2012年04月22日14時09分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(39)3・11後に原発を詠う原発列島各地の歌人の作品を読む◆峪故絶えぬ敦賀原発並みいれば魔界ゆくごとくこころ戦く」  山崎芳彦

 「原発を一切動かさないということであれば、ある意味、日本が集団自殺するようなものになる」―民主党の政調会長代理である仙石由人が4月16日の名古屋市内における講演会で、このように述べ、「日本の経済・社会が電力なしでは生活できないということは、昨年の計画停電騒ぎで明らかだ」と強調したことが、翌17日付の朝日新聞朝刊で報じられた。各新聞とも、この仙石発言を報じたであろう。この仙石「民主党内実力者」議員は、大飯原発の再稼動をめぐる関係閣僚会議にも出席して、再稼働の議論を主導していることも報じられている。 
 
ついに、野田民主党政権は(とはいっても、一枚岩どころか政府も予党も混迷を極めていて、政権の態をなしていないのが実態だが、しかし権力は権力である)国民を脅迫するのに、こともあろうに「集団自殺」の言葉さえ使うに至っている。大飯原発の再稼動の道を必死に探っているのは、いうまでもなく各地の停止中の原発再稼働への突破口にするためなのだが、国民を前に、いかにも「熟慮」し、「安全対策のハードルアップ」をしたかのように見せて、さまざまな詐欺的な手法でハードルクリアを演出し、しかしその場しのぎ主義の安全対策の欺瞞が暴かれ、4月にはいってからの経過を見るだけでも、「再稼働決定」のゴールは決めているものの、容易には到達できない曲折を繰り返している。経済界からの火の矢のような催促に追われるものの、世論調査では「再稼働に反対」が過半、党内に菅前首相が主導する「脱原発を目指す」議員集団が動き出す、大飯原発周辺の自治体から強い慎重論が相つぎ、真意はともかく橋本大阪市長の「倒閣発言」や、100キロ県内自治体との「安全協定」要求八条件の提起(大阪府市の専門家会議・エネルギー戦略会議)などのなかで、開き直りの「集団自殺」脅迫発言まで飛び出したのであろうか。 
 
 しかし、政府の再稼働方針は変わっていない。運転開始から40年を迎える美浜原発の運転延長10年を認める方針であることにも明らかなように、原発の維持・継続の方針の転換は想定されないまま、事態は「最後は政府の決断」による再稼働への軌道は敷かれている。当面の大きな山場に直面していることを認識しなければならない。それにしても政府の責任で原発再稼働を決め、その責任は負う、などということを決して信じることができないことは、福島原発事故の現実が証明している。 
 
 高木仁三郎氏の『市民化学者として生きる』(岩波新書)の終章の中の「諦めから希望へ」のなかの言葉を読み直したい。温暖化対策として原発の大増設を政府が言い続けていたときのことだが「『右肩上がりのエネルギー政策をやめるしかないのではないか』と言おうものなら、各委員から『成長をやめたら日本は崩壊する』『人びとの欲望を抑えることはできない』と集中砲火のような反論がかえってくる。この人たちは、人々のあきらめを組織的に利用して、現状の国家形態・産業形態を基本的に維持していこうとしているのだ。ここに欠如しているのは、人々の未来に対する希望である。・・・安全で自由なくらしと未来に対する人間としての当然の希望、そのために努力したいという基本的な意欲は、誰でも持っているのに、あきらめの浸透が希望を抑えこんでしまっているのだ。」「私たちはあきらめからの脱出、すなわち希望を、単に個人個人に期待するだけでなく・・・皆で協力し合って育てていくものとしてとらえ直す必要がある。それを・・・『希望の組織化』と呼びたい。」と書いている。原子力文明を乗りこえる、原子力エネルギーに依存して欲望が欲望を拡大再生産し、その先にある破綻を予感しつつも、そうなってしまったら仕方がないとするニヒリズムが広がる人間社会を、希望を共同の力で組織化する、原発からの脱却を目指すとは、そういうことではないだろうか。 
 
 前回に続いて、歌誌「新日本歌人」の「日本の歌/原発を詠む」特集(10月号)作品を読んでいく。 
 
 
  魔界ゆくごと(家 正子)      福井・敦賀原発 
白帆立て風切りゆくに若狭なる断層帯に原発十一基 
 
事故絶えぬ敦賀原発並みいれば魔界ゆくごとこころ戦(おのの)く 
 
雪割草のむれ咲く山にわれ立てば高浜原発眼下に鎮もる 
 
珠洲原発を断念させし住民の長き闘(いくさ)を誇る能登人 
 
原発に賛成せし人今は言う「おらは反対」と語気の鋭し 
 
 
 作者は石川県の珠洲原発反対運動のの勝利の歴史に思いを馳せながら「原発銀座」と呼ばれる北陸の若狭湾にひしめく原発群を詠っているが、敦賀原発を「魔界」という。コメントでは珠洲原発反対の20数年にわたる闘いについて記してもいる。そして「大量消費、大量廃棄、二十四時間型社会を改め、人間の命が大切にされる社会を実現したい」とも述べている。 
 
 
  七月の陽(小平 正孝)       静岡・浜岡原発 
この春の市議会選挙で訴えし「浜岡止めよ」はほどなく叶いぬ 
 
ひまわりの花もかざして五千人「浜岡は廃炉に」声高く上ぐ 
 
遠州灘と駿河湾分かつ御前崎の松原裂きて原子炉五基建つ 
 
原発の運転停まりし遠州灘七月の陽を弾きて眩し 
 
原寸の原子炉模型見上げおり厚き鋼板溶かす核想い 
 
 
 作者が居住する愛知県の地に隣接する静岡県の浜岡原発が、福島原発事故の後、「地震の巣の真上にある設置されており、、明日にも東海地震があったらどうなる」との議論が高まり、同原発五基のすべてが運転停止になって現在に至っているが、中部電力は堤防のかさ上げなど対症療法だけで運転再開を画策していることを報告。昨年七月二十三日の「浜岡原発の永久停止・廃炉を求める静岡県大集会」に愛知県からも多数参加し、集会後に原発の五基の全貌を見ての思いも詠っている。 
 
 
   <台本>読ませる(大澤博明)       愛媛・伊方原発 
四電は対策十分安全となお広報に書く決め台詞 
 
ぬけぬけと<台本>読ませる説明会こんな手はず積みし「住民同意」 
 
再稼働ありえぬ伊方のプルサーマルもともとウソにて始めきて今 
 
歌うごと愛媛大生コールする「原発いらない」真夏の街へ 
 
この国に米軍基地の広さほど並べてみたし太陽パネル 
 
 
 四国電力は「伊方原発の危険」を糺す作者らに「安全です」の一点張りで応じ、福島原発事故後も「新たな安全策をとった」と宣伝を続ける。5年前のプルサーマル導入を前にした説明会でも15人中10人の「やらせ発言」があったことが判明したという。7月12日には愛媛大学から伊予鉄松山駅までのパレード、31日には「原発ゼロをめざす県民集会」が開催され、四国唯一の原発立地県として原発廃止をめざす行動が行なわれたと報告している。作者は原発依存から再生可能な自然エネルギーへの流れをと詠っている。 
 
 
  祝島(いわいしま 古川千恵子)      山口・上関原発 
潮風に褪せて幾度張り替えし原発反対の横幕は垂る 
 
石段を登りつめては見はるかす原発予定地は四キロの沖 
 
そよりとも潮風吹かぬ真昼どき練り塀の陰猫はまどろむ 
 
百万の署名を集めし事務局は民家の軒に看板小さし 
 
三十年を闘いとおす祝島の店にやせ芋一袋を買う 
 
 
 作者は八月のある日、上関町祝島に渡った。練り塀の美しい島には猫があちこちで寝そべっている。人口五〇〇人弱の瀬戸内海のこの島の四キロ沖に長島の原発予定地が見える。保護動物指定のスナメリなど貴重な生態系が確認され、文化的にも重要な地域に、中国電力は入江の先端まで埋め立て原子炉二基の建設計画を立ててから二十九年、祝島の人々の「原発反対」運動がそれを阻止してきている。甘言と交付金、漁業補償金は執拗だが、毎週一回のデモは千回を超しているといい、原発を撥ね返している。高齢化が進むが、Iターンする人々もあり、「祝島自然エネルギー百%プロジェクト」などの新たな取り組みも始まっていると、作者は伝えている。 
 
 原発立地の地域に、一本道ではなく曲折がありながらも脱原発の声が高まり、運動が始まっているし、祝島のように原発建設計画を阻止している地域もある。和歌山県の日高町、新潟県巻町、石川県の珠洲市など原発を拒否して長い闘いを続けて阻止している経験はさらに広がる。 
 
 容易なことではないが、高木仁三郎さんが書いたように「あきらめからの脱出」「希望の組織化」に向かい、原子力文明を乗りこえて、新しい地平を開く力と、希望を持ちたいと思う。歌の力もその一端を担えることを信じながら、さらに作品を読み、記録し続けようと考えている。 
      (つづく) 


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