2012年05月24日11時40分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(45)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)から原発短歌を読む(5)「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」 山崎芳彦

『短歌年鑑平成24年版』の「平成23年度自選作品集」(688名の歌人が各5首を自選)から、2011年3月11日以後の原発にかかわる(筆者の読みによる)作品を読んできて、今回で終るが、同年鑑には、11人の歌人がそれぞれ他の歌人の作品を取り上げコメントしている「作品点描」や月刊歌誌の「短歌」の企画の「公募短歌館」の特選作品集にも少なくない原発短歌が収録されている。別の機会に読むことにさせていただく。印象に残る作品があり、心残りだが他日を期したい。 
 
 ところで、この『年鑑』の巻頭に「回顧と展望・拡張される震災詠 体験、修辞そして個の力」」と題する文章を、歌人・篠弘(歌人としては初めての日本文芸家協会理事長)が書いているが、そのなかで「平成二十三年を語る上で、去る三月十一日の東日本大震災、震災詠に注視するほかはない。すでに半年以上も経ながら、原発事故を含む罹災者の救済に関わる歌で埋めつくされている。事件としての領域を超えた、さらに内省的な歌が詠まれていくであろう。・・・このたびの震災が原発事故を伴うことで、初めて公共良識が問われようとしている。」として、17年前の阪神淡路大震災のときの「印象に残る作品が乏しかった」状況を振り返る。 
 
 そして、かなり多くの作品に触れながら感想・批評を記している。、その目配りは、短歌作品のアンソロジーをまとめて、評論、歌論も数多くものしている手腕をうかがわせて行き届いているが、筆者はいくつか違和感を覚える点にぶつかった。 
 
 それは、前回にも触れた(吉川宏志氏の評論)岡井隆氏の原発に関する認識と3・11原発事故に関わって言う「少数意見」についての篠氏の論点である。 
 篠氏は、岡井氏の作品「原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた」「どうしても敵が欲しいと思ふらしいたとへば原発って内なる敵が」の二首を取り上げ、「いずれも原発事故が騒がしい世相にあって、ひとりとりのこされたような喪失感を呟くものか。」と評する。 
 そして「<原発はむしろ被害者>と詠み、たやすく時流に振り回されない自分の存在を守る企図が明らか」とした上で、岡井氏の文章、「『日本は一つ』とか『がんばろう日本』とかいった掛け声の中で自分を消すことはわたしには出来ない。わたしはたとへ集団や国から拒否されても少数意見をもつものとして個でありたい。集団のうちに自分が消されてしまふのはイヤである。」を引用して、「この『少数意見を持つ者として個でありたい』という思想は、岡井の持論だが、ここで強調された意義は大きい。」として、さらに「現実から眼を逸らさない誠実な姿勢などといったものが、夥しい類歌をもたらしかねない、むしろ「自分を消す」ことにほかならないからである。」と言うのだ。 
 
 「現実から眼を逸らさない誠実な姿勢などといったもの、が夥しい類歌をもたらしかねない」、とは何のことをいうのであろうか。一人ひとりの、歌を詠む人が、現実から眼をそらさず誠実な姿勢で詠む歌が「夥しい類歌をもたらしかねない」とは、いま広く、多く人々に詠まれている震災・原発詠を指しているのだろうか。 
 
 筆者は、岡井氏や篠氏の歌人としての短歌界に於ける評価はともかくとして、このような姿勢には、承服し難い思いを強く持つ。これまで、原爆短歌、原発短歌を読んできたが、たとえ「類歌」が生まれたとしても、それぞれ、歌った人が現実から眼をそらさず誠実な姿勢で作った作品を貶めることは出来ない。人々に読まれ、多くの人の心に確かめられ、残るべき作品は残るし、岡井氏や篠氏の評価とは別に、心打つ、価値ある作品が誰かに読まれて感動を呼ぶことがあると信ずる。 
 
 篠氏の文章の一部だけを取り上げての筆者の感想は、迷惑かもしれないが、この論が、どうにも納得し難い。篠氏が引用している他の歌人の論にも同じ感想を持ったが、その原文を読んでいないので触れない。 
 
『短歌年鑑』の作品を読もう。 
 
   自選作品(抄) 
 
水を空気を海を汚して何が欲し高が電力装置のために 
                         真鍋正男 
 
飛散する放射性物質 なんてこった なんてこったと神は嗤うや 
日本は破船のごとし揺れながら傾きながらなお海に浮く 
                      2首 松平盟子 
 
想定外想定外と叫びながら夢の中を茜の犀が駆け巡る 
花粉予報に放射線予報、でんき予報も加わって豊かなるかな情報社会 
おやまたこれはと舌打ちす大本営発表の如き「健康に異常なし」 
                      3首 松本高直 
 
千年をたくはへて来し悲しびに原発加ふあやめむらさき 
放射線の微光をおびて帰らむよ絹さやと油揚(あぶらげ)忘れぬやうに 
                      2首 渡 英子 
 
原子炉の数は五十を越えゐたり黙ってゐたのは加担したこと 
うつくしまふくしまをそつと避けながら救援物資は運ばれゆけり 
                      2首 大崎瀬都 
 
原子炉の中の弦楽 一閃のシューベルトなど聞こえはせぬか 
                        大津仁昭 
 
大鴉一羽遊べる石棺のチェルノブイリぞ わすれにけりな 
                        加藤治郎 
 
怒りしや大地悲しみたるや海「安全」と言ひきそれを信じき 
                        河路由佳 
 
風あやふく光あやふく水あやふき日本に燕よ帰りくるるか 
爆風のやうに桜花は咲きながら三度目の原爆かくもしづけき 
あやまちはくりかへしませんから あやまちは いえ、あまちあはくりかへしませんから           3首 川野里子 
 
海草に貝に魚に海中を出られぬものらに濁れる潮は 
しずしずと牛らは歩むまぶた上げ人間どもを見ては過ぎ行く 
「国産」の文字のみ灯る肉・魚・野菜 わが子と食べるしかなく 
                     3首 川本千栄 
 
たとふればフランケンシュタインの醜さよ自ら造りしものの暴走 
                        黒羽 泉 
 
白いベッドにしろい婦人がよこたわる核分裂のとまらぬあさを 
排水口をつまらせているあかい花プルトニウムにこの午後はよる 
                     2首 河野小百合 
 
黄砂なきひる松の芽がむきだしの燃料棒のやうに突つ立つ 
                        河野美砂子 
 
雲をあなたを愛する心いまだまだありセキュリティーを厳重にせよ 
百万年かけ人類は人類の生き難き世を築きあげたり 
                     2首 小島ゆかり 
 
薔薇十四,五本をくるむ<溶融>の文字あたらしい新聞紙にて 
立入り禁止区域に星を戴いてもう産まなくていいよ牛たち 
                     2首 佐藤弓生 
 
浜岡は波に風吹く砂の丘ほむら音なく揺るるみづぎは 
ハマヲカを停めよと命ずる声あれば俄かに尾のなき群れは沸き立つ 
核の火の同心円に住み継げり五十キロ圏わづかにそれて 
                     3首 清水正人 
 
ひとはみな旅人だからかきすてる恥の分だけ地球を曇らす 
燃えるゴミへさばさば出せるはさばさばと忘れてゆける計いである 
                     2首 鈴木英子 
 
けはひなくものの降りくる空あふぎ晴るる日苗に水を遣りをり 
異変ののち静けき夜々を月渡り稲わらの束は露に濡れをり 
                     2首 角倉羊子 
 
子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え 
まだ恋も知らぬ我が子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉 
ゆきずりの人に貰いしゆでたまご子よ忘れるなそのゆでたまご 
醤油さし買おうと思うこの部屋にもう少し長く住む予感して 
                     4首 俵 万智 
 
目に見えぬものが一番怖いから西へ西へと向かう母たち 
                        松村由利子 
 
ぐしやぐしやとなりし原発とそのまはりのまつ暗な夜に人ははたらく 
灯らねどなほ熱を生み苦しめる原発にまた夜は来て隠す 
放水のありたる春の興奮を蛇より冷えて愚かとおもへ 
                     3首 米川千嘉子 
 
汚染水吐き出しやまぬ原発のどこにも帰れぬ海に向きをり 
                        梅内美華子 
 
牛鳴きてのち春の草ひかるのみチェルノブイリも母住むまちも 
熱を病むわれに仁丹ふふませきおおははの墓にセシウムふりつむ 
「かえらない」と「かえれない」との境界に「立入禁止」の赤き文字立つ 
バックミラーに映るFukushimaさみどりのもえいずるわが肥沃の土よ                   4首 大井 学 
 
子の好きな屈折放水塔車けふ絵本を飛び出し福島へ行く 
放射線見えなばいかに光るらむ欅並木は雨に濡れつつ 
黄昏の東北を生きる君を捨て私は逃げる息子を連れて 
ゆく春の東北よここで生まれたるわが息子を覚えてゐてくれよ 
晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ 
                     5首 大口玲子 
 
陸奥の安達ヶ原の黒塚の夜をはたらく自衛隊放射能除染部隊 
                        奥田亡洋 
 
列島に一民族の在りし日の記念(かたみ)とならむ 永き半減期 
原発の影の向うに揺らめける夕かがやきの海ぞかなしき 
                     2首 高島 裕 
 
裕子さん竹山広の逝きし後 死を知らぬ我に流るる映像 
我よりも年下なれど古い古いと言われ始めぬ日本の原発 
                     2首 前田康子 
 
メルトダウン遠き異国の物語聴いてゐるやうな朝がまた来る 
目に見えぬ悪魔舞ひ落つる土の上に子どもら遊ぶ幾千幾万 
人間を喰ふ動物があったなら暫定基準値何ベクレルか 
「ただちに」と前置きをして役人は健康に害無きとのたまふ 
                     4首 山田未来穂 
 
海水注入を聞きて夜が来る 十時間過ぎれば明けるだろう夜が来る 
高木仁三郎読み居し日々は遠くなりぬけっきょくは読むだけだったのだ 
警告は正しかりしと白き帯を巻きて売らるる亡き人の書は 
あなたは安全と思っていましたかと言う妻あらむ山のはざまに 
ゆうぐれになれば見えくる電線に燕は黒き背(せな)を反らせり 
                     5首 吉川宏志 
 
 
 『短歌年鑑平成24年版』の「自選作品集」から、筆者の読みで原発詠を抄出してきたが、改めて、「詠む」と「読む」の「作り出す」共同が短歌の世界にとって、大切だと思った。次回も、原発短歌を読み続けていきたい。原爆短歌はまだまだ厖大に残っている。ぜひ、また続けたいと思っている。              (つづく) 


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