2012年07月01日00時34分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(53)大口玲子歌集『ひたかみ』の「神のパズル―100ピース」を読む(3)「原子力関連施設いくつ抱へ込み苦しむあるいは潤ふ東北よ」 山崎芳彦

 大口玲子歌集『ひたかみ』から、連作「神のパズルーピース100」を読んできて、今回が最後になる。この連載の中で作品を読み記録するたびに、核に関わる作品以外の、すぐれた、心を揺り動かされる作品に出会うとき、それらの作品を記録することが出来ないことを残念に思うことしばしばである。しかし、「核を詠う」作品を読み記録するシリーズとして連載を続け、原子力文明の中にある現実、そこにつながっている歴史にかかわる(と筆者が読んだ)短歌作品を収録していく意図の中では、やむをえないことと、思い切らざるを得ない。 
 
 大口さんの三冊の歌集の作品を読み、歌誌に発表されたいくつかの作品群も読んで、その一部である連作作品群「神のパズル」を記録しているわけである。作者にとって、このような読まれ方は不本意であるだろうかと、考えることしばしばだが、しかしいま、原爆・原発にかかわる短歌作品を微力ながらも、記録することに意味があると、筆者はわが身を励ます。また、この営みによって、未知の人の教えをうけたり、作品を読む機会を与えられることは喜びである。絶版になり、図書館でも見つからない歌集を、古書店で探し、そして時に直接作者のご好意で、これまで知りえなかった歌人の、深い思いや怒りを込めた原発にかかわる作品を読むことができた。そのような出会いを重ねることが出来た幸いをさらに続けることが出来ることを信じる。 
 
 詠う人の作品はもちろん、その作者の真情や置かれた現実、それを短歌作品として成立させる営為によるものだが、そこに生み出された作品には、作者個人を越えた背景や状況、現実が表現され、時には作者の意図を超えて、広い社会的な人間の意志や、感情につながる。文学としての短歌の持つ働きであり、本質的に持つ意味なのだろうと考える。 
 
 これまで、原爆被爆者の作品や、原発を詠った作品を読んできて、その作品が持つ、人間の心を揺り動かし、時に行動をも引き出す力、その作品が現実のみならず未来を明らかにしてきたことに、短歌の力を見た。 
 大口さんの作品を読みながら、特に「神のパズル」の作品群の中に、科学技術と文明についての、するどく深い、歴史的事実や現実、未来への予感を、筆者なりに読み取るものがあった。 
 
 そして、大震災と原発事故に直面して、大口さんは、その生活のありようを根底から揺さぶられたであろうが、九州・宮崎の地に住みながら詠い続ける作品は、これまでの確固たる基盤の上にさらに、「一首一首を生まれ変わった気持で」「眼前の現実を見つめ」た作品が積み上げられていくと信じたい。「神のパズル」がそうであったように、大口さんの作品は、たとえば筆者に与えたように、人間にとって貴重な果実になるのだと思う。 
 いまは、まもなく読むことができる大口さんの第四歌集『トリサンナイタ』に期待している。 
 
 それにしても、この国の政治の現状は、いま緊急に課せられている基本的な主題、原子力の負のエネルギーをいかにしてゼロにして行くか、に正反する施策を進めている。 
 6月27日付朝日新聞7面には、「MOX加工場を認可―保安院『駆け込み』批判も」の見出しで、青森県六ヶ所村に建設中のプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料加工工場の施設や機器の工事を、経産省原子力安全・保安院が認可したことを報じている。「核燃料サイクルは現在、政府が見直しも含めて議論している。有識者は『事業の継続を既成事実にするものだ』と批判している。」が、日本原燃は2016年3月の完成に向けて「工程どおり粛々と工事を進める。」と言っていると伝えている。 
 
 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「見直し議論が進む中での駆け込み認可は許せない。」と批判していることも伝えているが、核燃料サイクル―原発維持を前提にした経産省の、許し難い認可である。保安院ではなく原発再稼働路線を進む野田政権・原発維持勢力の共同行為であることは間違いない。 
 
 また、この記事のすぐそばには電源開発(Jパワー)が26日の株主総会で北村社長が、青森県大間町に建設中(昨年3月の東日本大震災後、工事を停止中)の大間原発の建設再開の意向を明らかにしたことを報じるニュースが載っている。 
 
 既に、福島原発の破壊的事故は、遠い過去の、解決済みのことのようにしようとしているとしか言いようがない。許し難い事態が進もうとしていることを、確認し、脱原発に向けたプログラム、政治・経済・社会の構築をめざすことが求められていると、改めて思う。原子力文明の克服は、いまを生きているものの責務であり、人間の明日を拓くため必至の課題であり、そのための力を、集めなければならない時だと思いつつ、 
 
 今回が最後になるが「神のパズル」の作品を読む。 
 
 
  ▼東北の地と原子力施設・その他 
 
につぽんの東北の石巻のさくら、桜はこの春を被曝する 
 
 2004年4月8日仙台にて日帰り人間ドック。胸部X線撮影(マンモグラフィー) 
左胸のしこりが一つ増えてあり触れてもわかる写真でもわかる 
 
東北に四年を人と暮らしたり賢治死の歳まであと二年 
 
 2002年4月1日付で夫は石巻総局着任。管内には、女川原子力発電所、航空自衛隊松島基地がある。 
シュラウドの皹もバルブの水漏れもたつきとなさむ夫出勤す 
 
 夫は女川町の宮城県原子力防災センターで県の防災訓練を取材。 
訓練は訓練として実際の事故とは違ふ空の色なり 
 
弱火にて小豆煮てをり上空をF2機飛びゆく夕暮や 
 
 2000年3月、結婚にともない東京から仙台に転居。 
原子力関連施設いくつ抱へ込み苦しむあるいは潤ふ東北よ 
 
 1999年12月22日、茨城県東海村のJCO臨界事故による被曝で大内久さん(35)死亡の新聞記事。 
人体の容量超えて苦を負ひし人の写真を一面に置く 
 
 
  ▼竹山広 三首 
 
1996年7月、長崎在住の先輩歌人・竹山広『一脚の椅子』でながらみ現代短歌賞受賞 
長崎ゆ初めての飛行機に乗りて来れり竹山広の体 
 
われの詩を言葉を恥じて白きシャツの竹山広と握手せりけり 
 
竹山広われの何かを許さざらむ許されぬままわれは生くべし 
 
 
  ▼ヒロシマ・ナガサキ 
 
 1986年夏、朗読劇「この子達の夏」の舞台に立ち、短歌一首を朗読。 
朗読をすれど近づけぬ熱さかな被爆せしひとの言葉のうねり 
 
 1984年夏、平和教育の一環として計画されたプログラムに参加、広島、長崎へ 
引き寄せたき歴史への距離をはかりかね写真通りの原爆ドーム 
 
小頭症ゆゑわれらの前に立つ女性、直截に被爆二世と言はれ 
 
三日目にほとほと食欲なくしけり十四歳(じふし)のわれのヒロシ 
マ・ナガサキ 
 
 
 ▼神のパズル―原爆、放射線と科学者たちの運命 
 
 1969年11月17日、東京大田区大森の羽田空港に近い病院で私は生まれた。 
首相訪米反対デモを避けて母は早期入院しわれを産みたり 
 
 1967年、佐藤栄作首相は「非核三原則」をとなえ、一方でそれを「ナンセンス」とも述べていた。 
原則はいくたびも擦れ、汚れつつ繕ひきれぬほころびを見す 
 
 1952年、マッカーシズムの中で。 
原爆一〇〇個水素爆弾も持つ国はチャップリン再入国を拒否せり 
 
 1945年8月9日、アメリカが長崎に原子爆弾投下。 
「ファット・マン」大暴れして爆風と熱線は過ぎ、地に残るもの 
 
 1945年8月6日、アメリカが広島に原子爆弾投下。 
エノラ・ゲイを離れ落ちゆきたるのちの「リトル・ボーイ」の声やふるまひ 
 
 1936年「私は、神さまのパズルを解きたいのです」(アルバート・アインシュタイン「物理学と存在」)。 
神のパズル、解きたるのちのたかぶりは神に返せぬ熱を帯びけむ 
 
アインシュタイン舌出したまひもう既に神に返すべき熱にはあらず 
 
 1934年7月4日、キュリー夫人が白血病で死亡。 
百年の後まで放射能を残しマリー・キュリーの測定ノート 
 
風樹のごと自らを放射線に曝し科学の殉教者は増えにけむ 
 
 1904年、エジソンの助手クレアンス・ダリー、電離放射線被曝による初めての死者となる。 
X線熱傷治療にX線さらにかけ続け癌発症す 
 
 1896年5月、トーマス・エジソン、ニューヨークの電灯協会博に螢光透視鏡出品。 
嬉々として人々は見きX線通したるみづからの手、足、頭 
 
「トーマス・A・エジソンのX線キット」売り出されたるレントゲン狂時代 
 
 1895年11月8日、ドイツのウィルヘルム・レントゲン、X線を発見。 
妻の手にX線あてて写し出す細き手の骨と結婚指輪 
 
レントゲン夫人の怖れは漠然と死の予感、一瞬、後世を照らす 
 
まだ世界は未完成なるものとして原子の力ふるはれゆくや 
 
 
 大口玲子歌集『ひたかみ』のなかの「神のパズル―100ピース」を読んできた。改めてこの歌集が2005年に刊行されたものであることに深い感慨を覚え、また、先に読んだ東海正史歌集『原発稼働の陰に』、佐藤祐禎歌集『青白き光』の作品を思った。両歌集とも2004年の出版であった。 
 
 次回からもさらに原発にかかわる短歌を読み続けたい。 
                       (つづく) 


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