2010年04月26日19時40分掲載  無料記事
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文化

介護保険制度導入から10年 今上映中の映画「ただいま それぞれの居場所」を製作した安岡卓治氏に聞く  村上良太

  現在、上映中のドキュメンタリー映画「ただいま それぞれの居場所」(大宮浩一監督)は介護福祉施設の職員たちとそこに通い、暮らすお年寄りたちとの物語を描いています。今まで3K職場というイメージしか持てなかった介護施設がこの映画で素晴らしい場に見えました。 
 
「やめてください」 
「痛いじゃないですか!」 
「そんなことしたら僕は淋しいじゃないですか!」 
 
  茶髪で一見問題児のような20歳の介護職の若者が認知症のお年寄りに、頭突きをされたり、噛まれたりしながらも根気よくパンツを履き替えさせようとしています。二人の向き合うシーンをじっくりカメラが見せてくれます。それだけで面白い。画面から感じるものがあります。この若者は切れないのだろうか。なぜここまで我慢できるのか。若者の見た目の印象と我慢強さとのギャップで画面にひきつけられます。 
 
  一方、このお年よりは小学校の元校長先生でいつも生徒の側に立ってくれた優しい先生だったことがわかります。しばしば反抗しているのに、茶髪の青年のことを立派な先生だと思っているようです。つまり元校長は彼に反抗しているけれど人間としては認めているのです。そこにジーンと感じてしまいました。 
 
  介護保険制度が始まって10年が経ちますが、この映画で描いているのは問題を起こして通常の施設から追い出されてしまう認知症の高齢者たちです。そんな問題のあるお年寄りに情を持って接しているのが主に20代から30代の若い人々でした。彼らは個々人の行動に問題があるからといって施設から排除されるような仕組みはおかしいし、そんな社会に生きたくないと思っています。 
 
  映画パンフの手記を読むと、茶髪の青年は母子家庭で育ち、高校卒業後は工場でひどい扱いを受けた経験を持っています。介護施設で働き始めても最初の頃はお年寄りがうまく排便できないと怒ってしまったそうです。切れてしまった彼を今度は逆に園長が叱りつけました。それでもやめなかった彼はこの職場が自分の居場所だと感じる事ができたのでしょう。この映画はそんな魅力のある若者たちの青春映画と見る事もできます。 
 
  プロデューサーをつとめた安岡卓治さんは「僕にも認知症の両親がいて、他人事ではなかった」と言います。「父親は家にこもるタイプで、母親は外を出歩くタイプ。一人一人違っているなと感じます。認知症と一言で言っても一人一人個性があります」 
監督の大宮浩一氏とは原一男監督の映画「ゆきゆきて、神軍」(87)の助監督をともにして以来、30年近い親友だそうです。 
 
  安岡さんは日本映画学校の講師でもあります。今回の映画では撮影と録音、編集に卒業生をつけましたが、彼らの若い感性が施設の若者たちの心を的確にとらえていたように思います。 
 
  日本映画学校は3年制で、1年目は200枚のシナリオを書き、さらにドラマの演出をしたり、「人間研究」と名づけたノンフィクション実習を行ったりします。ノンフィクション実習は写真と録音によるルポルタージュです。10人ぐらいで1つの班を作り、誰か個人を対象に選んで話を聞きに行きます。2年と3年はそれぞれ専門科に分かれます。安岡さんは現在、2年生の映像ジャーナル科でドキュメンタリー作りを教えています。去年、第二次大戦の未帰還兵を描いたドキュメンタリー映画「花と兵隊」を発表した松林要樹監督も安岡さんの教え子です。今回の映画では「若者がお年寄りの面倒を見ている。一人一人みな人間の尊厳を持っている。そんな人間賛歌にしたかった」と安岡さんは言います。 
 
  「最近ドキュメンタリーに関する原稿を書いていてふと感じたのですが、僕が参加するドキュメンタリーでは必ず食事のシーンが重要な要素になっています。毎回編集に入れています。「Little Birds〜イラク 戦火の家族たち〜」(05)でも空爆で兄弟を一気に失った少女が一人テレビを見ながら食事をしているシーンがあります。家族みんなで楽しく集まっていた食卓が今はないことがわかります。「ガーダ 〜パレスチナの詩〜」(06)でも、食事のシーンが重要な要素になっています。たとえば料理で同郷の人とわかる。当事者たちの人間としてのあり方を描く時に食事のシーンは欠かせないと思っていますし、また食事シーンのある映画は安心できます」 
 
  映画「ただいま それぞれの居場所」でも脳に障害を負った男性が家族と一緒に流しそうめんを食べるシーンでエンディングになっています。 
 
  ここ数年、安岡さんは中東を舞台にしたドキュメンタリーの製作や編集に携わってきました。米軍のイラク空爆で家族を失った人々のドキュメンタリー「Little Birds〜イラク戦火の家族たち〜」(綿井健陽監督)、パレスチナに生きる一人のたくましい女性ガーダの目から占領下の生活を描いた「ガーダ〜パレスチナの詩〜」(古居みずえ監督)、そして、イスラエルの占領をその原点である1948年まで遡って追及する写真家・広河隆一氏の記録「パレスチナ1948・NAKBA」(広河隆一監督)です。 
 
  「僕にとって大きな変化は2001年9月11日の同時多発テロでした。あれから中東を描くドキュメンタリーに関わるようになりました」 
 
  同時多発テロ事件は映像の仕事をしている人々にも大きな影響を与えました。オウム真理教の施設をマスメディアの逆側にカメラを置いて描いた「A」と「A2」の製作など、現代日本人を描いてきた安岡さんは9・11同時多発テロ事件を境にアジアプレスのビデオジャーナリストや報道写真家と組み、射程を世界に広げる事になります。 
 
  「パレスチナ1948 ・NAKBA」(08)では報道写真家・広河隆一さんの人生を軸に描く事に決めていました。23歳に始まり、63歳までの40年間にわたる取材活動の集大成です。素材テープは1000時間を越えていました。8ミリフィルム、VHS-C 、ビデオ8、ハイ8、ミニDV、DVカム、HDVと、あらゆるテープです。それを最終的にすべてDVにダビングして編集しました。」 
 
  安岡さんが参加するまで別の編集者が2年近く試行錯誤していたそうです。しかし、膨大な素材は的確な編集構成の柱なくしてはまとめきれないものでした。安岡さんは「ガーダ」で編集助手についた日本映画学校の教え子・辻井潔氏を編集マンとしてつけます。二人で広河さん自身が映っている数少ない映像をピックアップしつつ、広河さんを中心にまとめていきました。 
 
  「広河さんの写真は1枚1枚が迫力のあるものですが、その現場に広河さんが行った経緯は?どんな話を聞いて赴いたのか?そうした1枚1枚の写真の行間を映像で満たす作業でした。」 
 
  広河氏のライフワークには45巻におよぶ証言記録集としての「パレスチナ1948・NAKBA アーカイブス版」があり、劇場公開版を見れば概略を知ることができるそうです。 
 
  世界を描いた後、安岡さんは再び日本の身近な現実を描きました。安岡さんの周りに若い映画作家が育っており、これから先の活躍が楽しみです。 
 
■「ただいま それぞれの居場所」は現在、東京のポレポレ東中野で上映中(5月21まで上映予定)です。 
 
村上良太 


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