2010年08月24日07時26分掲載  無料記事
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経済

アメリカの岐路を振り返る〜新自由主義の黎明〜

 今では絶版になってしまった岩田規久男著「日経を読むための経済学の基礎知識」(1988年出版)にこんな記述がある。 
 
▲低下する個人貯蓄率 
「個人貯蓄は、レーガノミックスが意図したのとは逆に、83年から86年にかけて、国民所得が増加したにもかかわらず、絶対額で減少している。所得減税は、貯蓄よりも消費を増加させてしまったのである。」 
 
 レーガン政権(1981-1989)は大幅な所得減税を行った。しかも所得の多い金持ち層を優遇するように累進制を弱めたのである。最高税率は70%から28%へと大幅に下げられた。それは貯蓄率を高めるのが狙いだった。しかし・・・。日経新聞1987年5月28日付けの記事の見出しには「米の貯蓄率0.1% 4月、半世紀ぶり低水準」とある。岩田教授はさらにこう続ける。 
 
 「レーガン政権の時代に、アメリカ人はそれまで以上に消費的になってしまったようにみえる。個人貯蓄の対個人可処分所得比(すなわち、個人貯蓄率)は、80年の7.1%から、86年の3.9%(予想)へと大幅に低下している。ちなみに、84年の日本の個人貯蓄率は16.1%である。」 
 
 レーガン政権が選択したサプライサイドの経済学にたてば、法人税や所得税の減税を行えば民間の貯蓄率が上がり、その貯蓄が投資に回って生産性を引き上げる、と考えられていた。 
 
 当時、アメリカでは労働生産性の長期低下傾向が問題視されていたのである。1973年から1981年の8年間に生産性がほとんど上昇していなかったことがわかったからだ。「この事実は、アメリカ人にとってきわめてショッキングな事実であった」。工場のラインでは老朽化した設備が何十年も使われていたのだ。そこで、民間の貯蓄に頼って、大幅な設備投資を行い、アメリカの生産性を高め、貿易赤字も解消しようと考えたのである。 
 
 「生産性を引き上げるためには、新しい機械設備等を導入する必要がある。これは投資と呼ばれるが、投資を増やすためには、消費財の生産に用いられていた土地や石油や労働者といった限られた資源を機械設備等の生産のために用い、消費財生産を削減する必要がある。」 
 
 消費を抑制して、貯蓄に励み、その資金を投資に回せば強いアメリカが実現できる、というのである。その貯蓄と消費の関係は、消費が増えれば、当然、貯蓄は下がる。当たり前のことである。 
 
(税引き後)所得−消費=民間貯蓄 
 
であるから、大幅な減税をしたにもかかわらず、民間の貯蓄率が下がったのはレーガン時代に入って、「サプライサイドの経済学」の狙いとは真逆に消費が大幅に増えてしまったということである。生産設備の強化に向かうはずだった減税によるお金は住宅ローンなど、消費に回されたというのだ。 
 
 さらにその頃、連邦準備制度理事会議長のポール・ボルカーがとっていた高金利政策により、金利の高い米国で資金を得ることは難しくなっていた。名目金利は20%、実質金利は9%ぐらいである。そこで工場設備は労働力の安いメキシコなどに移りアメリカの空洞化が進んでいった。それでも富裕層は富を大幅に増やすことができた。投資家である富裕層は工場が労働力の安い周辺国に移ってくれた方が利益を上げられるからだ。そうした空洞化がやがてはドルのさらなる没落を生むことになった。 
 
 岩田規久男教授の「日経を読むための基礎知識」は日米貿易赤字の構造から始まっている。出版された88年当時は日本の貿易黒字がアメリカで問題視されていたからだ。そんな議員の一人がデラウェア州選出のウイリアム・ロス上院議員だったのだろう。ロス議員はレーガン減税の法案を作った中心的な議員でもある。ロス議員は後にアメリカ連邦政府職員を大量に日本の省庁に派遣する「マンスフィールド研修」を立ち上げた。アメリカの岐路はまた日本の岐路でもあった。 
 
 1988年に書かれたこの本には、今日まで続く構造を先取りしたような眼力を感じないではいられない。 
 
村上良太 


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