2008年05月17日11時44分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200805171144486

憲法9条の重要さが世界市民に認識され始めた 9条世界会議と国連機構改革の提案

  9条世界会議(Global Article 9 Conference to Abolish War)はゴールデンウィークの5月4—6日、千葉県の幕張メッセで開かれた。初日の参加者が、1万2千人収容の会場に入りきれず、翌日のシンポジュームや分科会の会場も入場制限が必要であったほど、開催者の予想を遥かに超えた参加者(2日でのべ2万3千人ほど)で盛況であったことは、いくつかの大新聞も報道したので、日本国民にある程度のインパクトを与えたものと思う(すでにここ日刊ベリタにも安原氏の報告(2008.05.08)がある)。以下はカナダ・バンクーバー9条の会の一員として参加した筆者の報告である。(バンクーバー=落合栄一郎) 
 
 5月5日子供の日は、シンポジューム、ワークショップ、分科会などおよそ40部会が朝10時から夕刻6時半までにわたって開かれ、それぞれが多くの参加者を得て熱心な討論が行なわれた。シンポジュームやフォーラムなどの分科会の題名のいくつかを紹介しておこう。「世界の紛争と非暴力」「アジアのなかの9条」「軍縮教育」「平和を作る女性パワー」「環境と平和をつなぐ」「核時代と9条」「理性による平和」「沖縄・米軍基地と9条」…。 
 
 カナダ・バンクーバー9条の会からは、筆者も含めて8人(日本在住のバンクーバー9条の会会員の出席者を含めると12人)が出席し、スイス・ジュネーブからの平和運動家達と共催で、出席者の自主企画の一つとして「世界に広がる9条の会」というパネル討論会を催した。9人のパネリストに、それぞれの国や地域(カナダ、米国、コスタリカ、ガーナ、スイス、ドイツ、韓国、日本)での9条の意義や運動を発表してもらい、そうした運動をどう連帯させ、力強い運動にするには、どのようなネットワークを作るべきかというのが討論の最終目的であった。 
 パネリストの話の後、観客から活発な意見やコメントがあり、時間制限のため、残念ながら議論は尻切れとんぼに終わった。9条の重要さが世界中で認識されだしたことが、日本の人を主体にした聞き手に十分に伝えられたという手応えはあった。 
 
 会議全体でも、日本を以外31カ国のからの出席者があり、9条の重要さが世界的レベルで認識され始めていること、9条を日本の人が堅持してほしいというメッセージはいずれの発言者からも発せられた。そして、主催者の予想を超えた数の参加者があったことは、そうした考えを持つ日本の人々が増えてきたことを物語るものであり、あの会議に出席された日本の人々が、その熱気を日本の人々に伝えてくださるとありがたい。というのは、あの会議を日本の主要なメデイアは十分に熱心には報道してくれなかったから。 
 
 現在の人類が開発した核兵器を含む人殺しのための効率的な兵器のため、今後戦争が大規模化した場合、人類(とその文明)そのものの全破壊に繋がりかねないーというより殆ど確実にそうなり得る。また、例えば日本が自衛のための軍(自衛隊)を頼りにして、実際に自衛戦争に踏み出すような場合には、相手国は真っ先に日本の全域に分布する原子力発電所をミサイル攻撃の標的とするであろう。原子力発電所は、この時、原爆相当のものに早変わりする。日本はもしかするとしばらくは人間の住めない荒野になるかもしれない─自衛どころではない。 
 
 このように、兵器が大量破壊能力をもってしまった現在の地球では、これを使う戦争という手段では自国防衛もままならなくなってきている。これまでの戦争擁護論—自衛や平和獲得のため─は、大量破壊兵器がこのように進歩した現在では通用しなくなってきている。どの国もどの国民も、自分の身を守りたい─自衛したい─という望みは正当な望みであるが、暴力手段(軍事力)では、もう実現できない。テロ戦争の現実がこのことを明確に示している。もう、相互の理解−話し合いという方式しか自衛の手段はないのである。このことが世界中の人々の基本認識にならなければならない。今回の世界9条の会はそれにいささかなりとも貢献したものと思う。 
 
 戦争から莫大な利益を得る立場にある人々が政治経済(そして司法も)の実権を握っている現状をどうにか変えなければ、9条は理想論にすぎず、日本も世界も変革することは難しい。これは非常に難しい現実問題であるが、この点に関しての認識が今回の会議では希薄であったように思う。 
 
 また、平和は、人類がこの地球上で今後も生き延びていけるかという持続可能性の前提条件であるが、十分条件ではない。環境と9条の関連についてのシンポジュームも催されたが、持続可能性に関する根本的認識が不足していたように感じられる。「パックスエコノミカ」(意味不明)という言葉をもて遊んだだけに終わった感が深い。 
 
 勿論一回の会議ですべての、非常に困難な問題を論じつくせるものではないし、その解決策なども提案討議されつくされるはずもない。現在の人類が直面している戦争の危険(人類抹殺の危険も)への対処の一里塚としての、日本国憲法9条(コスタリカ国憲法12条)などの平和条項を憲法に取り入れる機運を世界の国々に起こさせ、また日本は9条を護り世界平和促進の先導的立場に立ちうるし、立つべきだという世論を喚起できたとしたら成功であろう。 
 
 次に、平和の問題に関連して、国連改革の提案の一つを紹介したい。 
 
 
▽国連機構改革の提案(World Federalists (NGO)の提案) 
 
 さて日刊ベリタ紙上での安原氏の報告(2008.05.08)にもあるように、これまでは世界を動かす単位が国家であったが、世界市民のレベルで動かす動きがみられるようになってきた(NGOなども含めて)。 
 国家を単位とした世界機構は現在、国連とその関連機関があるが、それが世界市民の意志を十分に代表できていない。世界各国の代表が、その国の市民の意志を代表しているとしても、総会で議論するのみで、その決議を施行する権限はない。安全保障理事会はその決議を施行させる権限を持つが、大国の恣意の拒否権で、大勢の意志が貫徹されないことが多い。このような機構上の欠点のために世界の世論を反映すべき国連がその機能を十分に発揮できないでいる。 
 
 国連がよりよく世界市民の声を反映できるような機能変革が必要である。そのやり方の一つとしWorld FederalistsというNGOが提案しているUnited Nations Parliamentary Assembly(UNPA)がある。 
 これは、これは国連の中に立法機能をもつ議決機関(parliament)を作ろうというものである。さしあたりは、各国の代表を議員とするが、やがては世界市民からの選挙によって議員が選ばれる。そして、現在のヨーロッパユニオン(EU)議会のように国の制約を超えた全体(世界市民)の意志を実行できるようにもっていこうとするものである。 
 
 現在、各国の市民、有力者(政治家、国会議員、法律家など)たちのサポートを得るための運動を行なっている。このような議会ができれば、9条のような平和条項の各国での採用などの議論には適当な場所を提供することになるであろう。このような案が実現されたら良いと考える方は下記のウェッブサイトで署名してください。 
概略:www.vcn.bc.ca/wfcvb/unpafolder/unpashort.htm 
署名:www.unpacampaign.org 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。