2012年02月22日00時08分掲載
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文化
「医す者として」〜若月俊一医師と佐久総合病院の60年〜ポレポレ東中野で上映中
東京・東中野のポレポレ東中野で「医す者として」というドキュメンタリーが上映されている。監督は鈴木正義さん、グループ現代というTV番組の制作プロダクションのプロデューサーである。
「医す者として」が描いているのは佐久総合病院の院長だった若月俊一医師の医療活動とその信念だ。佐久総合病院とは長野県の千曲川沿いにある病院だ。ここに戦後、東大医学部を出た一人の医師が赴任する。そして、健康診断を軸にした健康予防活動を全国に先駆けて行ったとされる。特に出張医療と全村健康管理が挙げられるそうだ。映画館ポレポレ東中野のサイトを参照するとー
「住民と一体となった運動としての医療実践に取り組み、農村医療、農村医学の礎を築いた。また外科医として先駆的な脊椎カリエスの手術などもおこなったことでも知られる。その活動は、日本のみならず、国際的な広がりを見せ、東洋のノーベル賞といわれるマグサイサイ賞を受賞(1976年)。農民の生活に密着したフィールドワークや研究をおこない、日本のみならずアジア諸国の農村医療のモデルとなっている」
興味深いのは「佐久病院映画部では、1950年代から30数年にわたり、出張診療、手術、患者会、啓蒙演劇、病院まつり…など、ありとあらゆる取り組みを16�瀬侫�ルムで記録し続けてきた。その量は約30万フィートにおよぶ」とあることだ。病院の中に映画部まであり、医療を通した活動を記録していたのである。
このドキュメンタリー映画のプロデューサーは若月医師の息子、若月健一氏である。今月24日(金)まで。
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
■佐久総合病院
http://www.sakuhp.or.jp/ja/index.html
「佐久病院は昭和19年1月、産業組合(現在の農協)の病院として発足しました。当時南佐久郡23カ町村のうち13カ村は無医村でした。以来農村地域の医療を守る活動を続ける中で、私たちは一貫して「地域住民の要望」に沿った仕事をしようと心がけてきました。
私たちの仕事は単なる病院としてだけではなく、保健・医療・福祉が一体化した総合的センターとしての役割を地域の中で果たしていくことだと考えています。」
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