2010年06月18日11時33分掲載  無料記事
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文化

【多田富雄を偲ぶ】(1) 「科学と人文の融合こそ、人類の進むべき道」と提唱  笠原眞弓

  INSLA(自然科学とリベラル・アーツを統合する会)のホームページをあけると、その代表の多田富雄氏の訃報が掲示されている。訃報には「本会代表多田富雄は、4月21日(2010年)前立腺がんによるがん性胸膜炎で永眠いたしました。享年76歳でした。」とあり、「今後とも本会は、多田富雄の意思「広く、長く、深く」を引き継ぎ……」とのあいさつ文がある。その10日前に第3回INSLAの会でお会いしたばかりだった。そのときはお元気そうだったので、突然のことに呆然としていた。日本のすばらしい知性、理性、叡智が、彼とともにあちらの世界に行ってしまったと……。今日18日、「多田富雄を偲ぶ会」が行われる。 
 
  多田氏は世界の免疫学のトップを走り、彼の下で多くの学研が育っていった。科学に興味のない人も、大仏次郎賞を受けた『免疫の意味論』(青土社、93年)や「T細胞」と言う言葉は聴いたことがあるだろう。 
  多田氏は、当時大学院生だった奥村康氏とともに、免疫反応にブレーキをかける「サプレッサーT細胞」を発見した(71年)。ところが、その研究途上の01年に脳梗塞で倒れられた。その悔しさはいかばかりだっただろうか。「世界の免疫学の進歩は、何十年も遅れた」と多田氏を後に嘆かせたことでもわかる。混沌の中から蘇っていくさまは、詩集『歌占』(藤原書店、2004)に詳しい。 
 
  ところでINSLAは、多田氏が左脳を損傷し、右半身不随、発語不能になってから発足している。日ごろから夫人の郷里の高校に講演行くのを楽しみにしていていた。多くの科学者やその卵たちと接する中で、研究ばかりする科学者ではなく、広い教養を身につけることの大切さを痛感し、高校生にもそのような人に育ってほしいと考えているといつだったか話してくださった。 
  思うに任せない身体的状況の中にありながら、人間の欲望と結びついた科学技術は地球環境を破壊するとし、「より深い、より広い、より遠い視野」を持つことと、複眼的思考が必要であるとの持論を友人たちに投げかけた。彼と親交のあった、免疫学者はじめ科学者はもちろんのこと、ライフワークとして取り組んだ能楽を通しての能楽師、狂言師や石牟礼道子、加賀乙彦、新川和江などのほか、建築家や宗教学者も名を連ね、まさに科学と文化の融合というにふさわしい広い分野の方々の賛同を得て06年に発足した。 
 
  INSLAの会は3回を数え、それとは別に、アインシュタインや原爆をテーマにした新作能、石牟礼道子氏との会、白洲正子氏を悼んだ公演など、科学者の目と人文の感性の融合を、私たちに提示してくださった。まさに、病人とは思えないエネルギーだった。 


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