2008年08月19日12時49分掲載  無料記事
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経済

【論争・国際連帯税】 通貨取引開発税の導入で「もうひとつの世界」は可能か?  土肥誠(大学教員)

  ヨーロッパで論議が始まった国際連帯税創設に向け、日本でも具体的な議論が始まっている。08年2月28日には超党派の「国際連帯税創設を求める議員連盟」(注1)が設立され、「開発のための通貨取引税」(通貨取引開発税、Currency Transaction Development Levy; CTDL)を射程に議論が始まり、政府も検討に入っている。こうした動きの背景には、世界を揺るがす投機マネーの規制をめざして通貨取引税の創設を掲げて長年運動してきた世界の社会運動の流れがある。その立場から見て、政府や議会が今検討しようとしている仕組みはどう評価すればいいのか。日本で通貨取引税実現の運動に取り組んできた市民組織アタック・ジャパン(ATTAC-JAPAN)の土肥誠(大学教員)さんに、寄稿していただいた。土肥さんの提起を皮切りに、さまざまな立場からのご意見をいただき、この問題を深めていきたい。(編集部) 
 
◆貧困解消をめざす 
 
  7月末、日本政府は国際連帯税の導入を検討すると発表した(東京新聞2008年7月28日付)。通貨取引開発税や航空券連帯税などを検討の対象とし、ODA資金の一部としたい考えのようである。政府は今までオブザーバー参加だった「連帯税に関するリーディンググループ」(注2)に正式に加盟し、海外の先行事例を研究するということである。政府としては札幌でのG8で国際連帯税の導入を掲げ通貨取引開発税の議長国になるという意思表示をするつもりだったようである。 
 
  国際連帯税の導入は、そもそも「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」が進まない中、先進諸国のODA支出も思うように伸びないという事情から各国で提唱され始めたものである。今回政府が導入しようとしている通貨取引開発税は、国際金融や環境・開発問題のコンサルタントであるソニー・カプールが提唱したもので、一国単位の通貨取引に0.005%という低率の税をかけ、これを貧困解消のために資金として用いるというものである。 
 
  ちなみに、カプールはこの通貨取引開発税はオルタグローバリゼーション運動を展開する市民団体が主張するような通貨取引税とは異なり金融市場を規制しようというものではないため、通常の金融取引には影響を与えないということを明確に言っている。 
 
  一方の航空券連帯税は航空券に低額の税をかけるというもので、たとえばフランスは2006年からフランス発の航空機でフランス国内とヨーロッパ向けのエコノミーに1ユーロ、ビジネス、ファーストクラスには10ユーロ、ヨーロッパ以外の航空券には同じく4ユーロと40ユーロの航空券連帯税を課している。 
 
  この国際連帯税は現在フランス、ガボン、韓国など8カ国が実施しており、28カ国が導入を表明している。日本政府としてもこれら国際連帯税の導入を実現することで一定のODA資金を確保し、日本のODA資金の拠出低下に歯止めをかけたい考えのようである。 
 
  カプールの提唱する通貨取引開発税は税率自体が0.005%と低率であり、金融市場になんらの影響を及ぼさないということで金融業界をはじめとした財界への受けもよいだろうし、世論の支持も得やすいということは理解できる。そして通貨取引開発税に賛同し、政府と共に導入をめざそうというNPOやNGO団体も多い。しかし、この税の導入によって本当に世界の貧困が解決されるのかということになると、残念ながら疑問とせざるを得ない。 
 
◆投機化する世界の金融市場 
 
  現代の貧困は、1980年代からの金融自由化にともなうグローバリゼーションと、このグローバリゼーションを正当化する新自由主義を抜きには語れない。戦後の世界経済はドルを基軸通貨として金(Gold)との兌換を認め、ドル以外の通貨は、たとえば1ドル=380円というようにドルとリンクして固定相場を維持するという管理通貨制度を採用した。ところが、ヨーロッパ経済の発展はユーロダラーというアメリカ政府や金融当局の統制がきかないドルを大量に生み出し、アメリカは有効な金融政策を打てなくなった。大量のユーロダラーはドル信用の低下をもたらし、金兌換要求の強まりともあいまってアメリカの金準備率は低下していった。71年ついにアメリカは金‐ドル交換停止(ニクソンショック)に踏み切る。世界経済は、変動相場制へと移行したのであった。 
 
  金の裏づけがないままドルが基軸通貨になるということは、実体がないまま基軸通貨として通用するということであり、アメリカは75年に「メーデー」と銘打って政策的に金融の自由化に踏み切り、さらに先進諸国の金融規制も撤廃するようイニシアティブをとる。アメリカに続きイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国が80年代から90年代初頭にかけて次々と金融自由化を行い、最後に日本が98年、橋本内閣で「金融ビッグバン」という形で規制を撤廃する。 
 
  こうなると為替や資本が自由に世界を移動できるようになる反面、金融市場は非常に不安定となる。この不安定に対処するため、金融機関を中心にヘッジファンドが利用されリスクの分散をはかるようになってくる。ところがヘッジファンドの規模が大きくなってくると、今度はヘッジファンドそのものを投機の対象とするファンドが出てくる。この投機ファンドの出現により、リスクを回避するためだったヘッジファンドは逆にきわめてリスキーなものとなり、金融市場はますます不安定なものとなっていく。 
 
  さらに、この金融にインターネットを中心とする情報技術が結びつき、ヘッジファンドはさらなる投機性を帯びながら儲かりそうなところに瞬時に投下され、儲からないと判断されれば一挙に資金を引き上げる。メキシコのペソ危機、タイのバーツ危機などを思い出される方も多いと思う。 
 
◆先進国の「カネ持ち優遇」と途上国の市場化 
 
  金融の自由化で為替や資本が自由に移動できるようになると、企業は法人税の高い国内で生産を継続する必要はなくなる。先進国はコストの低い生産拠点を求めて海外へと出て行き、産業の空洞化が進行する。80年代、韓国や台湾に外資が流入して経済発展を遂げ、新興工業国(NICs)や新興工業地域(NIEs)と言われた事は記憶に新しい。 
 
  先進国は産業空洞化を防止するため、法人税減税等の「カネ持ち優遇政策」や金融関連法の改正などで投資をしやすくする等の政策を実施せざるを得ない。カネ持ちの徴税を少なくする優遇政策は必然的に政府の税収を圧迫するため、政府は福祉・教育関連支出を削減すると同時に、中間層や低所得者層に対して増税することにならざるを得ない。さらに、先進国にとって金融資産を自由に投資できない、大量生産された安価な農産物市場の拡大ができないなどの金融や貿易の関税障壁は、早急に除去しなくてはならない懸案事項となる。そこで先進国はIMFやWTOを通じて途上国に対し、場合によっては先進国間で関税等の障壁を除去するよう圧力をかける。 
 
  途上国である第三世界は、先進国からの資金援助を受けるかわりにIMFによる規制緩和、減税政策等の厳しい経済の調整プログラム(コンディショナリティ)が課される。すなわち、IMFは第三世界に新自由主義に基づく経済政策を採ることを要求するのである。先進国民衆も貧困なのはその人に能力がないから、カネ持ちになりたければ権利を主張せずに身を粉にして働くべきといった新自由主義に基づく「自己責任論」が跋扈し、非正規労働の増大や賃金切り下げ、福祉削減の根拠となっている。 
 
  この意味で、新自由主義とは第三世界を先進国の市場にとって都合の良いグローバリゼーションを押しつけるものであり、先進国民衆に対しては自己責任のもとに資本にとって都合の良いグローバリゼーションを押しつける考えだといってよい。 
 
◆問題は新自由主義を規制できるかどうか 
 
  この新自由主義に何らかの規制加えないまま通貨取引開発税を導入するとはどういうことを意味するのだろうか。 
 
  通貨取引開発税は、第三世界の貧困を解消するためのODA資金捻出の一環という意味からいえば、ないよりはあったほうが良いかもしれない。しかし、新自由主義を規制しないままの通貨取引開発税の導入は、援助額が若干増えることはあるだろうが、これで第三世界が先進国の束縛を脱して豊かになって行くことが可能となるとは考えにくい。これは、私たちが目指す「もうひとつの世界」の本当の姿なのだろうか。 
 
  私たちが目指す「もうひとつの世界」とは、まずは今の世界を支配している新自由主義を規制し、民主的な組織による国際連帯税の徴収であり、先進国の意図が反映された経済援助ではないはずである。それは、第三世界が政治的、経済的、文化的に豊かになるための援助、すなわち第三世界と連帯するための援助ではないのだろうか。 
 
  第三世界と連帯するための援助として、たとえば通貨取引税の導入が挙げられよう。通貨取引税は、ジェームス・トービンが提唱し、その後シュパーンらによって様々な形で改良が加えられてきた。通貨取引税とは、通常の金融取引に0.05%程度のごく低率の税を課す。投機的な金融取引が判明した場合は、80%という禁止的な税率を課し投機取引を防止すると同時に、これら取引によって得られた税収を民主的機関を通じて第三世界の貧困解消等に使うというものである。さらに、通貨取引税は援助資金を捻出するだけでなく、投機を規制するという意味で新自由主義を規制する第一歩でもあるということは意識しておかなくてはならない。(*) 
 
  日本政府が導入を検討する通貨取引開発税は、ないよりはあったほうがよい。導入をめざすNPOやNGOも新自由主義を規制する通貨取引税の導入が容易でないならば、さしずめ通貨取引開発税の導入をめざそうという考えではあろう。しかし、新自由主義に立脚した通貨取引開発税の導入は、第三世界の貧困を根本的に解消するものでは決してないことは意識しておかなくてはならないだろう。 
 
  通貨取引開発税を導入すれば第三世界の貧困が根本的に解決するわけではない。私たちは今こそ新自由主義を前提とした第三世界への援助ではなく、アルテルモンディアリスト(もうひとつの世界主義者)としてグローバリゼーションの規制を追求すると同時に、「もうひとつの世界」を真剣に模索し、構築していくことが求められているのである。 
 
(注1)会長・津島雄二(自民)、会長代理・広中和歌子(民主)、幹事長・林芳正(自民)、事務局長・大塚直史(民主)。自民、民主、公明、共産、社民から33人が役員に名を連ねている 
(注2)2006年3月フランス・ブラジルが提唱した国際連帯税パリ国際会議で創設された推進グループ。現在55カ国が参加。うち8カ国ほどが航空券国際連帯税を実施している。日本はオブザーバーとして年2回のリーディング・グループ総会に出席している。 
 
(*)通貨取引税に関して、詳しいことはさしずめ「ATTAC Japan」のホームページを参照されたい。 
  (http://www.jca.apc.org/attac-jp/japanese/index.html) 


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