2009年03月28日10時27分掲載  無料記事
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TPP/脱グローバリゼーション

岐路に立つ世界水フォーラム(下) 広がり深まる「水の公正」を求める運動  松平尚也・山本奈美 

  3月22日は、国連が定めた「世界水の日」である。3日に渡って開催された閣僚会議の成果として、この日に発表された閣僚宣言は、皮肉にも国連が謳う「水は人権である」という文言を除外しての宣言となった。宣言で確認されたのは、「水は基本的なニーズ(需要)である」というものであった。 
 
◆「人権」と「ニーズ」 
 
  水は「人権」か「人々のニーズ」かという文言の違いは大きく、国際社会ではもちろん、これまでのフォーラムでも喧々諤々と議論がなされてきた。水は「人権である」と主張する市民社会の声もは常にむなしくかき消され、結果的に「ニーズである」と宣言されることが繰り返されてきたのだ。しかし、特に、前回水フォーラムからこれまでとは異なった動きが見られてきた。「人権である」と叫んでいるのが、フォーラムの外にいるいわゆる「反対勢力」だけではなくなってきたのだ。水フォーラムに参加する政府の中にも、「水は人権」を閣僚宣言に含めようと主張する、水フォーラム推進母体から見れば「造反国」が出てきたのである。 
 
◆ボリビアの反乱 
  第4回水フォーラムで、民間企業寄りの世界水フォーラムに真っ向から反対したのが、革新政権を有するボリビアだった。ボリビアで水道事業を運営していたフランスや米国の企業は、事業で潤っても貧しい人々の投資に回さず、結局貧しい人々に水は届かなかった。市民が立ち上がり、強大なパワーを持ったグローバル水企業を追い出した経験を持つ国である 。 
 
  「水」を発端に成立した新政権によって新しく水省が立ち上げられ、水運動のリーダーだったアベル・ママーニ氏が大臣に就任した。ママーニ氏率いるボリビア政府の強い働きかけは、フォーラムがメキシコ開催だったこともあいまって中南米諸国の市民運動家たちの後押しを大きく受け、「水は人権」の文言を宣言文案に入れるかを巡って大きく注目されたが、メキシコ、英国、オランダ、フランス、米国からの政府代表からの強硬な反対にあった。 
 
  結果、ボリビア、キューバ、ウルグアイ、パラグアイの4ヶ国による補足閣僚宣言が出され、そこで「水は人権」であり、「政府が運営すべき」であることが謳われるという異例の事態になった。この攻防はメディアでも大きく取り上げられ、最終閣僚宣言で「水は人権」という文言が除外されたことが、現地新聞のトップニュースになった 。(注3) 
 
◆異例の補足閣僚宣言 
 
  水フォーラム閉幕時に発表される宣言文は、開幕前にその全文がほぼ決まっていることが常である。今回の宣言文をめぐっても、水フォーラム開幕前から水面下で交渉が行われ、ロビー活動が行われてきた。前回メキシコフォーラムの「全文」がフォーラム開幕前にリークされ、その文書を作成したコンピューターの持ち主が、ジェラルド・ペヤン氏(AquaFed−アクア・フェッド: 国際民間水道運営連合)であったことが、宣言文の特徴を大きく現しているといえるが、今回注目すべきなのは、ウルグアイ政府が宣言文案を持ってヨーロッパ諸国政府にロビー活動をしてきた点である。(注4) 
 
  その宣言文案で同国は、「水へのアクセスは人権」「住民参加のもと、各国政府は国民に保障する努力をする」「水を自由貿易交渉から除外」「第6回水フォーラムは国連のスキームで、参加を保障しインクルーシブに行う」「各国政府は水の使用を自国最優先させる」「非営利の公公パートナーシップで国際サポートを」「水は公共財であるとの宣言を支持する」「利用者と市民社会の水管理への参加」といった項目の追加を主張した。閣僚宣言に記載しないのなら、「補足閣僚宣言」を発表しようというウルグアイ政府の呼びかけに中南米諸国が同調し、その結果、20ヶ国を超える国々 が、「補足閣僚宣言」に署名した。住民運動によって国民投票を開催し、「水は人権」という文言を憲法に加えた経験を持つウルグアイだが、今回の「水は人権」をめぐる攻防でも大きな旗振り役を果たしたといえる。(注5) 
 
  加えて、グローバルな水フォーラムは、民主的に、参加を保障し、公正で、透明性があり、社会的内包を保障するという原則のもと、国連の枠組み内で開催されることを提案する宣言も9ヶ国 の署名のもと発表されている。(注6) 
 
  しかし「水は人権」は今回の宣言文でも確認されなかった。その論点は今回もニュースで大きく取り上げられ、拒絶した国という不名誉な取り上げられ方をしている国々で明らかになっているのは、米国、カナダ、ブラジル、中国、エジプト、などである。 
 
◆世界のウォーター・ジャスティス・ムーブメント 
 
  世界水フォーラムの「イレジティマシー(非合法性)」を主張するのは、補足閣僚宣言に向けて動き、同調した政府たちだけではない。これまでのフォーラムでも主張してきたのは、「水の公正」を求めて立ち上がり行動してきた世界のウォーター・ジャスティス(水の公正)・ムーブメントであり、彼ら、彼女らの圧力が民主的に反映されてこそ、補足閣僚宣言のような動きが可能になったと言える。 
 
  イスタンブールでは世界水フォーラムと並行して、オルタナティブフォーラム(人々の水フォーラム )が開催され(注7)、フォーラム本会場では議題に上らない水危機の現状や、その解決策をめぐっての討論が交わされ、宣言文が出された(注8) 。また水フォーラムを機会に、「Global Week of Action for Water Justice(水の公正をもとめてグローバル行動週間)」が立ち上げられ、トルコだけではなく世界のあちこちで、公正な水を求めての活動が開催されている。 
 
  世界水フォーラムに集結した世界のウォーター・ジャスティス・ムーブメントは、今回の世界水フォーラムを「グローバル水企業影響下で開催される、最後の水フォーラム」と位置づけ、今後は国連などの国際機関の主催で開催するよう求めている。 
 
  水の私営化を一貫して批判してきた論客であるモード・バーロウ氏は、今回は国連総会議長の水問題アドバイザーとして参加しており、「グローバル大企業の貿易商品ショーではなく、オープンで、透明性のある、民主的なフォーラムで水の分配について話し合う必要がある」と表明している。また、国連総会議長のミゲル・デコント・ブロックマン氏が世界水フォーラムに初めてメッセージを送り、世界水フォーラムが利潤を追求する民間企業の影響下にあることに懸念を表明し、水を基本的人権として扱おうとしない動きにも懸念を表明、水を石油のように利益を生み出す商品として扱うことに明確に反対した(注9) 。 
 
  もちろん、国連という機関の問題も数多く指摘されている中、国連主催で水問題が解決するわけでも、水を商品として扱う動きにもストップがかかるわけではないだろう。しかし、深刻な水問題は、イデオロギーに左右された私有化志向という一色の議論ではなく、「公正な水」をキーワードに解決策を探っていく必要があり、「国連の旗の下の開催」は少なくとも第一歩となる可能性を秘めている。 
 
【注】 
3、ボリビアの水紛争に関しては、「世界の“水道民営化”の実態―新たな公共水道をめざして」(2007年、トランスナショナル研究所、コーポレートヨーロッパオブザーバトリー 編、佐久間智子訳、作品社)を参照。 
 
4、第4回世界水フォーラム(メキシコ)での「水は人権」をめぐる攻防については、「市民の声で風向きが変わりつつあるグローバル水問題」を参照。http://www.waterjustice.org/uploads/attachments/tide-turns_may06_jpn.pdf 
 
5、 20ヶ国とは、バングラデシュ、ベニン、ボリビア、チャド、チリ、キューバ、エクアドル、エチオピア、グアテマラ、ホンジュラス、モロッコ、ナミビア、ニジェール、パナマ、パラグアイ、南アフリカ、スペイン、スリランカ、ウルグアイ、ベネズエラ。 
このほかにスイスが、同調してはいるが、正式な署名には数ヶ月かかる、と表明している。 
 
6、 ベニン、ボリビア、チリ、キューバ、エクアドル、ホンジュラス、パナマ、パラグアイ、ベネズエラの9ヶ国。 
 
7、 http://www.peopleswaterforum.org 
 
8、 宣言文の仮訳は、http://am-net.seesaa.net/article/116049285.html 
 
9、 「国連総会議長のメッセージ」全文は(仮訳)以下参照。 
http://am-net.seesaa.net/article/116067167.html 


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