2010年07月19日13時52分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201007191352401

文化

【演歌シリーズ】(6) 変幻自在な三木たかし愛の旋律 ―坂本冬美『夜桜お七』 ―  佐藤稟一

  林あまり、歌人である。 
 
   いいパンチもらったようにゆっくりとからだのちから抜け 
   てゆくキス 林あまり 
 
  歌集『MARS☆ANGE』(河出文庫)、『ナナこの匂い』(マガジンハウス)、『最後から二番目のキッス』(河出書房新社)などで性の喜びを嫌味なく素直に柔らかくうたっている。 
 
   「好きだよ」の言葉よりまず劇場へ――桜も今夜は腕をひろ 
   げる 林あまり 
 
  劇場で演ぜられるのは、エロスのドラマ。花となって咲き乱れる。この花に、八百屋お七をダブらせた。 
 「さくら さくら/いつまで待っても来ぬひとと/死んだひととは おなじこと/さくら さくら はな吹雪」 
 
  坂本冬美に請われて林あまりが書いた『夜桜お七』の詩である。『八百屋お七』は、浄瑠璃や歌舞伎に脚色された当り狂言で、お七が大火の折、避難した寺の小姓と情を通じ恋い焦がれ、火事になれば会えると放火、捕えられ火炙りの刑に処せられたという実話を材にした話。『夜桜お七』は、そのイメージの本歌取と言えよう。でも、「口紅をつけてティッシュをくわえ」涙を「ぽろり」とこぼす現代娘の恋の未練の歌で火付けもしない。「燃えて 燃やした」のは、「肌より白い花」「浴びてわたしは夜桜お七」激情の波で悶えた躰の記憶を「肌より白い花」吹雪となって強風に舞わせ、「抱いて抱かれた 二十歳(はたち)の夢のあと/おぼろ月夜の 夜桜お七」とろけるような愛の余韻をほのかなおぼろ月の光を浴びておだやかな風に舞わせたのだ。 
 
  同じメロディだが、冬美は、愛の激情とその余韻の躰の記憶を歌い分けた。 
  坂本冬美は、恩師猪俣公章(作曲家)他界の哀しみをずーと引きずっていたと言う。林あまり作詩、三木たかし作曲の『夜桜お七』は、猪俣が創った彼女のイメージから離れ、新たなスタートとなった歌である。それまで小節(こぶし)の多用、くるくる表と裏の声を返す歌唱法に別れを告げ、おんなの情を歌った。とは言っても、西田佐知子やいしだあゆみのようなビブラートの無い澄んだストレートな歌い方ではなく、わずかだが小節も揺らしている。 
 
  同じ時期に、『朧月夜に死にましょう』(詩・阿久悠)という三木の曲を歌っている。 
 「あんた/そこまで惚れてくれたのならば/わたしに 生命を下さいな」と心中を呼びかけている。「朧(おぼろ)月夜に死にましょう/菜の花 しとねに 目を閉じて/桜の季節を待ったなら/未練が 気弱にさせるから」 
 
  ここでは、桜は、咲かせない。「この世で一つの愛のため」に、女が“菜の花心中”情死へ誘う。坂本冬美が、しっとりと囁くように……。ゆったりしたテムポの三木メロディは、上質なシャンソンを想わせるような語り口だ。そして、そっとどうして死ぬのかと言うと「惚れるってことは/そういうことなのよ/あんた あんた」と冬美につぶやかせている。 
 
  別れの切なさをたっぷり含んだ夜桜、時おりそれを振り払うがごとく切羽詰まったような風が吹き桜を散らす……その前奏の旋律とリズムを裂くように、女が駆け出す。「赤い鼻緒がぷっつり切れた」冬美は、思いを抑えて抑えて花吹雪を舞わせる。「熱い唇おしあててきた あの日のあんたもういない」あの愛の激情を思い出しながら別れの言葉を吐く。感情を抑えた歌声が、一層哀しみを深めている。三木メロディは、多情に表現するといやらしくなるが、冬美の歌の表情は、柔らかだが情(なさけ)がはためいている。『朧月夜に死にましょう』では、静かに囁き、『夜桜お七』では、柔らかく抑え恋の極北に誘う女と別離の無情を嘆く女を美しく歌い分けている。(敬称略) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。