2009年07月06日15時34分掲載  無料記事
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中東

「9条で世界の持続的な平和実現を」 イラク帰還米兵アッシュ・ウールソンさん

  日本国憲法9条のすばらしさを世界に広める活動をしているイラク帰還米兵、アッシュ・ウールソンさん(27)が7月4日、東京・杉並の「九条の会」で、自らの戦争体験とともになぜ現在の活動を始めたのかについて話をした。「I♥9条」と書かれたTシャツ姿のアッシュさんは、戦争がいかに人間性を失わせるものであるかをイラクで知り、「正当化される戦争などない」と思うようになった。そして帰国後、戦争で受けた精神的な傷に悩まされるなかで「9条」に出会い、「これこそが持続的な平和を実現するための手段のひとつであり、日本人だけではなく世界中の人びとのためのものだ」と確信するようになったという。(永井浩) 
 
▽学費ほしさに州兵に 
 
 アッシュさんはウィスコンシン州の小さな貧しい町で生まれた。大学に行きたかったが、貧富の格差が広がる米国で、裕福でない家庭の子弟にとって容易にかなえられる夢ではなかった。学費を得るための有効な手段は軍隊へ入隊だった。18歳のとき、同州陸軍の兵士となった。 
 
 州兵には海外勤務はないといわれていたが、2003年2月に突然、外国行きを命じられた。米英軍のイラク侵略の1ケ月前のことだが、「行き先は秘密。最低1年の派遣」とだけ告げられた。正規軍の兵士が受ける300日の訓練が州兵にはわずか30日だった。 
 着いた先が「イラク南部のアナゼリアという都市の近く」ということがわかったのは、そこへ降り立ってからだった。 
 
 彼はイラクに行くまでは、戦争は正当化されると信じていた。広島・長崎への原爆投下は真珠湾への報復であり、日本軍の残虐な戦争をできるだけ早く終わらせるためだ、と学校などで教えられてきた。イラクでの戦いはテロリストを殲滅するためだといわれた。しかし戦争の現実にふれるにつれ、それがウソだと考えるようになった。 
 
▽イラクの少女の命は100ドル 
 
 ある日、アッシュらの乗っていた軍用車両が8歳のイラク人少女とヤギ2頭をひき殺してしまった。翌日、その弁償をするために少女の家に行くことになった。 
 家族は復讐のためにわれわれを攻撃してくる可能性があるということで、アッシュら14名の米兵は機関銃などで完全武装しその家を包囲した。 
 
 一家はその地方の典型的な貧しい農家で、食べるものはほとんどなく、泥でできた一室だけの部屋で家畜とともに暮らしていた。 
殺された少女の父親が出てきたが、母親は家のなかで泣いていた。 
 アッシュには、「ふつうの農夫で、とてもテロリストとは思えなかった」。 
 
 米軍の司令官が支払ったのは、少女への100ドルとヤギ1頭につき200ドルだった。100ドルは、少女が生涯で稼ぐと推定される額とされた。 
 司令官は15分の話し合いのあいだ、遺族にひと言もおわびのことばをかけなかった。 
 「米軍はイラク人を『ハジ』(イスラムの巡礼野郎)と蔑視し、人間とはみていなかったからです」とアッシュは解説する。 
 
▽誰のための戦争なのか? 
 
 メディアが伝えるシーア派とスンニ派の宗教対立も米軍によってつくられたものであることがわかった。 
 米軍侵攻以前は、両派の人びとは宗教的な違いをこえて平和的に共存していた。だが米軍は、イラク新政府の権力をシーア派優位に配分し、軍と警察も同派にまかせた。シーア派はイランの影響力が強い。権力から排除されたスンニ派は国を守るために米軍やシーア派を攻撃しはじめた。イラク戦争最大の激戦地ファルージャへの米軍の攻撃は「テロリストの一掃」のためとされたが、そこはスンニ派武装勢力の拠点であり、殺された人たちの多くは非武装の住民だった。 
 
 やがて米軍は、スンニ派に武器と資金を提供し、共通の敵であるアルカイダ系武装勢力を排除するための「覚醒部隊」をつくった。するとスンニ派がシーア派を攻撃しはじめ内戦状態となっていった。 
 
 アッシュさんによると、米軍の侵攻後、100万人のイラク人が命を失い、500万人が難民となった。 
 失業率は60%にはねあがった。米国の大恐慌のときでさえ、失業率が33%をこえることはなかった。 
 
 その一方で、ブッシュ政権の高官らが関係する企業は戦争で暴利をむさぼっている。イラクでの戦争関連事業をほとんど請け負っているハリバートン社は、チェイニー副大統領がホワイトハウス入りするまで最高経営責任者(CEO)をつとめていて、彼は現在も同社の株を多く所有している。イラク侵攻の本当のねらいは同国の豊富な石油資源ではないかといわれたが、ライス国務長官も石油会社シェブロンに長く関係していた。 
 だがメディアは、こうした事実を報じない。 
 
 アッシュさんは「いったい誰のため、何のための戦争なのか?」と自問するようになる。 
 「アメリカが戦っているイラク人は、ほんとうにテロリストなのか、それとも自分の国を守ろうとしている自由の戦士なのか」 
そして「アメリカの侵攻は、国連決議を経ない不法なイラク占領であり、非道徳的な行為である」「この戦争は少数の人間の貪欲から引き起こされたものである」と結論づける。 
 
▽日本の若者たちとの「平和行進」 
 
 アッシュさんは1年間の兵役を終えて帰国したものの、多くのイラクやベトナムからの帰還兵とおなじように、なかなか日常生活に適応することができないでいる。 
外傷後ストレス障害(PTSD)や深刻な鬱、自殺願望に悩まされ、結婚に支障をきたすものが多い。1日17人のイラク帰還兵が自殺している。 
 
 「戦争の現実を知れば、戦争に行きたい、行かせたいと思うような人間はいなくなるはず」。そうかんがえたアッシュさんは、そのことをできるだけ多くの友人やその家族らに伝えたいと、フルタイムの平和活動家になった。現在、シアトルで「反戦イラク帰還兵の会」の支部長をつとめている。 
 
 イラクとアフガニスタンの戦争への反対を訴える反戦活動家は、やがて日本国憲法9条をしり、その理念の「美しさ」に深く心を動かされるようになる。 
 きっかけは、日本の若者たちに招かれ、08年5月に千葉県幕張で開かれた「9条世界会議」にむけて、広島から幕張まで2ヶ月間6000キロの「平和行進」(ピースウォーク)に参加したことだ。 
 
 「アメリカはこれまで、平和のためといって多くの戦争を起こしてきたが、平和はもたらされなかった。暴力からは平和は生まれない」ことを身をもってしったアッシュさんは、「過去のあやまちから学ぶことで生まれた9条のたいせつさ」を認識した。 
 
 「9条によって世界にすぐ平和がおとずれことはないだろう。わたしたちの子どもや孫の世代でもむずかしいかもしれない。でも、世界中の人びとが心のなかにこの平和の理念を持続しつづければ、いずれ世界から戦争がなくなるだろう」 
 
 にもかかわらず、日本の一部政治家は現在、第二次大戦後、一人の日本人も一人の外国人の血も戦場で流させることを阻んできた9条を改め、日本をふたたび戦争のできる国に変えようとしている、と米国の平和活動家には見える。 
 「平和は政府からではなく、民衆から生まれるもの」とかんがえるアッシュさんは、日本であれ世界のどこかであれ、まわりに戦争に行きたいという人間がいたらぜひこう問いかけてほしいと訴えた。 
 「どうしたら私たちの平和と安全は守られると思いますか? 戦争ですか9条ですか」。 


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