2009年05月15日00時15分掲載  無料記事
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文化

《演歌人シリーズ》(1) 遠藤実 三拍子(スリービート)の抒情(上) 佐藤稟一

●演歌 情(こころ)の感傷 
 
  こころ。『万葉集』のうたうたは、“情”をそう読んでいる。情(なさけ)は、情(こころ)に抱かれ情(こころ)は、情(なさけ)によって豊かになる。 
  演歌の源流は、『万葉集』が発した相聞(恋)と別離の詩情、感傷だと思っている。景色もそれにからむ。この詩魂(ボエジー)は、藤原定家、荻原相太郎を通過し、また、謡曲、琵琶語り、浄瑠璃、浪曲などの「語り物」で悶え演歌にゆるゆると注がれた。「語り物」に対し、地歌、長唄、端唄、小唄などの「歌い物」がある。前者は物語に、後者は歌に重きを置いたが、両者とも情(こころ)が濡れている。演歌(うた)に古いも新しいもない。日本人の情、感傷が謳われているからである。演歌(うた)は、時代を超えた魅力的な日本の音楽であると考えている。 
 
●北国の、春の歓喜 
 
  歌手のフランク永井、ドキュメンタリー映像作家吉田直哉、テレビ・キャスター筑紫哲也、映画監督田中徳三、市川崑 、漫画家赤塚不二夫、作家川内康範、歌人前登志夫、作家小川国夫、知の巨人加藤周一・・・・・・。二〇〇八年、わが心で凛々と息づいていた人々が次々と身罷られた。作曲家遠藤実もその一人だ。 
  少年遠藤実の暮らしは、「ひどい貧乏だった」(遠藤実著『し あわせの源流』講談社)新潟県西蒲原郡内野町に疎開。電気も引かれてない農家の道具小屋の砂地に板と−を敷いて住まった。雪国の冬の寒さは、骨身に沁みる。隙間から容赦なく襲い来る寒風の中で少年は、母と妹と身を寄せ合って寒さを凌いだ。 
 
  雪国の人の春の喜びは、大きい。ましてや母子でからだをすり寄せて冬を過ごした少年にとって、春は、感動の季節であった。 
 
  しらかば(白樺) 
 
  雪が溶け、蕗の薹が顔を出し、緑が燃える。雪国育ちの遠藤実と千昌夫の春の歓喜が、“白樺”に咲き乱れた。遠藤のマネージャーでもあった作詞家いではくは、故郷の長野県南佐久地区の風景を思い出してこの詩を書いたと言う。雪の深い国ではないが、八ヶ岳からの吹き下ろしは、身を切るようであった。 
  遠藤旋律、千歌ごころ、いで詩魂(ポエジー)が一体となって、「白樺」を春の象徴として輝かせたのである。そして、「青空 南風」なんと澄みわたった空であろうか。なんと暖かで柔らかな南風であろうか。千昌夫は、白樺で春の感動を爆発させ、うっとりした鼻声を青空と南風に漂わせた。 
 
  「ああ、北国の春」“ああ”の多くは、つらさや悲しさの吐息であるが、遠藤実は、あえて「北国の春」の前にこの哀しみの響きを加え、逆に、春の心地良さをより深めた。 
 
◆詰襟金ボタンへの憧れ 
 
  少年は、「ボロ屋の子」と囃したてられ苛められた。「仲間はずれ万歳!」少年は、孤独を愛し、一人の時間を大事にじっと自分を見つめていたのである。そして、心には、いつも歌があった。 
 
  遠藤実の学歴、尋常高等小学校卒。 
 
  旧制の小学校卒業後、紡績工場で働いたり、農家の作男をしたりしながら家計を助けた。家々の門口(かどぐち)に立ち歌を唄ってお金や食べ物を乞う“門付(かどづ)け”もやった。盲目の女が三味線を弾きながら唄いお金を貰う「瞽女(ごぜ)」の風土が越後には、あった。それがヒントになったのであろう。「貧しい家の人の方が心は、暖かだった」と、そのときの経験を語っている。そんな遠藤実にとって学園生活は、夢の夢であった。 
 
  「赤い夕陽が 校舎をそめて」 
 
  遠藤は、丘灯至夫の詩を読んで、胸を熱くした、「クラス仲間は いつまでも」「フォーク・ダンスの/手をとれば/甘く匂うよ いつまでも」 
  夢より遥かに遠い甘美な世界・・・。私ならこの情景に、嫉妬し反揆したであろう。しかし、遠藤実は、『高校三年生』の詩に、軽やかで楽しいこの旋律を弾ませたのである。 
  「赤い夕陽が 校舎をそめて」ミステリーのファースト・シーンにもなりそうである。学園生活の暗部を象徴する絵にもなりうる。学園生活をしていれば、当然不快な思いもあったであろう。丘灯至夫の青春賛歌に、遠藤実は、見果てぬ憧れの学園生活を輝きとして表現した。夕陽で染まった校舎は、そのうっとりた情景として描いた。 
 
  遠藤は、高校を卒業したばかりの舟木一夫に、これも憧れの詰襟金ボタンの学生服を着せて歌わせた。舟木は、端正に清潔に学園青春を謳いあげた。学生服と歌声が相乗効果となり『高校三年生』は発表から一年で百万枚を超える大ヒットになる。森昌子デビュー曲『せんせい』(詞・阿久悠)も実生活の闇をバネに、理想の先生を旋律化しヒットさせた。 
  「ひどい貧乏」を経験すれば、どこかに卑屈が潜むであろう。しかし、遠藤旋律に、怨みつらみ泣き言の響きは感じられないのだ。 


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