2010年11月25日00時31分掲載  無料記事
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TPP/脱グローバリゼーション

APEC横浜宣言を批判する(その1)  小倉利丸

    APEC(アジア太平洋経済協力会議)横浜の首脳会議が11月14日に終わり、「横浜ビジョン、ボゴール、そしてボゴールを越えて」と題された首脳宣言(横浜宣言)が出された。横浜宣言は、途上国市場から生み出される利益を途上国資本が独占するような途上国政府の対応を牽制して、先進国の資本に利益を配分するように要求する政治的圧力としての意味を持っている。日本も含む先進国は、自国国内市場を途上国資本にも開放するようなポーズをとり、これを囮に、自由貿易・投資の罠に追い込み、途上国の国内市場を開放させることを狙っている。 
 
  この宣言は次のような構成になっている。 
 
これまでのAPECの歩み 
現下の好機と課題 
APECの将来 
1.我々の構想するAPEC共同体 
●緊密な共同体:より強固で深化した地域経済統合を促進する共同体 
●強い共同体:より質の高い成長を実現する共同体 
●安全な共同体:より安全な経済環境を提供する共同体 
2.我々が描くAPEC共同体の構想への道筋 
●緊密な共同体への道筋 
●強い共同体への道筋 
●安全な共同体への道筋 
●すべての道筋における前進のための経済・技術協力 
APECへの新規参加 
結び 
 
  全体の構成は、APEC共同体の構想に大きな比重が置かれ、共同体は、経済統合、高成長、経済安全保障としての機能強化を達成できるものであることという「目標」がまず設定され、この目標を 達成するためのプロセスについての提案がなされている。しかし、そもそもの前提がボゴール目標を無条件に正しいとみなす自由貿易・ 投資への信仰といっても過言ではないイデオロギーからまったく抜け出せていない。 
 
(1)自由貿易・投資をめぐる先進エコノミーが仕掛ける罠:しかし、自らの罠に先進エコノミーも落ちてしまうのだが... 
 
  1994年に策定されたボゴール目標では、今年までに、先進国(APEC用語では、先進エコノミーと呼ぶ)は自由な貿易と投資を達成し、途上国は2020年までに自由貿易・投資を達成するということになっていた。今回の首脳宣言では、次のように述べられている。 
 
「今年,我々は,5の先進エコノミーと自ら進んで加わった8の途上エコノミーによるボゴール目標の達成を評価するための検討を実施した。我々は,ボゴール目標に向けたAPEC2010年エコノミーの進展に関する報告書を承認し,更に取り組むべき作業が残っているものの,13のエコノミーがボゴール目標の達成に向けた顕著な進展を遂げたと結論づける。」 
 
  「達成に向けた顕著な進展を遂げた」という曖昧な言い回しが象徴しているように、94年のボゴール目標は達成できなかった。確かに、新自由主義の圧力のなかで、貿易と投資の自由化が強引に進められたから、自由貿易・投資への傾向が規制強化のベクトルよりも勝っているということは認められるが、しかし、ボゴール目標が想定していたような自由貿易・投資とはかなり かけはなれたところにあるのが、現実のAPEC諸国の実状だろう。とりわけ、2010年は自由貿易・投資の音頭をとり、自由貿易・投資こそが自国の多国籍資本に大きな利益をもたらすはずの先進国においてすら、この目標の達成ができなかったということに含意されている意味合いは大きい。先進国内部でも、自由貿易・投資への合意はできていないということを示したし、アグリビジネスと輸出産業としての大規模な資本主義的な農業を展開する米国は、自由貿易を主張する一方で自国の農業には多額の補助金を出してきたことがこれまでも繰り返し批判されてきた。その米国の農業の生産者たちが豊かな暮らしを謳歌できているのかといえば、かならずしもそうではなく、学校に行けずに農場で働く子どもたちは米国にも存在することが知られている。 
 
  横浜首脳宣言は、先進国が巧妙に自国の市場を新興国との競争に対して「保護」しつつ、途上国への貿易拡大を自由貿易・投資の実現というボゴール目標の「正しさ」を強引に押し付けるという結果になるだろう。つまり、先進国は現状のままでよく、途上国はさらに今後10年のあいだに自由貿易・投資にむけて自国市場を先進国に開放することを約束させるための証文としてこの宣言は将来的にも利用されるのだろうと思う。 
 
  同時に、先進国相互の間足並みは揃わないに違いない。日本のように凋落しつつある国は、多国籍資本の恰好のターゲットになる。日本の国内市場開放の圧力は強まり、自動車や家電などの製造業をめぐ自国資本のシェアは今後確実に低下すると思われる。国際競争力を失いつつある日本の資本にとっても、首脳宣言は決して追い風にはならないだろう。そして、この自由貿易・投資の推進は、労働力コストの低い途上国との国際競争力の維持のために、先進国は、自国の労働生産性を高めるような省力化技術の導入にますます傾くか、生産拠点を海外に移転させるかのどちらかの選択肢しかなく、ますます労働コストの削減と雇用の削減を生み出す。 
  この労働コスト削減を上回るような雇用を生み出すには、これまで以上に高い経済成長を達成しなければならず、そのためには、これまで以上に大きな市場を獲得しなければならない。そのような巨大な市場は、所得の低下と貧困化、人口減少と高齢化の先進国市場だけでは創出できず、人口の大きい途上国、とりわけ中国やインドのような新興国市場を確保することが必須の生き残りの条件になる。 
 
  横浜宣言は、途上国市場から生み出される利益を途上国資本が独占するような途上国政府の対応を牽制して、先進国の資本に利益を配分するように要求する政治的圧力としての意味を持っている。日本も含む先進国は、自国国内市場を途上国資本にも開放するようなポーズをとり、これを囮に、自由貿易・投資の罠に追い込み、途上国の国内市場を開放させる。しかし、競争関係は先進国相互の間でも熾烈であって、シナリオどおりにはいかないことを誰もが知っているが、競争に勝ち抜く以外に生き延びる術がないことも知っている。資本主義のシステムに固執するのであれば。 
 
  横浜首脳宣言は、この意味で政治宣伝の文書でしかなく、その内容そのものに実質的な意味はない。とはいえ、あまりにあからさまな虚偽を事実であるかのように語られている箇所が散見され、この点を見過ごすことはできないので、以下、簡単に言及しておく。(続く) 
 
http://alt-movements.org/no_more_capitalism/modules/no_more_cap_blog/ 
より。 
 
(富山大学教員) 


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