2011年04月18日11時39分掲載  無料記事
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文化

【ロシアのユーラシア音楽】(下) 東洋音楽の魅力を求めて 井出敬二

3 幅を広げるカラティギナ氏の活動 
 カラティギナ氏は、邦楽にとどまらず、さまざまな地域の伝統音楽にも造詣が深く、交流を進め、各地の本物のすばらしい音楽を紹介する活動をされている。モスクワの外交団も彼女のそのような活動には注目しており、モスクワでのインド大使館でのレセプション、イラン大使館主催の音楽会や米国大使館後援の音楽会でも彼女の姿を見かけたりする。 
 
 カラティギナ氏の尽力により、中国天津音楽院の教授らによる古典中国音楽のコンサートが今春モスクワで開催された。筆者は3年半、北京の日本大使館で文化担当の仕事もしていたが、本物の中国の古典の音楽演奏会を聴く機会というのは案外なかった。モスクワ音楽院と天津音楽院は学生交流をしているとのことであり、中国語を流ちょうに話すモスクワ音楽院学生にも出会った。 
 
 日本、中国、韓国の伝統音楽について、カラティギナ氏は筆者に次のように語ってくれた。 
●多くのロシア人にとっては、日本、中国、韓国の伝統音楽は同じように聞こえる。その共通点は、感情が無い(ように聞こえる)ということである。しかし、そのことは逆に言えば、西欧音楽がメロディーだけを強調し、感情過多ということである。愛にせよ憤りにせよ、感情が強いということは攻撃的、破壊的ですらある。自分(カラティギナ)はそのような西欧音楽には疲れた。それに引き替え、東洋の音楽には高潔さがある。他者への配慮がある。精神性がある。メロディー重視ではなく、それぞれの音が重要なのである。 
 
●日本の伝統音楽、つまり邦楽では、それぞれの音が注意深く守られている。それはあたかも、飴が一つ一つ包装紙で綺麗にかつ大切に包まれているようだ。そして邦楽は、文化を共有する者どうしで理解できるものである。すべての音に、多様な意味があり、それを聞き取る(読みとる)者のレベルによって、様々なメッセージをくみ出すことができる。 
 
●中国の伝統音楽には、ハーモニー、バランスがあり、いかなる問題、トラブルも無い。完全なる平穏さがある。そしてユニバースとのコミュニケーションが感じられる。中国の伝統音楽は、コスモスへの調和を奏でるのである。 
 
●韓国の伝統音楽は、日本、中国の伝統音楽に比べれば、感情が最もある。それも非常に洗練された形で感情を表現している。常に太鼓を用いることも大きな特徴だ。 
 
 カラティギナ氏は、中東との音楽交流も推進しており、最近はアルジェリアの世界音楽祭に出席し、アルジェリアの文化大臣と意見交換をしたということである。またイランの音楽家との交流に特に尽力している。彼女の尽力により、これまで様々なイランの音楽家のコンサートがモスクワで開催されている。彼女によれば、イランの音楽家達との交流には様々な困難があるということだが、彼女の情熱はそれを乗り越えさせている。今春はケイヴァン・サケト氏らのコンサートがモスクワで開催された。 
 
 更にカラティギナ氏は、本年4月イランの音楽家とともに訪日し、4月20日(於天理市文化センター)、4月24日(於東京江戸川区「タワーホール船堀」)と4月26日(於東京江東区「ティアラこうとう」)、ペルシャ古典音楽のコンサートを開催する。 
 
大震災の後のこの時期にこのようなコンサートを行うことについては、カラティギナ氏は日本の友人、知人の方々が楽しみにしており、大震災の後もぜひ来て欲しいとの要望をもらっていること、またイランの音楽家達も犠牲者への哀悼を表す新曲を携えて訪日する意気込みなので、日本の友人達を励ます意味でも予定どおりコンサートを実施するとのことであった。今回のイラン古典音楽のコンサートでの収益や会場で受け付ける募金は、東日本大震災の被災者支援のために寄付されることになっている。 
 
 雅楽の楽器である琵琶や篳篥(ひちりき)もペルシャ起源といわれている。ペルシャ古典音楽とはどのようなものだったのだろうか。カラティギナ氏は以下のように述べている(注3)。 
「イラン古典音楽は世界でももっとも洗練された音楽文化のひとつと言える。この音楽では、イランの民族だけでなく、北欧から日本までの古代ユーラシア全地域を占める、インド・ヨーロッパ文化圏の人々の世界観や歴史観も反映されている。イラン古典音楽自体は古い歴史を持っているが、血の通った生きた伝統であり、今もなお人の心を打つ音楽であり続けている。また、複雑な音階と音構成の規則を持ち、繊細な直感と緻密な計算のもとに作られる調和の音楽であると言える。」 
 
 なぜ彼女はユーラシアの伝統音楽との交流をこのように熱心に推進するのか?筆者が彼女にその質問をすると、彼女は、「家族もいつもそう質問し、あきれている」と笑って答える。彼女も多額の私費を投じ、家族も彼女の音楽関連活動を財政的にも支援しているということだ。 
 
 カラティギナ氏は、ユーラシアの古典音楽の交流を行う「アルクチダの末裔:スカンジナヴィアから日本への道」という国際プロジェクトを進めている。「アルクチダ」とは北方にあったとされる想像上・伝説上の国で、そこからユーラシア(インド・ヨーロッパ語族)の諸民族がでてきたとされる。カラティギナ氏は、イラン、インド、中国、韓国、日本の音楽の中にどのような伝統的、古典的なモチーフがあるのかを探し出そうとしているようだ。 
 
 筆者には、失われてしまったロシア民族の伝統音楽を探し出そうとする彼女の気持ちが、そうさせているように思われる。カラティギナ氏がユーラシアの音楽を研究して何を見つけだすのかは楽しみだが、感性の共感を基礎に、友情と連帯を強めてくれるであろうことは確信している。 
 
(注3)ユナ・ジャパン「ペルシャ古典音楽コンサート」資料。 
http://www.yuna-japan.jp/en/content/99.htm 
http://www.yuna-japan.jp/en/content/98.htm 


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