2011年01月19日01時42分掲載  無料記事
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文化

フランスの女性映画監督たち 〜時代の転機を先取りしてヒット作を作ってきた〜

  フランスの女性映画監督にはヒットを飛ばしてきた人が何人かいる。時代の転機を先取りし、通念に挑み、新しい生き方を提案してきた。それらの映画は興行的にヒットしただけではなく、国の政策にすら影響を与えてきたと思われる。フランスの女性監督による3本の映画を例にとりたい。 
 
  コリーヌ・セロー監督の映画「赤ちゃんに乾杯!」(‘Trois homes et un couffin‘1985年)である。原題は「3人の男と1つの籠」で、couffinとは赤ちゃんを入れる大きな籠である。「独身貴族」(この言葉も今や死語の感があるが)の男3人が自由きままに恋愛にいそしむ共有のアパートの外に、彼らの1人と別れた女性が赤ちゃんを置いて去って行った。慌てた男達はミルクやオムツをどう買っていいかわからない。そればかりか赤ちゃんが生後何ヶ月なのかもわからない。男達にはすべてが初体験。悪戦苦闘の子守が始まる。だが、その子育て体験はやがて彼らの快楽主義的な生き方に転機を与えることになる。 
 
  この映画は少子化対策で作られた、というと誤解を生むだろうが、それまでのフランスの男女の思考を変えるきっかけとなったのではなかろうか。 
 
  ヴィルジニー・テブネ監督の「サム・サフィ」(‘Sam Suffit’ 1992年)はストリッパーが平凡な人生が格好いいことに気づき、平凡になろうと奮闘努力する映画である。しかし平凡な人生というのが意外と難しい。税金を納めたり、職を見つけたり、料理を作ったり。それまでフランス映画で「税金が高い」と叫ぶヒロインを見た事がなかった。あまり映画のテーマにされなかった「普通」に切り込んだ映画である。派手なカタカタ職業が格好よく見えた時代から普通の生活の価値に目覚めた時代の転機だろうか。映画の基底にはエイズの流行がある。主人公のストリッパーに生き方を変えさせた転機も、エイズの流行だった。 
 
  パリのある画家は「エイズの流行が時代を大きく変えた」と語っていた。しかし、保守への回帰というだけでなく、そこに新に価値観を盛り込もうとするかのようである。 
 
  アニエス・ジャウイ監督の「ムッシュ・カステラの恋」(‘Le gout des autres‘、2000年 )はメーカーの社長と舞台女優の出会いの物語である。実業家と芸術家、まったく接点のなかった世界の男女が偶然出会い、それまで互いに持っていた相手の世界への偏見を捨てて、生き方を少しずつ変える。この映画が作られた背景には人々の接点が次第に失われつつあるという認識があったのかもしれない。それぞれが属する「小さな社会」から一歩踏み出さなければ別の「小さな社会」の住人と出会うことはない。そうしたバラバラの小社会あるいは小惑星の並存に作者は異を唱えているように思われる。タイトルを直訳すると「他人の好み」である。恋愛映画、というだけでなく、社会のあり方を考えさせる映画でもある。 
 
  限られた資源やモノをシェアして生きる時代が来れば、今までになかった出会いも必須になるだろう。1980年代から、暮らしは集団から個に移っていった。30年近くかけて、個的な生活に移行してきた。それはモノ余りの中で、「一家に一台から一人に一台」モノを売る戦略と関係していたのだろう。30年かけて築かれた人間関係を変えていくには長い時間がかかるだろう。 
 
  時代の転機には具体的にどんな時代が始まろうとしているのか、想像のうちに体験させてくれる映画が大きな力を発揮すると思う。地球環境のキャパシティから経済成長を抑えることが大切だ、という論が世界で力を得つつある。だが、そうした時代の生き方とはどんなものだろうか。具体的な生活が見えるドラマが見たいものである。 
 
■コリーヌ・セロー (Coline Serreau 1947−) 
  1970年に、ビューコロンビエ座で女優としてデビュー。 
1973年には最初のシナリオを執筆した。「赤ちゃんに乾杯!」の前に、ドキュメンタリー映画「でも彼女達は何を望む?」(1978)を監督している。様々なバックグラウンドの女性達にインタビューしたもので、ストレートな発言が観客にショックを与えたという。「赤ちゃんに乾杯!」ではセザール賞(作品、助演男優、脚本)を受賞した。 
 2005年製作の「サンジャックへの道」(Saint-Jacques... 
La Mecque)では巡礼旅をすることになった9人の男女を描いている。イスラム教徒やアル中、薬依存者など様々な人間が旅に加わることで単なるキリスト教信仰の話を超え、生きることについて考える普遍的な物語になっている。 
 以下は「サンジャックへの道」を撮影中のコリーヌ・セロー監督。http://www.cinemovies.fr/photog-25633-16.html 
■ヴィルジニー・テブネ(Virginie Thevenet 1957−) 
  女優としてパスカル・トマ監督やフランソワ・トリュフォー監督らの映画に出演。監督のほか、絵やイラストレーションでも活躍している。 
  以下はテブネ氏のサイトから、相撲を描いたデッサン集。東洋語学校では中国語を学び、アジア狂だという。 
http://www.virginiethevenet.com/illustration.php 
■アニエス・ジャウイ (Agnes Jaoui 1964−) 
  名門アンリ4世校を経て、コンセルバトワールで演技を学んだ。1984年にはナンテールのアマンディエ劇場で演出家パトリス・シェローの元で演技を学んでいる。この時、出会った俳優のジャン=ピエール・バクリとその後、パートナーになり、映画でも共演している。「ムッシュ・カステラの恋」でヨーロッパ映画大賞(最優秀脚本賞)を受賞。最新作は2008年製作の’Parlez-moi de la pluie'(直訳すれば「雨について話して」)。 
  以下はアニエス・ジャウイ氏のブログ。 
http://agnes-jaoui.over-blog.com/ 
 
村上良太 


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