2010年01月02日13時33分掲載  無料記事
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文化

大山泰弘著『働く幸せ』を読んで  ベーシック・インカムと福祉の接合を提唱  根本行雄

  大山泰弘著『働く幸せ』(WAVE出版)は、小倉昌男著『福祉を変える経営』(日経BP社)につらなる障害者福祉について、障害者の自立について考えるうえで、とても参考になる本である。そして、現状について、肯定的な、漸進主義的な発想にとどまることなく、「ベーシックインカム」という新しい発想を促してくれている本でもある。 
 
  12月3日、日比谷公園にある松本楼にて、伊佐千尋、石松竹雄共著『裁判員必携』(ちくま新書)、岡島実著『裁判員制度とは何か』(生活書院)、そして、伊佐千尋、生田暉雄編著『裁判員拒否のすすめ』(WAVE出版)、以上の3著の出版記念会があった。私は伊佐さんと親しくさせていただいている関係で参加をした。参加者のほとんどは司法関係者であり、弁護士が多かった。会は、後藤昌次郎さんの挨拶から始まり、裁判員制度に反対する声の渦巻く、意気軒昂なものであった。そこで、WAVE出版の編集者と知り合い、この大山泰弘著『働く幸せ』を頂戴することになった。人との出会い、本との出会いとは、不思議なものである。 
 
  大山泰弘さんは日本理化学工業株式会社の会長である。この会社はチョークの製造、販売で有名である。著者によれば、「社員74人の小さな会社」であり、大山さんが創業者である父親の後を継いで入社したのが1956年(昭和31年)、入社して3年目に、たまたま2人の知的障害者を雇用した、それから約50年、現在では社員の7割を知的障害者が占めているという。経営が楽だった、順調だったという歴史ではない。「本業のチョークづくりにこだわらず、いろんな仕事をとってきて、なんとか雇用をつないで」きた歴史であり、「チョークづくりに新たな活路を見出すために、新商品の開発にも積極的に取り組んで」きた歴史でもある。 
  だから、この本は、大山さんの自伝でもあり、日本理化学工業株式会社の社史でもある。「知的障害者に対する理解もなければ、障害者雇用に対する理念もなく」、「ちょっとして同情心と、”なりゆき”で始まった」ことが、大山さんと会社を育てていった。とても淡々とした口調で、あっさりと書かれた、わかりやすい文章である。しかし、行間から見えてくること、学び取れることは決して小さくない。 
 
  大山さんはある時、法要の席で隣り合った禅僧に、2人の知的障害者である少女が「施設にいれば楽にすごすことができるはずなのに、つらい思いをしてまで工場で働こうとするのはなぜだろうか」と質問をした。すると、「人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされることの4つ」であると教えられる。そして、「働くことによって愛以外の3つの幸せは得られるのだ」と気づく。大山さんに「人間の幸せは、働くことによって手に入る」このことに気づかせてくれたのは知的障害者たちであった。これが契機となって、日本理化学工業は毎年、知的障害を雇用するになった。 
 
  次に起こったことは、どの会社でも起こることであるが、健常者と障害者との軋轢の発生であった。大山さんは「会社とは何か」「経営者とはなにか」と自らに問いかけることになる。「働くことで人は幸せになれる。ならば、会社は利益を出すとともに、社員に幸せを提供する場でなければならないはずだ。そして、この両方の目的を実現するために働くのが経営者であるはずだ」という結論に至る。そして、徹底的に障害者雇用にこだわる「知的障害者を主力とする会社をつくろう」と決意する。それは「知的障害者だけで稼動する生産ライン」をつくることにつながる。 
 
  1つの障害は、材料の配合するときに計量であった。数字が苦手な知的障害にできる計量のしかたを発明しなければならない。そして、交通信号から着想して、重さを色で表示する工夫を思いつく。 
 
「『ふつうはこうやる』という方法を教えこもうとしていたから、うまくいかなかったのです。もしかしたら、私たちは健常者のやり方を押し付けていただけなのかもしれません。でも、その人の理解力にあったやり方を考えれば、知的障害者も健常者と同じ仕事をすることができます。彼らが『できない』のではありません。私たちの工夫が足りなかったのです。」80〜81ページ 
 
  大山さんはこの発想をもとにして、全工程を見直していく。いくつも改善点を見出し、それを1つ1つ改善していく。そして、日本工業規格(JIS)に適合する精度の高いチョークを知的障害者だけの生産ラインで製造することができる工場を作り上げていく。このような積み上げから、大山さんは「障害者のみなさんに『働く喜び』を提供できるのは、福祉ではなく企業である」という信念をもつに至る。 
 
  大山さんは社団法人「全国重度障害者雇用事業所協会」の会長職に就いている時に、ヨーロッパ各地に知的障害者の雇用制度についての視察に行く。ベルギーにおいて、企業が知的障害者を雇用して、最低賃金を支払うと、その最低賃金分を国が企業に対して補助するという制度を知る。つまり、知的障害者を雇用したために発生する企業の経済的な負担を、国が補助するという制度である。「福祉が『働く場』をつくるために使っている公費を企業に振り向ける。そのことによって、国の負担を減らしつつ、企業は雇用をしやすくなり、障害者は多くの『働きの場』を獲得することができるというわけです。」158ページ 
 
  「ベーシック・インカム」とは、「すべての個人が無条件で生活に必要な所得への権利をもつ。」(9ページ)ということである。 
 
 参照 山森亮著『ベーシック・インカム入門』光文社新書 
「現行制度がもつ、収入が途絶えたときの生活保障の基礎部分にあたる、基礎年金や雇用保険、生活保護の大部分は廃止されてベーシック・インカムに置き換わる。」10ページ 
 
  ベルギーの雇用保障制度と「ベーシック・インカム」とを接合する発想こそが新しい福祉のあり方を切り開いていくだろうと考える。大山さんの『働く幸せ』を読みながら、新しい時代を切り開いていく発想に気づかせられた。 


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