2009年05月09日20時36分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200905092036236
軍拡を戒める「たった一人の反乱」 遺言「間違いだらけの防衛増強論」 安原和雄
28年も前に「間違いだらけの防衛増強論」というユニークな著作を書いた元防衛庁幹部が最近亡くなった。この著作は自衛隊幹部ら向けに行った講義を公表したもので、日米安保批判にとどまらず、軍備拡張を戒める内部告発ともいえる内容で、当時「たった一人の反乱」と評された。自衛隊の海外派兵が恒常化しつつある今、「間違いだらけの防衛増強論」は決して間違ってはいない。むしろ今こそ熟読玩味に値する遺言にもなっている。
▽日米安保を批判し、軍拡派の暴走を戒める
5月初めの新聞で報じられた一人の死亡記事をみて、私(安原)は28年も昔の記憶がよみがえってくるのを感じていた。その記事は「元防衛庁防衛研修所室長の前田寿夫(まえだ・ひさお)さんが4月10日死去した。89歳」と伝えている。
実は1981年7月30日付毎日新聞夕刊(東京版)の「ゆうかん ブックス」欄に前田著『間違いだらけの防衛増強論』(講談社刊)の紹介と私が前田さんにインタビューした記事が1ページを埋めつくす形で載っている。
その見出しとして「軍拡派の暴走を戒める」、「小細工をしてでも危機意識をあおり防衛意識を高めてやろうという役所でついこの間まで講義していた専門家のたった一人の反乱」という大きな活字が躍っている。
著作は前田さんが自衛隊の一佐、二佐クラスの幹部や防衛庁内局の課長クラスら向けに行った講義を退官後に全公開したもので、日米安保批判に始まって軍拡派の軍事力増強論に真正面から挑戦する内容である。それだけに、講義していた頃から拒否反応は大変なものだったらしい。前田さん自身、当時「たった一人の反乱」と自任していたほどである。
あれから28年の歳月が過ぎ去ったが、記事を今読み返してみて、決して時代遅れにはなっていないという印象を得た。当時の防衛庁は現在、防衛省に格上げされ、自衛隊の海外派兵も日常化してきた。むしろその予兆を28年前の記事から垣間見ることもできるような印象がある。今となっては著作『間違いだらけの防衛増強論』とインタビュー記事は、平和に対する前田さんの遺言のような気がしている。そこでこの機会に記事の内容(要旨)を紹介したい。
▽今も通用する『間違いだらけの防衛増強論』
著作『間違いだらけの防衛増強論』の要点は以下のようで、今なお通用する主張であり、21世紀の今日、なお生き続ける遺言となっている。
*「万一に備える」はひとりよがりの議論だ
軍事力増強を図るうえで「万一の場合」に備えるという主張ほど防衛当局にとって都合のいい議論はない。戦争や侵略の可能性があろうとなかろうと、そんなことは一切問題外で、つねに「最悪の事態」に対処できるよう準備していればよろしい。「最悪の事態」とはなにか。論者の都合のよいように内容が決められる不思議な言葉で、ときにソ連海軍が日本の海上交通路を全面しゃ断したりする。
正真正銘の「最悪事態」はわが国が核ミサイルの大量攻撃を受けることのはずだが、わが防衛関係者でそのような事態を強調する人をみたことがない。しかしその「最悪事態」も自然現象ではないので、話し合いなどで防ぐこともできる。
ところが、たとえば何十年に一度の確率で襲ってくる大地震はそうはいかない。私が大蔵大臣なら、「最悪事態」よりも東海地震に備える方に金を出したい。
*「勇ましい財界人」は高みの見物のつもりだ
「滅私奉公」を説き、「徴兵制度復活」を提唱する財界人の勇ましい議論は、財界サロンのお茶飲み話から出たものでしかない。
核攻撃の危険が迫っているとお考えなら、早速わが国の生活環境に適したシェルター(核防御用地下壕)を設計していただき、それこそ「滅私奉公」、採算を度外視して、関連器材を大増産してもらわねばならない。
また爆撃を受けて生産が止まってしまうのでは、財界としても申し訳が立たないはずである。そこで地下工場や地下居住施設をつくる必要がある。そのための経営者の出費は莫大なものになるが、当然の負担である。しかし財界の勇ましいお歴々からこういう声があがったのを聞いたことがない。政府や国民にお説教を垂れるのは、お好きなようだが、ご自分たちは、高みの見物のおつもりかノホホンとしてござる。
*「安保タダ乗り論」はマヤカシだ
米国の唱える「日米安保タダ乗り論」、つまり「日本の戦後の繁栄は、日米安保によって軍事費を軽減できたからだ」という説ほどマヤカシの議論も少ない。
もともと日米安保条約なんてものは、米国がアジアにおける戦略拠点として日本を確保するため、講和条約とワンセットで日本に無理やり押しつけたものではないか。これほど迷惑なものはない。
それに「安保により米軍が守ってくれたお陰でわが国の平和が保たれた」という説はフィクションにすぎない。なぜなら�,錣�国は周辺諸国との間に軍事的争点の全くない国(米軍基地の存在を除いて)であり、�⊆禊海亮�衛力があれば、周辺諸国の紛争がわが国に波及することを恐れる必要はない ― からだ。つまり日米安保条約は日本にとっては不要なのである。にもかかわらず米軍に施設・区域を提供し、その経費を日本が負担しているのだから、日米安保にタダ乗りしているのは、むしろ米国なのだ。
このようにタダ乗りしているのは米国だと認識すれば、日本の対外交渉力を高めることができるメリットがある。
〈安原の感想〉― ライシャワー元駐日米大使の証言
上記の3つとも、もっともな主張である。特に「安保タダ乗り論」はマヤカシだ、は今日こそ有効な視点といえる。なぜ「安保にタダ乗りしているのは米国」という説が正しいかについて若干補足しておきたい。かつてライシャワー元駐日米大使が日米安保の存在価値についてつぎのように証言したことがある。
「日米安保は日本防衛のためだけではない。米国の国益にも合致している。そうでなければ、納税者としての米国民に説明し、納得してもらえない。自国の防衛とは関係なく、日本の防衛という他国の利益のためになぜ米国民は税金を納めなければならないのか、という疑問に答えられないからだ」と。
「米国の国益」とは、米国の世界戦略を指しており、その極東における要石として同盟国・日本が存在しているのは、日米安保のお陰だという意味である。素直にかつ正直に観察すれば、米国こそが安保にタダ乗りしていることは否定できないのである。
▽「たった一人の反乱」者とのインタビュー
『間違いだらけの防衛増強論』著者とのインタビューの一部(要旨)を以下に再録する。
安原:防衛庁の政策、ものの考え方に真っ向から反対するような内容の講義に対する反応は?
前田:みんなニヤニヤしながら聞いていた。変なことをいう奴だな、というのと、なかなかいいことをいっている、と思う者の二つに分かれた。半分くらいは高く評価してくれたが、本心で私の話に同調してくれたとしても、防衛庁という組織の中では、それが生かされない。組織の論理に埋没してしまう。なんとなく軍事的発想になっている。
安原:竹田五郎前統幕議長が、辞める寸前に「専守防衛」などを批判した。
前田:勇ましいことをいうのが受けるムードになってきた。いかにも武人の硬骨性をあらわしているようにみえるが、その発言が日本にとってどういう意味を持つかを余り考えない。
安原:5月の日米首脳会談を境に日米の軍事協力は一段と緊密になりつつある。
前田:日米共同声明で「日米同盟関係」を初めて明記したのは、対ソ対立をあおることになり、失敗だった。鈴木善幸首相は、外務官僚のペースに乗せられて、「しまった」と思ったのではないか。米国に要求されるままに防衛力を増やすのは、日本の対米交渉力を弱めるだけだ。
〈安原の感想〉― 「日米同盟」が公式にうたわれてから28年
慣れることは恐ろしいもので、真実を見抜く眼をふさいでしまう。今では多くのメディアが「日米同盟」という用語を社説などでも当然のように肯定する意味で使っているが、実は28年前の日米首脳(レーガン米大統領と鈴木善幸首相)会談後の日米共同声明 (1981年5月)で初めて明記された。
この「同盟」には命を懸けて誓い合うというニュアンスが込められており、当時大騒ぎとなった。これを境に日米間の軍事協力関係が一段と緊密化し、日米共同軍事訓練も活発化していく。翌1982年、政権の座についた中曽根康弘首相は、「日米運命共同体」、「日本列島不沈空母」説まで唱え、軍拡路線へと突っ走る。そして今、東アフリカ・ソマリア沖に海賊対策の名目で海上自衛隊を派遣するなど事実上の海外派兵が恒常化しつつある。
上記の一問一答に出てくる日本の「専守防衛」、「対米交渉力」はどうなったか。日本の防衛力は日本の国民と領土を守るためだけに存在する、という専守防衛論はどこかへ吹っ飛び、今では口にする防衛関係者は誰もいない。一方、対米交渉力は弱まることはあっても、強まる兆候は見出せない。前田さんの28年前の懸念通りに推移しつつある。すべては28年前の日米共同声明に書き込まれた「日米同盟」を跳躍台として始まった。ちょうど同じ頃、最近破綻し、世界を大不況に突き落としているあの新自由主義路線も作動し始めていた。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。