2008年11月25日00時01分掲載  無料記事
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政府と企業が一体で売り込む“農薬練りこみ”蚊帳 「発ガンや脳の発達を阻害する」と市民団体は反対

  日本政府が、アフリカへの援助で力を入れているものに「長期残効型蚊帳=オリセットネット」がある。これは蚊帳の繊維に殺虫剤「ペルメトリン」を練りこんだもので、マラリヤ対策に抜群の効果があるとされている。この蚊帳は2005年の第5回アフリカ連合首脳会議で小泉前首相が2007年までにアフリカに1000万張り配布すると公約し、外相など閣僚のアフリカ諸国の訪問の際や、アフリカや援助に関するいくつかの公的な文章などでも度々紹介されている。いわゆる“官民連携”援助の代表的なものだ。しかし、この蚊帳の配布に対しては、いくつかのNGOや市民団体が「農薬蚊帳の配布は危険であり税金の無駄」であるとして反対の声を上げている。そのNGOのひとつ「SUPA=西アフリカの人達を支援する会(1)(以下SUPA)」の話を聞いた。(村上力) 
 
◆オリセットネットの危険性 
 
  SUPAは、西アフリカ、主にギニア共和国にて熱帯林の再生、有機農業の普及、風土病の予防の三本柱による貧困解消を標榜して活動、現地での活動経験から、農薬を使わない普通蚊帳でもマラリアは十分予防可能であり、わざわざ農薬を使う必要は無く、援助資金  の無駄であると主張。なによりこの蚊帳に使われる殺虫剤の「ペルメトリン」には身体に有害な物質が含まれており、それを蚊帳に練りこむことには大変危険だとして、この「オリセットネット」の配布に反対している。また、経済的にも「オリセットネット」の価格は普通蚊帳の3倍以上だという。 
 
  SUPAの野澤眞次事務局長は、自身これまで40年以上熱帯地域に関わってきたが、普通蚊帳によってマラリアを予防し、一度もマラリアを患ったことは無いという。現地の状況については、人々は蚊帳の中で裸で寝ていることが多く、子供らは蚊帳を体に巻きつけたり、しゃぶったりしており、農薬蚊帳では農薬の暴露の危険性が極めて高いのではないかと述べた。 
 
  農薬「ペルメトリン」に関しては、発がん性、子供の脳の発達を阻害する危険性を示唆する論文が、津田正明氏や黒田洋一郎氏ら専門家によって指摘されている。実際「オリセットネット」には、触れたら必ず手を洗うようにとの標記がされている。しかし水不足が常態化しているアフリカの一般家庭でそれが可能かどうか、疑問がわく。さらに驚くべきことに、すでにこの「ペルメトリン」の耐性蚊が西アフリカのベナンにて発生しているとの論文(注1)が、欧米の研究者によって出されている。 
 
◆農薬販路の拡大か 
 
  「オリセットネット」は、住友化学が開発した蚊帳である。従来蚊帳に殺虫効果を付加する場合、普通蚊帳に薬剤を浸漬させて使用していたが、手間や、薬剤の処理による生態系への影響が懸念されていた。そこで住友化学が繊維にピレストイド系農薬「ペルメトリン」と練りこんだものを開発した。住友化学によれば、この蚊帳の殺虫効果は洗っても5年ほど持続するという。 
 
  現在、「オリセットネット」は中国、ベトナム、タンザニアの2箇所の計4箇所で生産され、2005年の発表では世界全体の生産能力は年間500万張りとされていた。現在は年間3000万張りと急ピッチで量産体制を敷いている。 
 
  生産された「オリセットネット」は日本政府がユニセフやJICA、その他欧米のNGOらによってアフリカの農家などの受益者に無償で配布される。住友化学によれば2007年までの供給実績は3800万張りとされている。SUPAの野澤事務局長は、このような急ピッチの生産能力の増強は、国内で徐々に規制がかかり、有機農業の普及などで販売不振に陥り始めた農薬の販路を海外に見出すためではないかと指摘した。 
 
  「オリセットネット」に対するこのような指摘は、かつての「DDT」の件を想起させる。「DDT」は過去、殺虫効果があるとして初めは先進国で使用されたが、危険性が明るみにされ始めると途上国、主にインドやアフリカに輸出されたのではないであろうか。 
 
◆企業の「社会貢献」と賞賛する大手メディア 
 
  SUPAは、3年ほど前から、国際協力イベント「グローバルフェスタ」や、アフリカ開発会議(TICAD)などの会合で、反対意見を発表したり、ブースを展開するなどして、反対運動を展開している。こうした批判に対して、住友化学、外務省は「データが無い」「安全だ」との一点張りだと、と野澤事務局長は話す。 
 
  同時にSUPAは国際協力NGOのセンターであるJANICに働きかけて、「オリセットネット」についての検討委員会を発足させた。しかし、反対の声はNGOのなかでもまだ広がりに欠ける。その一方で、大手メディアを中心に「オリセットネット」に対する賛美の声が高い。住友化学は、2006年に「オリセットネット」に関して朝日新聞社から「第三回朝日企業市民賞」を受賞し、2008年には日経BP社から「日本イノベーター大賞 優秀賞」を授与された。外務省発行の「2007年版ODA白書」では、数回にわたって住友化学の“社会貢献”が紹介されている。 
 
  SUPAの高橋ユミ理事長は、このような賛美には、蚊帳を使用することが殆ど無くなった日本社会の蚊帳に対する無理解があるのではないかと述べた。 
 
◆官民連携というが・・・ 
 
  もうひとつ問題なのは、この「オリセットネット」が政府開発援助(ODA)における官民連携のモデルと見られていることだ。住友化学社長の米倉弘昌氏は外務省の「国際協力に関する有識者会議」に委員として加わっており、2007年5月の会合で「日本の技術・ノウハウを活かした“日本らしい援助”」を展開すべきとの趣旨を述べている(注2)。貧困撲滅を大義名分に政府資金を使っての大々的な企業活動が展開されているのである。 
 
  12月2日に外務省で行われる第2回ODA政策協議会では、この「オリセットネット」が議題に上がっている。 
 
※1 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/07_05_ehp_Safety_Net_for_Malaria.html 
※2 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/yushikisya/2/2_giji.html 


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