2011年03月07日00時07分掲載  無料記事
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文化

【演歌シリーズ】(12)吉岡治 歌手再生の手練 機週伐治の短詩と長詩―    佐藤禀一

  つぎのふたつの詩は、同じ詩人による。 
 
◆『大阪しぐれ』と『天城越え』 
 
 
 ひとつや ふたつじゃないの 
 ふるきずは 
 噂並木の堂島 
 堂島すずめ 
 こんなわたしで いいならあげる 
 なにもかも 
 抱いてください ああ大阪しぐれ 
 
 口を開けば 別れると 
 刺さったまんまの 割れ硝子 
 ふたりで居たって 寒いけど 
 嘘でも抱かれりゃ あたたかい 
 わさび沢 隠れ径 
 小夜時雨 寒天橋 
 恨んでも 恨んでも 軀 うらはら 
 あなた…山が燃える 
 戻れなくても もういいの 
 くらくら燃える 地を這って 
 あなたと越えたい 天城越え 
 
  都はるみが歌う『大阪しぐれ』(曲・市川昭介)と石川さゆりの歌う『天城越え』(曲・弦哲也)詩は、いずれも吉岡治である。 
 
 移ろいし日々に優しき犬日和(1918.1) 
 寿ほぎて入歯も躍る雑煮かな(1919.1) 
 新巻の腹身に冥き旧世紀(2000.2) 
 
  吉岡治の俳句である。俳句は、言うまでもなく世界最短の詩型である。写生・前衛……スタイルは、いろいろだが、基本は、十七音に季語をすえ言葉を削いで削いで四季を詠み、イメージを凝縮させる。その俳句に吉岡が心を寄せていたことと『大阪しぐれ』の詩は、無縁ではあるまい。都はるみは、この詩を目にして歌に「言葉はあまりいらないのかな」と思った。吉岡に言わせると「隙間だらけ」なのだ。俳句の言葉選びにヒントを得たのでは、そう思わせる。 
 
  吉岡治の略歴を見ると19歳でサトウハチローの門下生になり童謡を書き、22歳の時、三木鶏郎に誘われ「冗談工房」文芸部に。25歳学生時代に全日本大学放送連盟主催のラジオドラマコンクールで脚本賞を受賞、放送作家になる。その後子どもの歌や『おもちゃのチャチャチャ』(詩・野坂昭如 曲・小林亜星)の補作詩などを書いた。 
  作詩家デビュー31歳。『悦楽のブルース』(歌・島和夫 曲・船村徹)映画『悦楽』(監・大島渚)の主題歌である。美空ひばりの『真赤な太陽』(曲・原信夫)もヒットしたが、なかなか好きな演歌の作詩の機会に巡り合わなかった。この詩で一番昇る太陽ではじける恋を、二番沈む太陽で涙にぬれたメランコリーな恋を詩った。日本人好みのセンチメンタリズムを二番で揺らして成功した。 
 
  『大阪しぐれ』は、吉岡治初の演歌作詩ヒット作である。冒頭紹介した詩は、二番だが都はるみが一番「ひとりで 生きてくなんて/できないと」と心に滲む想いをしみじみと歌いはじめると、男と女の出会いと別れ、一人の女がこれまで生きて来た人生の重さが浮かびあがってくる。都はるみの焦がれる想いが言葉に乗り移り、彼女の最弱音(ピアニッシモ)で表現された哀しくも美しい歌だ。詩は、69音だが、それに22の音が加えられ隙間を縫う。市川昭介は、ゆったりしたテムポに女の哀しみの旋律を漂わせた。 
 
  吉岡治は、この作品に納得がいかず自信もなかったと言う。しかし、じわじわと売れ始め大ヒットとなる。そして、第13回日本作詞大賞を受賞、都はるみも第13回日本レコード大賞最優秀歌唱賞金賞を受賞。隙間だらけの詩でもいいのだ、いや、隙間だらけだからこそ聴く人がその隙間に自分の思いを込められ歌が豊かになる……吉岡治は、演歌詩のコツを掴んだのである。 
 
   しかし、隙間だらけの詩に反し『天城越え』は、言葉が隙間なくビッシリ詰まっている。ワン・コーラス『大阪しぐれ』の69音に対し126音、一番で正妻のエロスの風が、二番で愛人の恨みの風が吹きわたる。 
 
 一、「あなたを 殺していいですか/(中略)/舞い上がり 揺れ堕ちる 肩のむこうに/あなた……山が燃える」 
 二、「嘘でも抱かれりゃ あたたかい(中略)/恨んでも 恨んでも 軀うらはら/あなた……山が燃える」 
 
  女のドラマを石川さゆりは、目に暗い影を宿して演じる。弦哲也の旋律も戦慄的だ。このように、激しく情念を迸らせる女を演じられるのは、石川さゆりをおいて他にはあるまい。この歌によって、さゆりのその才能が花開いたのである。今泉敏郎の編曲も凄まじく、歌・詩・曲・編曲が渦まく女の情の見事なドラマを生んだのだ。テレビでご覧になった方は、お気付きでしょうが、前奏が鳴ると石川さゆりの表情が一変する。 
 
  改めて冒頭に紹介した、隙間だらけの“俳句的”『大阪しぐれ』と言葉の詰まったドラマの脚本とも言える『天城越え』の詩を読んでほしい。そして、都はるみと石川さゆりという演者の歌声を味わってほしい。都はるみは、ピアニッシモで「抱いてください」とひっそり歌い、石川さゆりは、恨みとそれでいて男への想いの深さを「恨んでも 恨んでも/軀 うらはら あなた……」激しく歌っている。 
 
◆吉岡治のエロティシズム 
 
  「軀 うらはら」……吉岡治ポエジーのひとつのキー・ワードは、情(なさけ)に濡れた肉体である。そのいくつかを挙げてみる。 
 
  作曲家市川昭介と 
『大阪しぐれ』(歌・都はるみ)こんなわたしで いいならあげる/なにもかも/抱いてください ああ大阪しぐれ 
『ふたりの大阪』(歌・都はるみ・宮崎雅)<男女>この刻を/あゝ 抱きしめて ふたりの大阪/ラスト・ダンス 
『細雪』(歌・五木ひろし)おとこの嘘を 恋しがる/抱いて下さい もう一度 あゝ 『さざんかの宿』(歌・大川栄策)せめて朝まで 腕の中/夢を見させて くれますか 
『鳳仙花』(歌・島倉千代子)はじけてとんだ 花だけど/咲かせてほしいの あなたの胸で 
 
  作曲家弦哲也と 
『天城越え』(歌・石川さゆり)ふたりで居たって 寒いけど/嘘でも抱かれりゃ あたたかい 
『貴船の宿』(歌・川中美幸)逢うたびに/抱かれてしまえば 負けてゆく 
『暗夜航路』(歌・キム・ヨンジャ)風がヒュルヒュル 沁みる夜は/錨おろして この胸に 
『飢餓海峡』(歌・石川さゆり)一夜(ひとよ)の逢瀬(おうせ)で わかります/口は重いが いい人と 
『いそしぎ』(歌・小林幸子)抱かれりゃ 愛だとすぐ信じ 
 
  他にも『越前岬』(歌・川中美幸 曲・岸本健介)そんなあの夜の 腕まくら/忘れたいのに 忘れられない、などがある。  詩の一部をそれも“抱く抱かれ”の詩句を重箱の隅を楊枝でほじくるようなことをして……という声が聞こえる。 
  吉岡治演歌詩にかなりの頻度で熟れた女の肉体が悶えていることを知ってほしかったのだ。吉岡治は、エロスを女の情念にからませて描く手練で、歌手・作曲者を“狂わせ”、名曲の数々を生んだ。 
 
  野村克也の“再生工場”ではないが、吉岡治は、歌手の“再生工場”である。それを次回で紹介する。 


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