神は小型武器、地雷、クラスター兵器、核兵器、生物・化学兵器などを含むあらゆる軍備の拡大、拡散や、軍事産業の活動を否定する。さらに核兵器への依存を拒否し、核兵器の非合法化と廃絶を求めている。 
 
 世界的に軍事費を削減し、限られた資源を持続可能な開発に振り向けることは、地球規模で人間の安全保障を促進し、軍事活動による環境への悪影響を軽減することにつながる。2005年7月、「武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ(GPPAC)」の世界提言は「9条はアジア太平洋地域全体の集団的安全保障の土台になってきた」と指摘した。すなわち9条が、この地域の安定に重要な貢献をしており、包括的かつ持続的な平和の構築に大きな潜在力をもっていることを認知した。東北アジアでは9条が地域の平和的統合の土台になりうる。 
 市民社会は暴力に対する平和的オルタナティブをつくり出し、地元、国内、地域、世界におけるネットワークを通じて平和を構築する力をもっている。軍事主義を止め、将来の戦争を予防するために、市民社会の力を発揮していこうではないか。 
 
 これらの目標達成のため、9条世界会議に参加した私たちは、以下の通り提言する。 
 
(1)私たちは、すべての政府に以下のことを求めます。 
*国連憲章、ミレニアム開発目標、国際人権法、核不拡散条約をはじめとする軍縮条約など、すべての国際的誓約を実行すること。 
*平和のうちに生きる固有の権利認め公式化すること。平和のうちに生きる権利なしには他の人権も実現しえない。また人権侵害に対する責任および補償メカニズムを強化すること。 
*平和的手段による紛争予防、平和構築、人間の安全保障のための取り組みを支持し、資金を投入すること。 
*軍事費を削減し、それらの資金を、保健、教育、持続可能な社会開発に振り向けること。 
*包括的で効果的な武器貿易条約を成立させること。不可逆的な軍縮をすすめる第一歩として非武装地帯を設置すること。 
*平和をつくる主体として女性が果たす重要な役割を認識するとともに、あらゆる意思決定と政策策定の場に女性の完全かつ積極的な参加を相当数保証すること。 
*2000年の核不拡散条約再検討会議最終文書における「明確な約束」にしたがって、すべての核兵器を廃絶するための誠実な交渉を即時に開始し、妥結すること。 
*核兵器廃絶の段階的措置として、非核兵器地帯の設置をすすめること。 
*地球規模の気候変動に対処することを誓約するとともに、戦争と軍事のもたらす環境への負の影響を転換すること。「国際持続可能エネルギー機関」の設立に向けて投資すること。 
*国連をさらに民主的に改革するために、拒否権を廃止し、総会の役割を再活性化すること。 
*日本憲法9条やコスタリカ憲法12条のような平和条項を憲法に盛り込み、戦争、国際紛争解決のための武力による威嚇と武力の行使を放棄すること。 
 
(2)私たちは、日本政府に以下のことに取り組むことを奨励します。 
*憲法9条の精神を、世界に共有される遺産として尊重し、保護し、さらに活性化しつつ、国際平和メカニズムとしての潜在力を実行に移すこと。 
*軍事化の道を歩まず、東北アジアにおける不安定な平和を危機に陥れるような行動をとらないこと。 
*世界各地における持続可能な開発のための人間の安全保障に注力するとともに、ミレニアム開発目標の達成という経済大国としての責任を果たすことによって、国際社会で主導的な役割を果たすこと。 
 
(3)私たち市民社会は、以下のことに取り組むことを誓約します。 
*9条の主要な原則の維持・拡大を地球規模で促進していくことに真剣に取り組み、平和の文化を普及していくこと。 
 
 上記の誓約を含め、9項目にわたって列挙されているが、(1)、(2)の内容と重複するところもあるので、紹介するのを割愛する。 
 
▽「平和の文化」について 
 
 上記の(3)に「平和の文化を普及していくこと」という文言が出てくる。「平和の文化」(英文の「9条世界宣言」ではa culture of peace)は、日本では常用されてはいないように思うが、どういう意味なのか。 
 私(安原)は2003年に初めてコスタリカを訪ね、コスタリカの人々と対話したとき、彼等がこの言葉を「環境の文化」と並んで多用するのに驚いた経験がある。「平和の文化」とは、「平和と文化」ではなく、「平和という文化」の意味と理解したい。いいかえれば、理念、目標としての観念的な平和ではなく、生活様式として、すなわち文化として日常的に定着している実質的な平和を指しているといえるのではないか。 
 
 同様に「環境の文化」も「環境という文化」のことで、自然環境、地球環境を大切にすることが日常生活の中に定着しているという意味であろう。 
 1949年の憲法改正によって軍隊を廃止し、浮いた財政資金を平和や環境や教育や福祉の充実に回し、大切にしているコスタリカだからこそ、こういう「平和の文化」、「環境の文化」という言葉が抵抗感なしに語られているのではないか。日本も一日も早く憲法9条の理念を丸ごと実現させて、上記の用語を日常化させたいものである。 
 
▽「持続可能な開発」について 
 
 「9条世界宣言」ではSustainable Developmentの日本語訳として「持続可能な開発」があてられている。しかしこの訳語はいささか疑問である。5日の分科会「シンポジウム・環境と平和をつなぐ」でもそういう疑問が出された。「開発」ではなく、「発展」の訳語の方がふさわしいと考える。 
 
 その理由はつぎのようである。(拙著『知足の経済学』(ごま書房、1995年4月刊・参照) 
 「持続可能な開発」という訳語にはつぎのような反論がある。 
 つまり「開発・成長の経済学」の観念の強い日本では開発が成長と混同されやすいし、しかも「ゴルフ場の乱開発」という表現にみられるように開発によって自然破壊を連想しやすい。英語のDevelopmentがもっている「包括的な経済社会の発展」、「生活水準、福祉の向上」(健康、栄養状態、教育の達成度、基本的自由、公正な所得分配などを含む)というニュアンス、意味が開発という表現からは理解されにくい。 
 ちなみに経済成長とはGNP、GDPの量的増加を指しており、広い意味の発展とは質的に異なる ― と。 
 
 このSustainable Developmennt は1992年の第一回地球サミットのリオ宣言に盛り込まれ、地球環境時代のキーワードとして今日に至っている。当時は「開発」という訳語が多かったが、最近では「発展」が多用されている。 
 
▽平和憲法と日米安保体制との矛盾 
 
 「9条世界宣言」は全体として優れた宣言であることは間違いない。私(安原)は初日と2日目に参加したが、新しい歴史の息吹き、さらに胎動を肌で感じた。これまでとは質的に異なる時代が始まりつつあることを実感させてくれる世界会議であり、宣言ともいえる。しかし若干の物足りなさが残る。それは平和憲法と日米安保体制との根本的矛盾を明示していない点である。 
 
 宣言はつぎのように指摘している。 
 今日の日本の自衛隊は世界最大規模の軍隊の一つであり、アメリカは日本中に軍事基地をもっている。日米軍事協力がますます強化されるなか、日本の現実は憲法9条の精神からの乖離をいっそう深めている ― と。その通りである。 
 
 なぜ「日本の現実は憲法9条の精神からの乖離をいっそう深めている」のか。ここが問題である。「乖離」の背景には日米安保体制という軍事同盟が存在している。これは否定できない事実である。 
 日米安保条約第3条(自衛力の維持発展)は「武力攻撃に抵抗する能力を維持し発展させる」と規定し、軍事力増強を明確にうたっている。これが9条の精神を蔑ろにして「自衛隊は世界最大規模の軍隊」にまで肥大化させた要因である。 
第6条(基地の供与)が「アメリカは日本中に軍事基地をもっている」現実の法的根拠である。さらに「日米軍事協力がますます強化される」背景には「世界の中の安保」へと日米安保条約自体が変質・強化・拡大してきたことが挙げられる。 
 
 憲法前文の平和生存権と9条を事実上骨抜きにしているのは、この日米安保の存在にほかならない。にもかかわらず宣言から「軍事同盟」あるいは「日米安保体制」という文言を見出すことはできない。党派を超えて幅広い平和・環境勢力を結集する ― という配慮からだとすれば、その心情が分からないわけではない。 
 しかし今や軍事同盟自体が平和・環境重視の観点に立って地球上から解消されつつある時代である。「平和(=反戦と非暴力)のための地球市民社会の構築をめざす」と宣言しながら、これでは戦略の重要なひとつの柱を欠く結果となったとはいえないだろうか。 
 
 名古屋高裁の判決(4月17日)が「自衛隊のイラクでの活動は憲法違反」と断じたのに対し、自衛隊幹部の一人は「そんなの関係ねえ」と言ったことを思い出したい。「9条世界宣言? そんなの関係ねえ」という冷ややかな笑い声が聞こえてきたら、それをどう封じ込めるか。戦術のない戦略は無力になりがちだが、一方、戦略を欠いた戦術は方向性を見失う懸念がある。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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