2010年03月01日11時26分掲載  無料記事
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文化

【パリの散歩道】(2) MOMO(画家)  村上良太

  芸術の都パリ。大美術館でなく、普通の画廊に飛び込んで、今を生きる画家の暮らしや表現、そして思想に触れてみようと思いました。しかし、パリでも絵は玉石混交です。そんな中、強烈なパンチのある絵に出会いました。モモ(MOMO)という画家の絵です。すでにミラノやリスボンで個展を開き、ニューヨークでの展示も計画中とのこと。日本でも個展をぜひ開きたいと言います。 
 
  パリ9区の画廊l’endroit。30cm大の油絵がずらりと壁に並びます。活字や数字が書かれた紙の上から油絵の具で描いたものもあります。どれも激しい勢いで描きまくった印象です。頭に角のある悪魔らしき顔があり、怒った犬の黒い顔があります。表現もちょっと独特です。 
 
  ホームぺージで紹介されている作品も奇妙です。墓の下から手を挙げて叫ぶ人間、墓の上に立つ手の汚れた天使。勃起した男はよく見ると猿の顔が張りついています。腕にも猿が群がり、周辺に裸体の女性がいます。河童もいます。狂気と残酷が満ちています。画家にこうした絵を描かせているものは何なのでしょうか。 
 
  出掛けに画廊の女主人が立ち上がって近づいてきます。 
 
  「モモの絵に関心がありますか。それなら画家を呼びますよ。近くに住んでいるのです。いればすぐに来ますから」 
 
  女主人の連絡で、翌日午後、モモに画廊で話を聞く機会を得ました。 
 
  モモは絵の具にまみれたパーカーを着て現れました。手には広げると1メートル近い巨大な帳簿を抱えています。この帳簿はモモのスケッチブックになっており、これに描きつけたものを切り取って展示し、売っているのです。家族の写真や、クラスの記念写真、自分と同姓同名の男の死亡記事を切り抜いたもの、オブジェの写真、昆虫や動物など様々な絵がコラージュになって膨大な帳簿を埋め尽くさんとしています。 
 
「どんな暮らしをしているのですか?」 
「毎日朝から晩まで描き続けています。日曜も祝日もありません」 
「信仰とか、持っていますか?」 
「無信仰です。宗教は戦争ですよ。宗教イコール戦争です。」 
「でも、角のある悪魔を描いていますが、悪魔は信じるのですか?」 
「悪魔も信じていません。あれは悪の象徴として描いたものです」 
 
  絵の中には小さな描きこみが無数にあります。屹立した男根、猿、天使、墓、巨乳の女、骸骨。猥褻と死と悪が入り乱れます。毎日、こうしたビジョンが彼を取り囲んでいるのでしょうか。 
 
  確かに戦争や死はハリウッド映画やテレビゲーム、そして日々のニュースにもあふれています。人殺しを見るのは古今東西最高の娯楽です。また金融資本家は無責任な証券を売りさばき、巨額の利益を独り占めにしています。貪欲、肉欲、野心、戦争。こうしたモチーフに現代は事欠きません。むしろ、それらに日々囲まれていながら、それらを描いた絵を見ると異様な気がするのは不思議なことです。モモは現代の恥部を果敢に描いているのでしょう。それに適した手法がこのように過密にどんどん描きこむ手法かもしれません。リアリズムでは遠近法と構図に縛られ、精神を自由に描ききれないからです。 
 
  モモは最初グラフィックデザイナーとして会社勤めしていたそうです。しかし、金儲けでなく、好きな絵に専念しようと決意します。2000年に最初の展示をパリのPlace de L’Etoileギャラリーで行いました。翌年はリスボン、2004年にはミラノで展示を行い、現在ニューヨークで展示を計画しています。小さな絵は1枚およそ250ユーロ。絵が大きくなるにつれ値段が上がります。  一見、無邪気奔放に見えるモモの絵には、しかし、デザイナー時代に培った計算と表現力が寄与しています。 
 
  「僕が中心的に描くものは‘生、恋愛、死’です。僕の絵にはしばしば2つの要素があります。まず中心を占める一人の人間がいて、その人物が全体のトーンを伝えます。さらにその背景にテーマを細密に描きこみます。偶然ついてしまった絵の具のシミや紙の裂け目なども生かします。それら抽象的なものを具象的な何かに描き替えていくのです。」 
 
  偶然を画面に取り込んでいく事で、計算では出せない多様性を生み出していくのでしょう。 
 
  モモの本名はモーリス・マレシャル。1961年生まれで現在48歳です。5歳の時、両親が離婚したため、父親・兄弟たちと別れ、女手一つで育てられました。少年時代は寮生活を送ります。町から隔離され、淋しい日々だったようです。 
 
  「父にはその後二度と会えませんでした。16歳の時、父の死を知らされただけです」 
 
  しかし、美術が得意で18歳の時、パリの美術学校lycee Pilote de Sevresに入ります。学校には様々な家庭環境で育った学生が混在していました。同級生に映画監督ミシェル・ゴンドリー(Michel Gondry 映画 ‘Human Nature’などを監督)がいます。ゴンドリーとはパンクロックバンドの仲間で、交遊は現在も続いているそうです。 
 
  「僕の人生はヨーヨーみたいです。最高に幸せな時の後、一転して地獄が来ます。週日は描き続け、週末にはロックと、幸せな時代でした。しかし、その後、エイズが流行し、ドラッグやアルコールに溺れる仲間が出てきました。絶対的な幸せはこの世には存在しません。しかし、ささやかなものを大切にすれば幸せを感じる事ができます。」 
 
  離婚した二人の元妻との間に生まれた3人の育ち盛りの子どもがいます。絵筆1本で養っています。 
 
  「世界の未来については悲観しています。周囲に幸福よりも悲惨をより多く見ているからです。人間は最大の捕食者ですよ。僕はモンマルトルに根を生やし、身の回りに起きる様々なことを描いています。それが、僕が描く絵の世界です」 
 
  暗い話をしても彼には軽さがあります。 
  個人の悲惨も巨視的に見ると笑いに転じるかのようです。 
 
  モモは西アフリカのセネガルに旅し、そこで見た美術に惹かれました。それはアール・ブリュットl’art brut (生の芸術)という20世紀の前衛美術運動につながっています。「生の芸術」は画家ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)が提唱した、西洋近代画法に縛られない人こそ感情の本質を生に表現できる、という芸術観です。アフリカの美術が大きな影響を与えています。「アール・ブリュットの作品はシンプルで、力強さがある」とモモは言います。 
 
  ナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラに「やし酒飲み」という怪奇小説があります。死んだやし酒作りの名人を訪ねて青年が死者の国に旅する物語です。死者の森の中を骸骨たちが歩き回る、近代人には想像できない奇想天外な世界です。モモの絵もこの世界に似ています。西欧の知的閉塞感を打破するヒントを、モモはアフリカの芸術に見つけたように思えます。 
 
  同じモンマルトルの一角、サクレクール寺院脇にアル・サンピエール(Halle Saint Pierre)と言う美術スポットがあります。これは展示場と美術書店とカフェが一体になった施設です。大衆美術のほか、「生の芸術」に関する展示物や本が多数あります。2月上旬、ちょうどマリー・モレルという女性画家の展示が行われていました。鳥と妊婦、女体などがその中心的モチーフです。日本の「生の芸術」展も今年3月24日から2011年の1月2日まで行われます。 
 
■アル・サンピエールのホームページ 
http://www.hallesaintpierre.org/ 
 
■MOMOが歌手に・・・ 
 
  2012年、マイクを握って歌っているMOMOの写真を見た。映画監督のミシェル・ゴンドリーと一緒に活動しているようである。去年、MOMOからニューヨークで個展を開くが、向こうでゴンドリーらと再会すると書いたメールが筆者に届いた。 
http://www.saywho.fr/mondains/8446/momo-marechal 
http://www.gettyimages.co.jp/detail/%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%b9%e5%86%99%e7%9c%9f/singer-momo-marechal-architect-marike-thery-michel-gondry%c3%aaand-%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%b9%e5%86%99%e7%9c%9f/142567353?Language=ja 


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