2012年01月03日14時13分掲載  無料記事
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文化

[演歌シリーズ](23)日本のブルース 供集凝痛雄・柳ジョージ二人のブルース歌手が逝ってしまった― 佐藤禀一

 ブルースのイメージを「ハードボイルド小説」(註)と言ったのは、相倉久人である。油井正一とともに、私の最も心を寄せるジャズ評論家である。ハードボイルド小説の源流は、映画にもなった『老人と海』『誰がために鐘は鳴る』の小説でお馴染みのアーネスト・ヘミングウェイだ。出来るだけ情感を削ぎ、ドキュメンタリー・タッチで描く。 
 
◆原田芳雄のブルース 
 
 彼の影響を受け、非情人物を主人公にした物語が、つぎつぎと生まれた。日本では、非情に見えてどこか哀し気な、心に闇を抱いているような人物を創った。役者で言うなら松田優作がその象徴的な存在であろう。 
 さらに、相倉は、言う。「人間に対するセンチメンタルな思い入れと、そういった思い入れを許さぬ現実との離反。それはそのまま、ブルースの世界」と。優作の演技を評しているようにも見える。そう言えば、彼はブルースを歌っている。 
 
 本当はいっしょに渡りたかったさ 
 あんたを刺した きょうびが最後 
 二度と男にゃ刺されはしないさ 
 
 『川向こうのラスト・デイ』の一節。松田優作の詩だ。曲は、荒木一郎。失意、落胆、嘆き、そして、憤(いきどお)りの情(こころ)を原田芳雄が冷え冷えと歌っている。男娼の哀(かな)しみを滲(にじ)ませた『Welcome AIDS』(詩・阿木燿子 曲・宇崎竜童)も胸を打つ原田のブルースだ。心の闇を噛むようにこう歌っている。 
 
 好きこのんで この商売を 
 やってるんじゃないと 言ったら負けさ 
 一夜を楽しみ 一夜を苦しみ 
 
 原田芳雄をブルース歌手として心に留めたのは、だいぶ前のことである。NHKFM放送から流れてきた『リンゴ追分』を聴いた時だ。美空ひばりも「リンゴの花びらが/風に散ったよな/月夜に 月夜に そっと ええ……」(詩・小沢不二夫)と少し感傷的に抒情的に風景を歌いながら憂愁を漂わせるという、とってもブルージーな歌い方をしている。米川正夫の旋律で、日本ブルース歌の名曲だと思っている。原田は、ゆっくりしたテムポで野太く、それでいて濡れた低音で、三回リンゴの花びらを散らした。それぞれに違った翳(かげ)りのある情景を表現した。 
 
 彼の演技もブルージーであった。坂本竜馬、さわやかなイメージが定着している。それを、原田は、劣情を露(あらわ)にし、命をおしんでいつもビクビクしているヒーローらしからぬ男として演じた。黒木和雄監督『竜馬暗殺』は、竜馬を哀しみに充ちたアウト・ローとして登場させ原田が好演した。同じ黒木監督の『原子力戦争 LOST LOVE』の演技も忘れがたい。姿を消した情婦を探しに原発の町にやって来るヤクザを演じた。そして、原発事故がらみの汚職事件にまきこまれ命を狙われる。この映画は、“原発ムラ”の圧力によるものか封印され、ビデオ化(DVD化)もされていない。再映を望みたい。 
 
 原田は、もう一本“反原発”映画に出て存在感を示している。チェルノブイリ原発事故の起きた3年前に原発の虚妄を撃った作品『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』。原発作業現場から廃液が漏れて労働者が被曝。その事故を隠すため被曝労働者の命が狙われる……。舞台は、福井県の美浜町。森崎東監督得意の喜劇仕立てで原発ジプシー、旅まわりストリッパー、高校教師、ヤクザら時代のしわ寄せをくらった者たちの人間模様を活写しながら原発の存在に警鐘を打ち鳴らした。 
 
 脇道にそれたが、原田芳雄は、屈折した心情を持つ男、アウト・ローの男を演じることが多かった。彼の芝居もまた、ブルースであった。 
 
◆柳ジョージのブルース 
 
 古い 想い出に 
 涙が 頬を 濡らす 
 
 柳ジョージのギターは、いつも泣いている。しゃがれた、でも張りのある声も泣いている。 
 
 お前の ぬくもりが 
 今も 残るような 
 欠けたグラスで 一人酔い 
 
 『一人酔い』柳の作詩・作曲。酒を飲みながら聴いていると胸に闇が忍び寄る。彼の酒は“うわばみ”だと言う。酒の歌が多い。『酔って候』曲名ばかりでない。「酔いどれた世界に/にがかった涙を捨てよう」(『時は流れて』)それに、『本牧綺談』「あいつが残した 捨て台詞(ぜりふ)/やけに重たく身を縛る」にも酒の味がする。 
 
 63歳で2011年10月10日に逝った柳ジョージの追悼ライブが、10月22日横浜であり、「ジョーちゃん、酒を飲みながら見送ってるぞ」と友人で歌謡曲評論家でもある近田晴夫が呼びかけたと、『朝日新聞』の「惜別」欄で伝えていた。 
 『本牧綺談』は、本牧を舞台にした日本初のブルース淡谷もり子の『別れのブルース』への献辞に思えてならない。 
 
◆しゃがれ声の日本のブルース歌手 
 
 しゃがれ声、世上では、悪声と言う。しかし、ルイ・アームストロング始めジャズ、ロック、ソウル・ミュージック、ブルースでは、魅力ある声になる。柳ジョージを聴きながら、もんたよしのり(もんた&ブラザース)、桑田佳祐(サザンオールスターズ)などを想い出した。ブルースのしゃがれ声と言えば、憂歌団の木村秀勝にとどめをさすであろう。 
 
 ジャジャンガ ジャガジャガと何度か繰り返し、突如「パチンコ パチンコ/パチンコゆくのさ/パチンコ パチンコ/パチンコゆくのさ/今日もパチンコ 明日もパチンコ」しゃがれ声が爆発する。『パチンコ〜ランラン・ブルース』(作詩・作曲・木村秀勝)と並んで『おそうじオバチャン』(同)も、もの哀しい。「クソにまみれて 2000円!」でも「こんなわたしも夢がある かわいいパンティはいてみたい」「あたいのパンツはとうちゃんのパンツ」……。憂歌団のブルースを、“コミカル憂愁歌”とでも名付けようか。木村秀勝の爆発的しゃがれ声がよく似合う。 
 
◆ブルース『上を向いて歩こう』 
 
 近藤房之助の『SUKIYAKI〜上を向いて歩こう』は、原田芳雄の『リンゴ追分』と並ぶカバー・ブルース・ソングの双璧だと思っている。詩・永六輔 曲・中村八大。中村は、ジャズ・ピアニストである。人気バンドだったジョージ川口とビッグ4で演奏していたこともある。『上を向いて歩こう』こんどの大震災の被災者を励ます歌として、もてはやされているが、寂しい歌なのだ。なんてったって「ひとりぽっちの夜」「悲しみは月の影に」なのだ。旋律もブルージーだ。坂本九も、うへほむふいて、と悲し気に歌っている。 
 
 近藤房之助は、ベースをバックにピアノの弾き語りで、ゆっくりと哀しみを噴きあげた。「思い出す春の日」「……夏の日」の日のところをかすれた低音から裏声の高音に、ひィィィと闇に溶け込ませ、寂しい思いを深化させた。 
 日本のブルースは、演歌、ロックなどと睦み独特な魅力を生んだのである。 
 
(註)『日本ロック学入門』(相倉久人著 新潮文庫) 


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