2010年11月20日10時43分掲載  無料記事
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やさしい仏教経済学

(23)競争 ― オンリーワンをめざして 安原和雄

  仏教経済学は、競争や貨幣をどう捉えるのか。これまで仏教経済学の八つのキーワード(いのちの尊重、非暴力=平和、知足、共生、簡素、利他、多様性、持続性)を紹介してきたが、「仏教経済学」も経済学である以上、競争や貨幣に無関心ではあり得ない。ここでは「仏教経済学と競争」を取り上げる。 
 仏教経済学の競争観は、弱肉強食、つまり強者が弱者を打ち負かして当然という現代経済学の競争観とは質的に異なる。弱肉強食説を排して、人、企業、社会、経済、国ともに共存・共生の中でお互いの個性を磨き合う競争を奨励する。これは量的拡大のためのナンバーワンをめぐる競争ではなく、むしろ質的発展のためのオンリーワンをめざす競争である。だから整理淘汰される敗者を当然視することのない競争といえる。 
 
▽ 競走の中のやさしさと思いやり、そして自立と自力 
 
 「競走で転んだ子を助けた子」という見出しの新聞投書(水野あゆみ・43歳・愛知県美浜町=朝日新聞2010年10月27日付)を紹介しよう。 
 
中学校の運動会で100蛋の選手に選ばれたという娘。(中略)帰宅後に、真っ暗な中、車の来ない道路で全力で何回も走って練習をしている。クラスの中でも足が遅い方なのに、なぜ選ばれたんだろうと悩んでいたが、(中略)手の振り方、足の上げ方などを考えながらタイムを縮めるべく、夜の道路を必死に走っている。 
 ストップウオッチでタイムを測りながら、私は何年か前、小学校で見た徒競走のシーンを思いだした。オッフェンバックの「天国と地獄」が大音響で流れる中、次々に子どもたちが目の前を走り抜けていく。ゴールでは到着順に賞状が渡される。 
 そんな中、1人の男の子が転んだ。起きあがれない。と、後ろを走っていた男の子が、抜きはしたが走るのをやめて戻ってきた。転んだ子を助け起こし一緒にゴール。2人はたくさん拍手をもらった。 
 10年以上運動会を見てきたが、転んだ子に手を貸すため競走のレールからおりた子はあの子だけで、その姿に私の心は、ほっこりした。 
 
 この投書を読んで、実は私(安原)自身も10年近い前の記憶がよみがえってきた。孫の幼稚園での運動会である。たしか50蛋で女の子が転んだとき、前を走っていた女の子が戻ってきて、助け起こして手をつないで一緒にゴールインした。ビリとなったが、盛んな拍手を浴びた。私も思わず拍手したことを覚えている。 
 同時に感じた。最近の子供達は優(やさ)しく、思いやりがあるのだな、と。こういう心根の子供達なら、小学、中学へと進んでもいじめはしないだろう、と。 
 
 これには次のような注釈が必要である。 
昔はこういう光景はなかった。なぜかというと、転んでもすぐに自分で立ち上がったからだ。そしてビリになっても、自力でゴールインした。しかし拍手は貰えなかった。こういう自力、自立の精神を仏教は評価する。もちろん優しさ、思いやりも歓迎する。 
 ただ蛇足ながら、あえて指摘すれば、転んだ子が自分を誰かが助け起こしてくれることを期待しているとしたら、仏教的思考では評価しにくい。 
 
▽ 自分自身との競争(1) ― 七〇歳(古稀)を過ぎても青春を 
 
 競争といえば、他者(さらに他社、他国)との競争を連想するのが普通だが、ここでは自分自身との競争、つまり精進(たゆまず努力して生きること)のあり方について考えてみたい。 
 
 自分自身が精神的にさわやかに生きていく上で、肝心なことは何だろうか。まずなによりもいのち(生命)を大切に思うこころである。いのちは人間に限らない。動植物も含めて広く自然の限りないいのちを指しており、それを慈しみ、思いやるこころを持ちつづけたい。 
 もう一つ、精神的に前向きに生きる意欲を持つことである。アメリカの詩人サムエル・ウルマン(1840〜1924年)の「青春」と題した詩の一節を紹介したい。(宇野収ほか著『「青春」という名の詩』産業能率大学出版部) 
 
 青春とは、人生のある期間ではなく、心の持ち方のことである。 
 たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱、安易を振り捨てる冒険心を意味する。 
 ときには二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。 
 年を重ねただけでは人は老いない。 
 理想を失うとき初めて老いる。 
 
 「百歳の童(わらべ) 十歳の翁(おきな)」という言葉がある。たしかに青春は年齢には必ずしも左右されない。詩人ウルマンは「六〇歳の人に青春」とうたっているが、これを現代に翻訳すれば、七〇歳の古稀(こき)を過ぎても青春であり続けたいものである。そのためには「青春」の詩のように理想、想像力、情熱、勇気、冒険心を抱き続けることができれば、それに越したことはない。これはいわば生涯現役の感覚である。逆に二〇歳前後ですでに理想も活力も失うようでは情けない。 
 
▽ 自分自身との競争(2) ― 幕末の志士・高杉晋作 
 
 歴史に名をとどめた人物はユニークな辞世の句を残している。その中でおもしろいのは、幕末長州藩の志士・高杉晋作(29歳で病死)の次の辞世である。 
 
 「おもしろき こともなき世を おもしろく」 
 
 ここには混乱、激動、変革の幕末期を精一杯「おもしろく」生き抜いた一人の男の生き様がよく映し出されているとはいえないか。 
 この辞世をおもしろいと思うのは、「楽しきこともなき世を楽しく」と言わずに「おもしろく」と表現したことである。「おもしろく」と「楽しく」は混同して使われることが多いが、ここではその意味するところの違いに着目したい。 
 「おもしろく」は危険をも恐れない自由、挑戦、創造への姿勢をうかがわせる。理想、ロマン、志、さらに未知の世界を新たにつくっていく未来志向を感じさせる。一方「楽しく」は、安全地帯に身をゆだねて行動する保守、受身、消費を連想させる。すでに出来上がっているものを楽しむ姿勢であり、未来志向にはほど遠い。 
 高杉晋作がこれを意識した上で「おもしろく」と言ったかどうかは分からない。ただ高杉は従来の武士組織とは異質の農民、町民も参加した奇兵隊(「奇」は新奇、異質の意)を創設した。これ自体、自由な発想である。しかも幕藩体制という既存の秩序をたたき壊すことに挑戦し、新しい日本を創造することにいのちを懸(か)けた。だからこそ、短い生涯であったとはいえ、おもしろい人生で、悔いはないという心情があふれている辞世とはいえないか。 
 これも自分自身との競争、つまり精進の一つの典型とみることができる。 
 
▽ 個性を磨き合うオンリーワンをめざして 
 
 全盲のテノール歌手として知られる新垣勉(あらがき・つとむ)さん(57歳)は、あの日米沖縄戦後にメキシコ系米兵の父と沖縄の母との間に生まれた。10万枚以上も売れたといわれる「さとうきび畑」は何度聴いても素晴らしい。その新垣さんが語っている。(毎日新聞2010年11月4日付) 
「平和のために歌うことは、私の存在そのものなのです」 
「(名護市辺野古への米軍基地移設に)反対です。壊した自然は二度と元に戻らない。そんなことをすれば沖縄が沖縄でなくなってしまう」 
「ナンバーワンよりオンリーワン。互いの違いを認め合うことから平和は始まる」 
 オンリーワンとしての沖縄の存在価値、平和への想いが痛切である。それを阻もうとする日米両政府への抗議の声ともなっている。 
 
 禅思想家として世界に知られた鈴木大拙(注)は「わしは死神と競争で仕事をする」と言った。(松原泰道著『般若心経入門』祥伝社) 
凡人にはとても口にできない生き方だが、これは何を含意しているのか。鈴木大拙流の自分との競争であり、同時に以下のような自分流のオンリーワンの生き方と理解したい。 
 人生は無常、つまり常に変化の過程にある。しかしこの認識にとどまっている限り、人生末期の老・死を待つほかなくなる。これではいかにも寂しい。いつどうなるかわからないわが生命を大切にして、充実した生活をつくっていかなければ、折角の人生がもったいない。死神が手招きしているのを拒否しながら、仕事を果たしたい、と。 
 (注)鈴木大拙(すずき だいせつ・1870〜1966年)は、大谷大教授などを経て文化勲章受章。著作に『一禅者の思索』(講談社学術文庫)のほか、英文著作40余冊、『鈴木大拙全集』全32巻など。96歳の長寿を果たした。 
 
 現代経済学のすすめる競争は弱肉強食で、効率、利益追求を目指し、勝ち組(人や企業)が負け組を蹴落とすのは当然という考え方に立っている。これでは勝ち組もつねに負け組に転落する落とし穴が待っており、安楽とはほど遠い。弱肉強食は現世での地獄への道である。 
一方、仏教経済学としても、競争を否定するわけではない。競争は必要である。だが、競争のあり方を問いかける。仏教は精進を重視しており、仏教経済学の立場では、それぞれの人、企業の精進、すなわち個性を磨き合う競争のすすめである。これは相手を出し抜くナンバーワンではなく、自他共に生かすオンリーワンをめざす競争である。それは共生、連帯感の中での競争でもある。そうしてこそ人、企業、社会、経済、国ともに量的拡大よりも質的発展を遂げることにつながる。これは現世での極楽への道でもある。 


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