2012年03月27日12時22分掲載  無料記事
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文化

[演歌シリーズ](26)番外篇 あれから一年 福島市から“原発”発言(3) ―増えつづける自主避難者―  佐藤禀一

 福島市・東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)から北西へ60キロ、事故・水素爆発時風下。2012年3月11日現在放射線量毎時0.76マイクロシーベルト(文科省・福島県測定)、年積算換算6.66ミリシーベルト。低線量放射線を浴びつづけてのからだへの影響は、乳幼児・小学生で10年後、大人は20年後にわかると言われている。これまで、誰も体験していない。 
 
◆バラバラに分断された福島市民 
 
 ICRP(国際放射線防護委員会)は、アメリカが主なスポンサーのIAEA(国際原子力機関)からの助成金で運営され、ECRP(放射線リスク欧州委員会)から、原子力産業に極めて近い組織であり、内部被曝を考慮していないと批判されている。そこが放射線の年間積算限度線量を1ミリシーベルトと定めている。あろうことか、文科省は、昨年の4月19日、一挙に20倍にした。放射線業務従業者(原発労働者)などの止むを得ない限度線量である。それも、250ミリシーベルトに引き上げた。 
 
 それに先がけること1か月前3月18日、山下俊一が福島に現れた。本人は、福島県知事と福島県立医大理事長の要請によると言っているが、両者が彼を知るわけもなく恐らく政府を通じて“原子力ムラの学者”から派遣されたのであろう。長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長、しかも、長崎原爆の被爆者だと言うのだ。肩書きに目が眩(くら)んだ。彼の言う放射線防護医学の話は信用できる、そう感じた人を責めることはできまい。 
 
「年間100ミリシーベルト以下では発がんリスクは証明できない。だから不安を持って将来を悲観するよりも、今、安心して、安全だと思って活動してください」 
 
 同じ長崎大学大学院の高村昇、広島大学原爆放射線医科学研究所長の神谷研二が加わり、三人で同主旨の内容の講演をして歩いた。 
 
 いま、福島市民は、放射能をめぐって態度が様々だ。 
 
 警戒区域などから避難して来た人たちがいる。多くは、仮設住宅で暮らしている。 
 乳幼児・小学生・妊婦のいる家庭が三極化している。原発事故・水素爆発直後に夫が留まり、妻子を他県に避難させ二重生活をしている家、迷いながらもそのままの暮らしをしている家、迷っていたがやはり妻子を疎開させ二重生活をする家……。私のように高齢だからと開き直って暮しているものもいる。原発事故によって福島市民は、バラバラに分断されている。 
 
 自主避難した人と留まった人の間に、亀裂が生じている。『たんから』という情報誌がその切ない気持を伝えている。<子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク>が、福島の現状や市民の声を記録するのが目的で、昨年の9月に創刊した。 
 
 「避難しない友人との間にできてしまった溝。“避難できる人はいいよね〜”という白い目で見られ、音信不通になっていく。放射能の怖さを伝えると耳をふさぎ、放射能の話をする人としてさけられてしまう。これが一番精神的に辛い」(11月号「ひとびとの声」から) 
 
 耳をふさぐ人は、これでよかったのか、子どものからだは、本当に大丈夫なのかと悩みに悩んでいる。『朝日新聞』に読者から投じられた「声」が、そんな人たちの気持を代弁している。 
 
「避難すれば子どもの幼稚園が変わること、妻と子ども2人だけの生活が大変なことを考慮し、家族全員が一緒に生活できるのを優先(中略)放射線の影響がどれくらいか分りませんが、子どもたちからは“なぜあの時避難させてくれなかったの?”と聞かれるかもしれません。その返事を今すぐには思いつきません」12年2月15日 郡山市2、4歳児の父親 31歳) 
 
 山下・高村・神谷ら“Mr.100ミリシーベルト”の言葉が、苦渋の選択をして留まっている人たちのよりどころであった。しかし、「マスクなんかしなくても空気いっぱい吸って気持を明るく持ちましょう」と言われても、大部分の親たちは、子どもに、通学時には、マスクを付けさせ、外で遊ばせないよう注意を払った。中には、自主避難した人たちを「家庭やふるさとを捨てた」と白い目で見る人もいたが、これも“避難させるべきだったのでは”という不安の裏返しであろう。 
 
 でも、さすがに山下俊一の「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」には、福島県民をバカにするのかと、逆に不安を募らせる人が増えた。 
 
◆後を絶たない自主避難者 
 
 政府は、昨年12月16日原発事故収束宣言をした後、次から次へと見過ごすことのできないことが起きている。 
凍結が原因で、原発の配管のつなぎ目や弁に水漏れが生じた。凍結も“想定外”だと言うのだろうか。 
 
 使用済み核燃料を再処理するため、それをプールで水で冷やしながら保管する。現在、イギリスで再処理を行っているが、国内の見通しはたっていない。日本の全原発で増えつづけ、プール容量の7割ほどが溜っている。福島第一原発の4号機は、事故の時、2010年11月から定期点検で止まっていた。取り出した使用済核燃料を冷し始めて4か月しかたっていない。高熱を発しつづけている。事故で電源喪失、プールの水を取り出し冷やして再びプールにもどす作業がストップ。このままでは、過熱・崩壊。政府は、首都圏の住民まで避難対象を想定した。今年の3月8日の報道でわかったのだが、これを救ったのは、点検工事の不手際と仕切り壁のずれによって水が流れこんだことによるという。 
 
 今日も4号機のプールに使用済核燃料が、1535本(昨年9月28日現在)ほぼ満杯。循環冷却は、できているが、その管から水が漏れている。加えて4号機の建屋の傾きなどと考え合わせると、とても危険な状態にある。再び大地震が来ないことを祈るのみである。 
 
 SPEEDI、風向きや風速、地形などを基に計算し、放射能がどう広がり、どう影響するかを予測するシステム、それに即して住民を避難させるのが防護の基本である。水素爆発後、パニックになることを恐れ、当時の文科大臣と政務三役でSPEEDIの情報を握り潰したことが最近判明。 
 
 原発の歴史は、事故の歴史であり、その隠蔽の歴史でもある。今日、この期に及んでも様々隠しつづけている。そして、ついに電力会社も、自動車事故の例を挙げ、科学技術の利用は、危険性を秘めている、相対的な安全があればことたりる、絶対的安全を求めることはできないと。泊原発周辺住民が、廃炉を求める訴訟を起こした。その第一回口頭弁論の場においてである。北海道電力の発言である。“絶対安全”などありえないことを“自白”し、あわせて、注意して防げることと否(いや)でも応でも襲いくる放射能被曝を同列で論じる愚かさを露呈させた。 
 
 「笑っているところに放射能は来ない」という山下発言に加えて、これらの出来事の頻発で不安が増幅され、福島市の自主避難者が増えつづけている。 
 
◆文学者の原発発言 
 
 芥川賞作家玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)の発言は、自主避難を白眼視している。 
 
「年間二十〜百ミリシーベルトの放射能に対しては、データがないのでわからない。わからないことに対して、ゼロに近い方がいいに違いない、と思うのも、気にしなくてもいいというのも非科学的で、新興宗教的です。(中略)予防医学的態度、つまりゼロに近い方をよしとする立場を、たいがいのインテリゲンチャはとっていますが、じつは大丈夫だと言うのと同じくらい非科学的だという自覚が薄い」 
 
 明らかに、自主避難している人は、「非科学的で新興宗教的」だと言っている。新興宗教に対しても失礼だ。浄土真宗も曹洞宗も日蓮宗も始めは新興宗教だ。さらに、放射性物質に悩まされている人に、「悩みすぎてストレスでがんを発症するおそれもある(中略)放射線より激しいストレスはある。もっとしたたかになり、余計なストレスを感じない暮らし方を心がけた方がいい」とまで言っている。彼もまた“Mr.100ミリシーベルト”している。 
 
 この発言は、シンポジウム『危機と絆――言葉はどこまで力を持つか』(『三田文學』2012冬季号)と、この3月2日郡山市の講演の席において発せられた。玄侑は、福島県三春(みはる)のお寺の住職でもある。 
 
 これに対し、私の心に染み入った発言は、作家大江健三郎が『朝日新聞』連載エッセイで語ったつぎの言葉である。 
 
「私はいま日本人の本質的モラルとは、次の世代を生き延びさせるベくつとめることで、すべての原発を廃止する決意を示すのが、その始まりだと考えます」 
 
 同じ言葉を持つ福島県南相馬市在住の詩人若松丈太郎、東大で物理を学び原発の危険をわかりやすく鋭く説き原発の存在を否定している池澤夏樹の文学者としての発言にも心を寄せる。彼らは、玄侑に言わせればさしずめ「非科学的で新興宗教的」なインテリゲンチャということになるのであろう。 
 
 この稿の最後に、昨年5月22日『朝日新聞』「声」欄の定時制高校生の声を紹介する。 
 
「先生、福島市ってこんなに放射能が高いのに避難区域にならないっていうの、おかしいべした、福島市とか郡山市を避難区域にしたら、新幹線を止めなくちゃなんねえ、高速を止めなくちゃなんねえって、要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ。つまり、俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされるってことだべした」(福島市 定時制高校教員 44) 
 
 私の“声”を代弁している。“Mr.100ミリシーベルト”は、この「声」のように福島県が消えること、いや、日本国がズタズタになることを防ぐために派遣されたと思っている。国もまた“Mr.100ミリシーベルト”であった。 (敬称略) 


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