2009年11月02日12時55分掲載  無料記事
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文化

イスラム圏と西欧を架橋する作家ヤスミナ・カドラが来日  東京日仏学院「読書の秋」シリーズ  村上良太

  アルジェリアの作家ヤスミナ・カドラ氏が来日し、11月12日午後7時から東京日仏学院で酒井啓子・東京外国語大学大学院教授と対談します。ヤスミナ・カドラ(Yasmina Khadra)は今世界の注目を集めています。すでに36カ国、33ヵ国語に翻訳され、フランスではゴンクール賞候補にもなりました。2003年ノーベル文学賞を受賞した南アフリカの小説家J.M.クッツェーはカドラを「現代の大物作家」と評しています。東京以外では10日は福岡、11日は京都で催しがあります。対談は東京日仏学院「読書の秋」シリーズの一環です。 
 
  ヤスミナはアラブ世界では女性の名前ですが、実は男性作家で、しかも元アルジェリア軍の指揮官でした。軍の検閲を逃れるため、妻ヤスミナさんの名前をペンネームにして作家活動を続けていたそうです。ヤスミナ・カドラは「文明間の対立」と言われたイスラム圏と西欧の間を架橋する作家と言われています。 
   カドラはアルジェリア人でありながら近年、イスラム世界の紛争地を舞台に小説を書いてきました。イラク、パレスチナ、アフガニスタンです。 
 
  「バグダッドのサイレン」(2006)は田舎からバグダッドに学びに来た青年がイラク戦争勃発で村に帰ります。しかし、村人が米軍に不条理に殺されるのを何度も目撃した主人公はテロ組織に加わり、テロ実行のためロンドンに向かいます。しかし、旅の途上、心の葛藤が起きる・・・というストーリーのようです。(3部作では、これだけがまだ邦訳されていません)英国で起きたテロ事件もモチーフになっているようです。 
 
  「テロル」(2005)はイスラエル人として裕福に暮らすパレスチナ出身のアラブ人外科医が妻の行った自爆テロに衝撃を受け、その理由を探る旅に出ます。謎を解く中で、イスラエル人とパレスチナ人双方の本音が見えてきます。推理小説も書くカドラらしく、エンターテイメント小説としても抜群です。2005年にフランスのゴンクール賞候補にも挙げられました。 
 
  「カブールの燕たち」(2002)は不治の病で余命少ない女性の物語。彼女の夫は看守。その夫が美しい女死刑囚に恋をしたため、身代わりになって死刑を受ける物語です。 
  舞台はタリバン支配下のカブール。女死刑囚はタリバン支配の前は法律家でした。彼女の夫は事故死だったのですが夫を殺害した嫌疑で監獄に入れられ、見せしめの死刑に選ばれることになったのです。その女性を看守をしている夫が深く愛している・・・。 
  看守の妻は病に臥せったまま孤独に思索を続け、やがて夫を生かすため自ら死を選びます。数日間にわたる男女の内面の劇が、鋭い構成力で描かれ一気に最後まで読ませられます。 
 
  いずれもパリの大手出版社Julliardからフランス語で初版が出ています。カドラの小説は神と男と女、この3者の関係を追究しています。今までニュースで見飽きてステレオタイプの関心しか持ち得なかった素材に、我々が日常的に考えている恋愛や死といった普遍的テーマを持ち込みました。そのため世界の読者が魅力を感じ、主人公の体験を追体験できるのではないかと思います。たとえばキリスト教徒の読者でもイスラム教徒の主人公に感情移入しているのです。 
 
  カドラは熱愛する奥さん・ヤスミナさんのアドバイスを聞いてしばしば書き直しているそうです。「アラブ=イスラム諸国の愚かしさの根源は女性を排除していることにある」とも言っています。(‘Rue des Livres’インタビューより) 
 
  「テロル」では、なぜ妻がカミカゼ=自爆テロの実行犯になったのか。妻の内面に気がつかなかった夫であった自分を正面から、あるいは妻の目から見つめ直す辛い旅が始まります。「カブールの燕たち」でも夫婦の心のずれが描かれます。あまり語られなかった女性の声が大きな要素になっています。そのため宗教や国際政治に関心がない読者でも、男女関係を描く新しい小説として興味深く読めるのではないかと思います。 
 
  カドラの公式ホームページを見るとカドラは1955年生まれです。本名はMohamed Moulessehoul。看護師だった父親はアルジェリア民族解放戦線の兵士として独立戦争を戦いました。9歳の時、この父親によって軍人養成学校に送られ以後36年間軍で生きることになりますが、カドラ自身はずっと作家になろうとしてきたと語っています。 
 
   「私は書くために生まれました。サハラ周辺では何世紀も知と言葉が輝いていたのです。私はそのベドウィンの血を引き継いでいます。先祖たちは詩人や碩学や賢人でした。彼らの教育によって何世代も輝くことができたのです」(‘Rue des Livres ’インタビューより) 
 
  1962年の独立後もアルジェリアでは血で血を洗う抗争やテロが続きます。その間、妻の名前でひそかに小説を書きながらアルジェリア政治の愚かさに憤りを感じていたといいます。3人の子供と妻がいるカドラは2000年、小説に専念するためついに退役します。 
 
  翌2001年にはメキシコ滞在を経て、パリに移住。この年が9・11同時多発テロの年だったことはカドラに大きな影響を与えたに違いありません。当初カドラは亡命していましたが、国民の和解を掲げるブーテフリカ政権のもとアルジェリア国籍に戻り、パリのアルジェリア文化センターのセンター長をつとめています。パリで作家生活を送りながら同時に外交官として文化交流につとめているのです。 
 
  今回の来日では昨年発表されたカドラの新作「昼が夜に負うもの」(2008)の話が中心になるようです。舞台はアルジェリアです。この小説については会場で興味深い話が繰り広げられることでしょう。現在、東京の大きな書店では平積みになっています。 
 
東京日仏学院の対談は先着108人です。 
 
東京日仏学院 http://www.institut.jp/ 


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