2009年07月12日06時43分掲載  無料記事
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アフガニスタンの将来を考えるー英中東専門家の見方:「米軍増派の効果は期待薄」

 アフガニスタンに派遣中の英国兵士の戦死が相次いでいる。過去24時間で8人が亡くなり、アフガンで亡くなった英兵の総数は7月11日現在で、184人となった。これは2003年のイラク戦争での英兵戦死者数(179人)を超えている。一体何のために派遣されているのか、無駄死にではないのかと英国内では派遣に対する疑問の声が大きくなっている。「視点を変えるニュースサイト:ニューズマグ」に3月掲載された記事の中で、アフガン問題専門家は米英のアフガン増派に大きな疑問を投げかけた。ここに再掲載したい。(ロンドン=小林恭子) 
 
  イスラム原理主義勢力タリバンやテロ集団アルカイダ掃討のために、2001年10月、米国と英国が中心になってアフガニスタンで軍事行動を開始した。その後、選挙で新たな政権が発足したが、「対テロ戦争」の主戦場となっており、平和は未だに実現していない。国連のアフガニスタン情勢に関する報告書(3月13日発表)によれば、治安は今年さらに悪化する。現在、北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)など約3万6000人が派遣されているが、オバマ米大統領は部隊の大幅増派を予定している。果たして効果はあるだろうか?3月末、オランダ・ハーグで開催されるアフガニスタン復興支援会議の前に、アフガン問題専門家ピーター・マースデン氏に増派の背景や現状分析を聞いた。 
 
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オバマ米政権はアフガニスタンに駐留する米軍の増派(「サージ」)を予定している。増派は治安悪化問題を解決するばかりか、逆にこれ自体が問題を作る原因となると見る人もいる。 
 
 何故米国は増派を計画したのか?イラクでの増派が「成功」(これ自体に疑問符をつける人もいるが)だったので、アフガニスタンでもそうなるだろうと見たのか?それとも、ブッシュ前米政権がイラクに関心を移したものの、本当に力をいれるべきはアフガニスタンだ、という思いがあるからなのか? 
 
 どちらの要素も影響を及ぼしているとは思うけれども、他にも重要な要素がある。まず、隣国パキスタンの状況の悪化だ。パキスタンを根城にするタリバンやイスラム組織「イスラム法実行運動」などがパキスタンのリベラルなエリート層に挑戦を挑み、現在よりももっと厳格なイスラム社会を作ろうとして勢力基盤を拡大させている。 
 
 こうした勢力の拡大は、明らかに、2001年10月、米国がアフガニスタンに軍事侵攻した結果、起きたことである。この侵攻でパキスタンを拠点とする反乱軍が出来てしまったばかりか、アルカイダに関係していると見られる人物や反乱軍を制圧するため、ムシャラフ前パキスタン大統領が部族地帯(注:伝統的な部族制度を保持している地域。大半はアフガニスタンとの国境沿いにある。パキスタンの法制度より部族の法制度が優先され、パキスタンの警察権は及ばない)にパキスタン軍を派遣せざるを得なくなった。派兵は、歴史的を振り返っても中央勢力から強い独立性を維持してきたパシュトン族の怒りを買った。地元の首長の下で団結し、新たなタリバン運動を支援しようと思わせてしまった。米国主導の軍隊が占領している(と見られる)状態を覆そうとするタリバン勢力に加え、もう一つの勢力、つまりはパキスタン政府が米国との協力を惜しまない姿を見て、これと戦おうとする動きが出来た。 
 
 米政権は、アフガニスタンとパキスタンの2つの国の不穏な動きに同時に対応しなければならなくなった。また、昨年11月、ムンバイで起きたテロがその具体例だが、パキスタン出身者がインドでテロを起こす動きにも対処しなければならない。インドとパキスタンとの緊張感が増し、タリバンと戦うべきパキスタン軍をアフガニスタンとの国境からインドの国境に振り分けざるを得ないという憂慮すべき事態となった。 
 
 アフガニスタンの状況はその周辺地域の問題と切り離して考えることはできない。インド、ロシア、中国、中央アジアも含めた包括的アプローチを取る必要がでてきた。アフガニスタン問題にはパキスタン、インド、イランを積極的に関与させることが必要になってくる。 
 
▽米「少なくとも反乱軍を抑えられる」 
 
 アフガニスタン内に目をやれば、2006年以降タリバン勢力が強化され、カブール近辺にまで拡大していることを米政権は認識している。タリバンに勝つには軍事行動だけでは無理だと知っているにもかかわらず、増派すれば少なくとも反乱軍を抑えることができると見ているのは明らかだ。私自身はこれに同意しないが。 
 
 米政権はタリバンに取られた地域を取り戻すために、国際治安支援部隊(ISAF、2001年12月、国連安保理決議により発足。目的は治安維持と復興支援)及びアフガン治安部隊の規模を増やしたいと述べている。アフガン警察の能力の限界は承知の上だ。反乱軍の圧力に負けて、占領した地域を手放すといった事態が生じているからだ。アフガン警察に死者がおびただしいのは、十分な武器を持っていないか、トレーニングがまだ足りないからだろう。 
 
▽殺される無実の市民、強制侵入 
 
 米軍はタリバンの指導的立場にある人物を探し出す作業に力を傾けているが、これが非常に大きな問題となっている。 
 
 つまり、米軍はタリバンの指導者と思われる人物がいる正確な場所を探し当て、その人物のみを爆死させる技術は持っているものの、これを実行するための情報がしばしば間違っており、無実の市民が殺されている。アフガニスタン国内では、米空軍による市民の死者数が大きな政治問題になっており、カルザイ・アフガニスタン大統領は、たびたび、米側にこれに関して苦情を述べている。指導者レベルの人物をターゲットにしても、これがタリバン運動の弱体化につながったかどうかは不明である。 
 
 国民をさらに怒らせたのは、容疑者と思われる人物が住む家への米軍による強制侵入である。また、バグラム空軍基地やそのほかの場所における容疑者の拘束に関しても国内からは大きな疑念が出ている。国際的な人権擁護基準を満たしていないのではないか、という疑念である。オバマ大統領は、最近、バグラム基地に設けられた拘束施設の維持と、拘束者に米国の法廷で拘束の合法性を問う権利を与えないと述べた。懸念が募る。 
 
 米国は、地域の復興支援により、国民のタリバンへの支持を崩すことができるとよく語っている。「外国の軍隊に対する怒りは、医療クリニック、学校などが建設されれば、好感に取って代わるのではないか」、と。しかし、物を与えたからといっても、米軍が自分の家にやってきて、傷つけられた名誉や尊厳は取り返しがつかないのである。 
 
 また、復興策を実行しようにも、人道支援団体さえもが活動がしにくい場所が大部分となっている現状では、思うようにいかないのではないか。また、過去の開発援助の大部分が米国企業を通して行われてきたが、これは見直す必要があるだろう。アフガニスタンに提供された支援のほんの一握りが国民に役立っただけだ、という認識を作り出してしまったからだ。 
 
 「プロフェッショナルな警察隊を作る」、「これで治安を安定させる」、「警察の不正を根絶する」といった目標の実現には大きな困難が伴う。国民が警察にあまりにも失望しているために、タリバンを支援しているとも言われているぐらいだからだ。 
 
 地域コミュニティーに根ざした防衛組織を作るという案も、コミュニティー内の力関係が非常に複雑なため困難になっている。アフガン社会の特徴だった、部族ごとにまとまる体制は過去30年に渡る内紛の後で、弱体化している。複数の指導者、複数の勢力者が錯綜しているのである。長老たちが集まって物事を決めるというよりも、若い男性たちが自分たちの理にかなう望みを銃の力で達成しようとしている。 
 
▽アフガン国民の心をつかんでいるか? 
 
 国際部隊は軍事面から反乱軍に負けているばかりか、国民の心をつかむことにも失敗している。イスラム世界全体で見れば、米国が主導するいわゆるキリスト教・十字軍との戦いで、アフガニスタンがその中心となっており、タリバンはこの戦いの立役者だー。これがタリバンの説明である。アフガニスタン、ガザ地区、イラク、パキスタンなど広いイスラム世界で何かが起きれば、タリバンはすぐに戦う有志を集めることができるのである。 
 
 国際治安支援部隊は燃料供給の面でも大きな困難に直面している。パキスタンからアフガニスタンに入る燃料タンカーをタリバンが攻撃しているからだ。米政府はパキスタンから物資を供給することを避け、ロシアや中央アジアを経由する方法を模索している。これは良い動きだが、キルギス政府が首都ビシケク郊外のマナス空港の米軍基地閉鎖を決定しており、2月には対テロ作戦に従事する米国以外の連合軍11カ国についても、基地使用を認めない法案を議会が可決している。果たして方針を変更するかどうかはまだ分からない。 
 
 米国とカルザイ大統領との緊張関係も状況好転には悪影響だ。オバマ大統領、クリントン国務長官、アフガン及びパキスタン特使のリチャード・ホルブルック氏のカルザイ大統領に対するものの言い方が、アフガニスタンの大部分の国民にとって侮辱と受け止められている。8月の大統領選で米国がカルザイ氏を支持するのかどうかが不明な上に、カルザイ大統領も米国を批判している。大統領は親ロシアの姿勢さえ見せている。もしカルザイ氏が再選されれば、政権は現在よりも弱体化するだろう。国際社会からの支持が少なくなっているにも関わらず、未だに米国主導の軍事行動が生み出した政権と認識され続けるだろう。 
 
 カルザイ氏の後継者が独自に動き回れる範囲は少ない。常に、国際社会あるいは米国が影響を及ぼすからだ。アフガン国民は、次期大統領は国民に選ばれたのではなく、米国が選んだと見るだろう。選挙自体が公正であったかどうかに関わらず、アフガニスタンでは、人々の認識がすべてなのである。 
 
 それでも、米国はタリバンとの政治的な決着をつけるためには、アフガン政府に頼らざるを得ない。反乱鎮圧のためには政治的合意に達することが必須だ。この交渉はアフガン政府が主導を取るべきだと米政府は何度も繰り返してきた。もしカルザイ大統領の政治的手腕がこれ以上弱体化した場合、米国は複数の勢力と交渉をせざるを得なくなる。例えば、麻薬取引に関与する者、地域の不安定化や実質的な国家不在の状態の維持を望む者などもこうした勢力の一部だ。政治的合意が成立しなければ、国際社会は、軍事行動をやめて、面子が守れるような撤退を行う手段を失うことになる。 
 
 現状ではどのような形の政治的合意がなされるかは不明だ。タリバンの指導陣はアフガニスタンに外国の軍隊が存在する限り交渉には参加しないと言ってきた。アフガン政府は、アフガンの憲法を認めるタリバンのメンバーでなければ交渉をしない、と言っている。昨年、サウジアラビアが間に入り、首都リヤドで交渉が行われたが、結論には達しなかった。 
 
 希望が見えるのは、国際治安支援部隊によるアフガン治安軍のトレーニングとその強化だ。もし治安支援部隊が表に出ず、アフガン政府の指揮の下でアフガン国軍が反乱軍の沈静にあたるようになれば、現地の複雑な状況を理解していることから、やり方が変わってくる。アフガン政府が国際治安支援部隊の指揮をとるNATOに対し、治安軍がもっと表に出る活動をしたいと求めている点に注目したい。また、外国の軍隊による民家の捜査を禁止し、容疑者の拘束にはアフガン軍のみが関与したいと述べている点にも期待が持てる。 
 
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ピーター・マースデン氏は在英のアフガニスタン専門家で、特に援助問題やアフガニスタンの政治力学に詳しい。著書多数。5月には「アフガニスタン:支援、軍隊、帝国」(仮訳、IBタウルス社)を出版。 


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