2008年08月08日21時51分掲載  無料記事
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二極化社会を問う

秋葉原事件と派遣労働 背後に人を使い捨てる非人間的搾取の構造 小谷野 毅(ガテン系連帯事務局長)

  次から次へと事件が起こり、メディアが騒ぎ、消費され、そして忘れ去られていく。人間として決して忘れてはいけないものも、ここでは情報という商品に過ぎない。08年6月8日、歩行者天国でごった返す日曜日の秋葉原で起きた殺傷事件もまた、事件の背後にある派遣労働の実態を置き去りにしたまま、忘れられていく。事件10日後の6月18日、衆議院議員会館でで開かれた「秋葉原事件と派遣労働を考える懇談会」(主催・ガテン系連帯)での小谷野毅ガテン系連帯事務局長の話を採録し、あらためてこの事件の背後にある問題を考えてみる。(大野和興/構成・浅井真由美) 
 
  秋葉原事件の加藤智大さんを弁護するとか、やったことを正当化しようというのではありませんが、なぜ彼がそうなったかを社会に照らして考える必要があると思います。事件の直接の引き金になったのは、彼が働いていた関東自動車の仕事を解約されたこと。しかも、正社員だったらあり得ないような仕方で、唐突に首を通告されたことだと、わたしたちは見ております。 
 
  「今回の事件で“素性の知れない殺人鬼”の派遣受け入れを余儀なくされた自動車部品会社」などという言説が広まると、「派遣社員=危険人物」というふうに、好奇の目にさらされ、危険視され、「おまえは大丈夫か」などと、いじめやパワハラの対象になっていく事態が増幅されると、危惧(きぐ)しています。それは、非常に孤独で、絶望的な環境に置かれているわたしたちの仲間を、さらに絶望的な環境に追いやりかねないと思います。 
 
  派遣先と派遣会社と労働者の関係は、例えていえば、鵜(う)飼いの鵜匠(派遣先)と鵜(派遣会社)とアユ(派遣労働者)の関係に似ていると思います。アユを食う鵜は、もちろん悪い。だけど、その鵜を自由自在に操っているのは鵜匠です。 
 
  今回の事件でいうと、派遣社員は関東自動車の正社員と、見掛けは全く同じでも、賃金と雇用期間だけが違って働いていました。置かれている環境は、絶望的に違います。そこが、派遣労働の本質的な問題です。正社員は、突然「首」とはいわれませんが、派遣社員は、いつでも「首」といわれ得るんです。 
 
◆関東自動車は就業斡旋の指針を遵守したのか 
 
  派遣先には、法的な規制があります。特に中途解約については、厚労省の告示、つまり準法律事項で規制がなされています。 
 
  日研総業等が関東自動車と取引を始めたのは、3〜4年前からで、契約期間は3ヵ月でした。派遣会社と派遣先の契約と同じ期間で、派遣会社と派遣労働者間の派遣雇用契約が結ばれ、反復更新していました。07年4月からは契約期間が1年に延び、08年4月からも1年の契約で、加藤さんたち派遣労働者約200人と派遣会社の間でも派遣雇用契約が結ばれていました。 
 
  ところが5月26日、唐突に関東自動車から4つの派遣会社に対して一斉に、文書で6月末の解約通知があったと聞いています。 
 派遣会社にとって見れば、安定的に60〜70人の派遣労働者を送り込んで、1年間は賃金の3〜4割をはねることができるいい派遣先だったと思われます。派遣会社は中途解約になっても「撤退」できるけれども、派遣労働者はどうでしょうか。このような中途解約が自由自在になされたならば、派遣労働者は常に不安定で、その先の保障がなくなってしまいます。 
 
  だから、派遣法や厚労省の告示には、派遣先に対しては、労働者の側に落ち度がなくて中途解約する場合は、「その派遣先の関係会社などでの就業斡旋の機会をつくることによって雇用安定措置を取らなくてはいけない」と定められています。製造業で派遣が解禁された平成15年、厚労省告示の第449号「派遣先が講ずべき措置に関する指針」というもので、改正された指針の重要な一部です。 
 
  関東自動車は、契約を中途解約するのであれば、残りの契約期間について関連会社で就業の機会をあっせんしなくてはいけないのです。関東自動車が、この指針を遵守したか否かは、大きな疑問です。 
 
  今回の中途解約は、相当大規模です。ある派遣会社によると、全部の派遣会社に同じ期日に一斉に文書で解約通知がなされるというのは、極めて異例とのことです。そういう措置を講じたのは、トヨタ自動車の政策が大きな影響を与えてはいないだろうかと、わたしは考えております。 
 
◆トヨタ、まず派遣をクビにしてコスト削減 
 
  トヨタは、08年3月期は史上最高益を更新、2.3兆円の営業利益、取締役会の報酬も合計39億円、前年比17%アップ、過去最高です。 
 
  しかし、トヨタが栄誉の絶頂を極めた瞬間に、アメリカのサブプライムローン問題に端を発する世界的な原油高、資源高、これがもたらす鋼材高による北米市場の冷え込み。トヨタの渡辺社長は、「世界経済の潮目が変わった」と、5月に記者会見をしています。来年の3月期は営業利益が29・5%、実質3割ダウンするといわれています。 
 
  当然、トヨタはコストの見直しを行います。日経新聞などによれば、トヨタ本体で300億、部品会社含めて3千300億円のコスト削減を計画、5月の段階で緊急発表した「緊急バリュー・アナリシス」。「カイゼン」と称するサービス残業に、今後は残業代を払わなければならなくなった上に、コストカットです。部品の削減や生産ラインの組み替えでは間に合わないので、人件費に手を付けたと考えるのが自然だと思います。 
 
  でも、正社員には「1ヵ月後に首だよ」とはいわないです。労働組合との協議、希望退職には退職金の割増しなどの条件を付けて、「申し訳ないけど」という話をするでしょう。現場で「そうなったよ」と、突然いわれた派遣労働者200人は、どう思ったでしょう。 
 
  200人のうち50人は残れることになっていたと、何社かのメディアが書いていましたが、本当だろうかという疑問があります。 
 
  日研総業には、5月26日の一斉通知の後、28日に10人の氏名を特定して「6月で終わりです」という連絡が来ました。6月2日には、思い直したように、残ってほしい5人を指名し、29人については未定、残りの人はさようなら、という連絡が来て、6月11日には「7月末まで何人かは残ってほしい」という新たな連絡が来たと交渉の中で言っています。日研総業が全部本当のことをいっているかどうか判りませんが、「派遣会社としては何人残るかまだはっきりしていなかった。50いう数がどこから出たのか、自分たちにも判らない」そうです。 
 
  また、解約の日付がばらばらなのは、各ラインごとに生産計画が違うからです。彼がいたのは塗装工程ですが、各工程の都合に合わせて切られていきます。こういう乱暴な切られ方をして、絶望的な気持ちになって…、キレない方が不思議だ。加藤さんが、犯行3日前の朝、自分のロッカーにあるはずのつなぎ(作業着)がなくなっていた。キレる原因をつくったのは誰なんだと、力説したいと思います。 
 
  問題は残酷な派遣労働を許している社会や労働の仕組みです。しかも、派遣先の指針に基づく就業機会の確保をした節が見えません。関東自動車のホームページでは「トヨタグループの中核」会社だと書いてあります。関連会社がたくさんあるはずなのに。 
 
  関東自動車が、事件翌日にホームページに掲載したリリースには、「加藤容疑者は、人材派遣会社・日研総業株式会社の社員として、平成19年11月より弊社東富士工場の塗装工程に派遣されておりました。勤務態度は6月4日(水)までは欠勤もなく、真面目に仕事に取り組んでおりました。 また、日常のミーティングを通じコミュニケーションを図り、管理、監督に努めている中では変わった様子は見られませんでしたので、今回の事件に対しては弊社としても非常に驚いております。今後、人材派遣会社に対しては、このような不祥事が二度とないように、人材の確保、管理、監督について要請していきたいと思います」。まるで人ごとで、被害者のような表現です。 
 
  人を自由自在に使って、使い捨てている残酷な派遣労働で、いま日本の製造業が成り立っていることを全く不思議に思わないトヨタや関東自動車が問題なのです。派遣社員だから、こういう文書一片で、何の説明もなく、法的事項を守らなくても、勝手に切れる。それを許している、いまの社会や労働の仕組みが問題なのです。 
 
《事件の概要》2008年6月8日12時30分ごろ、東京・秋葉原の歩行者天国に男が小型トラックで突入し、5人をはねた。その後、トラックを降りた男は通行人ら12人をナイフで次々と刺した。男は、静岡県裾野市の派遣社員、加藤智大容疑者(25)=青森市出身=で、警察に現行犯逮捕された。トラックにはねられた5人のうち、3人が死亡、2人が負傷。刺された12人は4人が死亡し8人が負傷。合わせて死者7人、負傷者10人という大惨事となった 


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