2009年09月28日09時33分掲載  無料記事
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【テレビ制作者シリーズ】(5) 国際報道に賭ける、熊谷均プロデューサー(日本電波ニュース社)  村上良太

  かつて数十万頭生息していたタイの象は現在約五千頭に減り、絶滅の危機にあります。象の1つの群れはオスとメスに子象合わせて約10頭。象の数を増やすためには100の群れが交流できることが必要ですが、近年伐採で森が分断され、群れ同士の交流ができなくなりました。これが絶滅に向かう原因になっているそうです。 
 
  2008年、タイの象を取り上げ、大きな反響を呼んだ番組があります。NHKハイビジョン特集「星の子モーシャ〜世界初 義足をつけたゾウ〜」です。 
  タイ北部の町、ランパーンに象を専門に扱う動物病院が設立されたのは1994年。民間団体Friends of the Asian Elephant が世界から寄付を集め運営しています。すでに三千頭以上が治療を受けました。病気の象ばかりでなく、地雷で足を失った象もこの病院に送られてきます。番組では新米の女性獣医クアトーン・カヤンさんが前足を失った子供のメス象モーシャを治療し、世界最初の義足をつける過程を追っています。 
 
  番組の面白さは象が人間に近い心を持っていることがよく描かれているところです。 
  たとえばこんなシーンがあります。モーシャはしばらく歩けなかったため、象の群れから離れ淋しく暮らしていますが、義足で歩けるようになってから、象の群れに戻らなくてはなりません。最初のうちは緊張して、他の象を見るや踵を返して逃げ帰ってしまいます。モーシャの心は人間と同じだと思えました。象のデリケートさがよく描かれ、その内面に興味がわきます。 
 
  反響が大きかったため、番組でも紹介されたクアトーンさんによるイラスト治療日誌が今年絵本として発売されました。「星の子モーシャ〜義足をつけた子ゾウの絵日記〜」(新樹社)です。クアトーンさんには絵心があります。絵も楽しめますが、物語として読んでも面白い1冊です。 
 
  タイの象が地雷被害にあっているのは主にミャンマーとの国境地帯です。象は長年、木材の運搬に使われてきました。しかし、タイで森林伐採を禁じる法律が制定された後、仕事を失ったタイの象はミャンマーに出稼ぎに行くようになります。ミャンマーとタイとの国境地帯にはミャンマー政府軍と少数民族の武装闘争で埋設された地雷が無数に埋まっており、人間も象も被害にあっています。モーシャが地雷を踏んだのもこのミャンマーとの国境地帯でした。木材運搬に携わっていた母象とともにいたのです。当時生後7ヶ月の小象だったモーシャは病院に運ばれた後、やがて母象と別れなくてはなりませんでした。 
 
《プロフィール》 
 
  番組をプロデュースした熊谷均さん(日本電波ニュース社)は長い間、アジアの支局で暮らしました。ポルポト政権崩壊間もないカンボジアのプノンペン支局(82年〜84年)をかわ切りに、ハノイ支局(85年〜86年)、バンコク支局(86年〜90年)で過ごします。 
  東京に戻り、プロデューサーになってからも国際報道を手がけています。国際報道は予算がかかる上、視聴率も今ひとつ上がらず、制作は年々難しくなっています。しかし、熊谷さんは言います。 
 
「クオリティが高く、面白い番組を作っていないからこうなっているのだと思います。日本人が島国根性で世界の動きに関心がないからだとは思っていません」 
 
  日本電波ニュース社は海外支局で撮影した映像を各局に配信してきました。最盛期にはアジアのほかローマ、モスクワ、カイロ、リマなど、のべ11カ国に支局がありました。しかし、現在の支局・事務所はハノイ、バンコク、上海の3箇所のみ。その理由は1990年ごろテレビ局が各国の放送局と提携し、ニュース映像のバーターを始めたことにあります。バーター制度によってテレビ局には簡単に世界の映像が入ってくるようになりました。しかしその一方で日本人の支局員を配置できなくなり、日本人専門家の育成が難しくなりつつあります。 
 
  問題はそればかりではありません。他国のスタッフが撮影した映像に日本のテレビ局のアナウンサーがあたかも現地で見てきたかのごとく、ヴィヴィッドなコメントをつけるということも最近起きています。これでは誰がニュースを責任持って伝えるのか、その所在が曖昧になってしまいます。 
 
  熊谷さんには印象深い思い出があります。ハノイ支局長だった1985年にアメリカ3大ネットワークの1つ、ABCがベトナム統一10周年の番組作りでやってきたことです。ABCに協力した熊谷さんはこう語ります。 
 
「ABCの記者は現地で撮影した映像に、立ちレポートとコメントを録音してアメリカに送っていました。取材内容も本社のデスクの指示を仰ぐのではなく、自分で取材した内容を自分の責任でレポートしていたのです。同じ報道でも記者によってレポートの内容が違いますが、それぞれのテレビ局は記者の取材を尊重してそのまま放送していました」 
 
  取材した記者がそのニュースの責任を負う仕組みです。それだけ現場で取材した行為を重視していたのです。それはまた信頼できる記者を現地に派遣することにもつながります。 
この問題は今の日本において鶏が先か卵が先か、という問題でもあるように思えてなりません。 


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