2012年07月12日15時19分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(55)若狭の歌人・奥本守が原発を詠う短歌を読む(1)歌集『紫つゆくさ』から 「働きし敦賀高浜大飯まで事故は相次ぐ原発の炉に」  山崎芳彦

 「福島原子力発電所事故は終っていない。・・・世界が注目する中、日本政府と東京電力の事故対応の模様は、日本が抱えている根本的な問題を露呈することになった」 
 
 国会事故調査委員会(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会、黒川清委員長)が去る7月5日に発表した報告書の「はじめに」の冒頭だが、その中でさらに、「日本でも、大小さまざまな原子力発電所の事故があった。多くの場合、対応は不透明であり組織的な隠ぺいも行なわれた。日本政府は、電力会社10社の頂点にある東京電力とともに、原子力は安全であり、日本では事故など起こらないとして原子力を推進してきた。そして、日本の原発は、いわば無防備のまま、3.11の日を迎えることとなった。」と述べている。 
(この「はじめに」の日本語全文と、英文が、日刊ベリタ7月8日付の小林恭子さん=ロンドン、の記事「国民一人ひとりに考えることを示唆した事故調の報告書」に掲載され、大変興味深い黒川委員長の英文あいさつに関する指摘、分析がされている。未読の方はぜひ同記事を読まれることを、おすすめしたい。筆者は報告の「要約版」を読んでいる途中である。) 
 
 福島原発事故の調査報告であるが、この報告書で述べられ、指摘されている事柄は、本質的には日本の原子力発電所と、政府、電力会社すべてに関わる問題であるとして、筆者は要約版とはいえ100頁を越える報告内容を読んでいる。付録として黒川委員長はじめ各委員からのメッセージも採録されているが、黒川委員長の「現実と向き合い、自然のまえに謙虚であれ」と題したメッセージの中の 
 「日本の当事者たちは『事故は起こる』『機械は故障する』『人間は過ちをおかす』という大原則を忘れていた。そして、事故の可能性を過小評価し、事故が起こる可能性さえも認めず、現実の前に謙虚さを失った。・・・脆弱な福島原子力発電所は言うまでもないが、安全基準が整っていない原子力発電所への対策は、時間との競争である。」 
 
 「今回の事故の原因は、日本の社会構造を受容してきた私たちの『思いこみ(マインドセット)』の中にあったのかもしれない。現実から目を背けることなく、私たち一人一人が生まれ変わる時を迎えている、未来を創る子供たちのためにも、謙虚に、新たな日本へと。」 
 
 という言葉を、率直に受け止めたいと思う。 
 
 それにしても、なんとしても許し難いのは、福島原発事故はまだ続いているし、この事故が「人災」であり、「歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の生命と社会を守ると言う責任感の欠如があった。」と断じるこの調査報告書がまとめられ、公表されるのに先んじるようにして、野田首相が「関西電力大飯原発の再起動を、総理大臣として決断する。」と決め、全国的に湧き起こる再稼働反対の国民の声をふみにじり、再稼働への道を突き進み、強行し、大飯第三原子炉をフル稼働に達せしめたことである。これを突破口にして、全国各地の原発が再稼働を目指す態勢にあり、東京電力は福島第二原発の廃止について明言を避け、新社長ら首脳が、あえて第二原発を視察し、マスコミに公開するという蛮行をさえ行なっている。 
 
 その大飯原発がある福井県の若狭町に歌人・奥本守さんが住んでおられる。奥本さんは、原発銀座といわれる地で、かつて原発建設の作業員として、その仕事に就いた経験がある。若狭湾の原発の建設現場に立っていたのである。昭和40年代の当初から、農業の傍ら建設会社に勤め、原発建設作業員として働いたと言う。筆者は、この連載を続けながら、原発の現場での体験を短歌表現してきた歌人の作品を読みたいと願っていた。 
 
 ある偶然から、奥本さんの存在を知り、奥本さんの歌集を探していたが、最近になって、奥本さんの電話番号を知り、失礼も顧みず、直接電話を差し上げたところ、80歳を越えられていたがお元気なご様子で、懇切に応対をして戴き、2006年に刊行された第四歌集『生かされて』(ながらみ書房、絶版)を送って下さるとの言葉を戴き、3日後には落手した。それ以前の三冊の歌集については、すでにお手元にないとのことであった。 
 
 筆者は、若狭町立図書館に問い合わせたところ、幸いにして蔵書があり、図書館同士の相互貸借により、筆者の地元図書館を通じて、借りることが出来、現在、読ませていただいている。 
 
 今回は、第一歌集『紫つゆくさ』のなかから、原発建設作業の実態、その中で奥本さんが感じ取って行った原発の危険性などを短歌表現した作品を読む。主として昭和42年〜平成2年の作品である。この歌集を発行したことが福井新聞に紹介された後、奥本さんは勤めていた建設会社を解雇されたが、その後日本農業新聞全国版、NHKテレビ(東海、北陸)などでも紹介された。また、その後、朝日新聞夕刊(西日本)での紹介、FBCテレビに出演、『紫つゆくさ』が原発歌集と紹介された後に従事していた「もんじゅ」管理棟の鉄筋組み作業も解雇された。(平成4年) 
 
 今回から数回にわたって奥本さんの原発にかかわる作品を読んでいきたい。そのほかの生活詠、特に農業に関する作品もあわせて読めれば、原発立地のさまざまな問題も読み取れるのだが、いまは叶わない。 
 
 
   『紫つゆくさ』から(その一) 
 
 ▼明暗(昭和42年〜50年) 
   いのち 
原電に今日より勤めて壮年の転落死きく昨夜の話(敦賀原電) 
 
転落死の現場検証に立合うか微笑ゆたかな外人の群 
 
   若狭高浜原電 
IB(アイビイ)の床鉄筋(スラブ)検査の真近きに残業四時間鉄筋かつぐ 
 
残業を終えし夜空に原子炉の足場の電球幾千を見つ 
 
タービンの三階スラブを組む汗の肌(はだえ)に海の風吹ききたる 
 
   若狭大飯原電 
暖かき日射しに白き雪虫の舞うを見ており原子炉の空 
 
二人してかつぐ鉄筋を安々と溶かして繋ぐガスの火青し 
 
鉄筋の圧接されし赤き瘤を吹き抜けてゆく木枯しの風 
 
原子炉の基礎に埋まる鉄筋の太き網目に雪降りそそぐ 
 
壁鉄筋(かべきん)の林立する中補強筋を結び急ぐに昏き雨降る 
 
原子炉を覆う仮屋根日に灼けて地下足袋の裏を通して熱し 
 
原子炉の仮屋根熱く灼ける上を鉄筋かつぎて忍び足する 
 
照りつける陽を浴びガスの火にやかれ鉄筋組みゆく原子炉の壁 
 
碧き海にいだかるる島原電の工事にあかき砂埃たつ 
 
 
  ▼核と共に(昭和61年〜平成2年) 
   核問答 
元朝の大気五躰に満つるとき地下核分裂のニュースは到る 
 
原子炉の建てば再び見る日なき炉心の岩を照らす朝の日 
 
黒き雲の群なし渡る空の下炉に核燃えて炎はたぎる 
 
原子炉の空くらみきてまぼろしの廃墟の風に雪降り積る 
 
増設の是非語らずに原発に寄り来て働くわれら農民 
 
核燃ゆる炉も増設の工事場も白一色に染めて雪降る 
 
増設に働く業務悔いとなることなき祈りコンクリート打つ 
 
原子炉の近くに労働の汗流し喉からからの吾を妻知らず 
 
   核と共に(一) 
賛成も反対もせぬ人の手に原子炉廃棄物運ばれてくる 
 
送電線遠く伸びいて原子炉の灰の塊倉庫に積まる 
 
原発の事故の無惨を聴く耳に原子炉増設の槌音ひびく 
 
原子炉の近くにムラサキツユクサの突然変異増したるを聴く 
 
原子炉を漏るる放射能受くる草と共に生ききつわれも妻子も 
 
核燃料取り換えられし水室の水は音立てて夜の海に入る 
 
烏賊釣りの船の灯沖に並び見ゆ原子炉汚水広がる辺り 
 
原発の支持億万人を越ゆるとも死の灰捨つる場所は世になし 
 
タービンの基礎掘る重機の雑音に班長(かしら)の声は口のみ動く 
 
病む膝をかばいて鉄筋担ぎいるわが顔醜く歪みておらむ 
 
軍鶏の首闘魂秘めて対き合える態(さま)にクレーンは始業時を待つ 
 
国の許可受けず改造の原子炉に事故ありわれら告発に起つ 
 
幾たびもサイレンは鳴り原子炉の傍の現場に発破時迫る 
 
電力のコスト高きに原子炉の無理運転を強いくる業者 
 
原子炉の放水口の貝と藻を落す劇薬は夜流さるる 
 
原子炉を漏るる放射能測定器微量を示す確かに示す 
 
原子炉に放射能浴びて働ける黒人は体力誇りて怖じず 
 
爆弾を仕掛けられしと声ながれ原子炉内の迷路を走る 
 
放射能付きたる衣服洗濯の労務は村の高齢者がなす 
 
原発に非常サイレン鳴り響きわれら労務者逃げる訓練 
 
   核と共に(二) 
原子炉の細管六百十三本腐蝕割れありき発表遅し 
 
鉄筋を組み立つる傍の原子炉に異常音発ちしを翌朝に聞く 
 
小事故もあってはならぬ原子炉に稼働停止の事態起きたり 
 
異常音発ちし原子炉と同型の三基も停まる非難の声に 
 
原子炉の基礎岩盤に組み立つる太き鉄筋の林立なせり 
 
鉄筋を針の山とし突き立てり人をも通さぬ原子炉の基礎 
 
原子炉の付属の建物日の射さぬ底部屋に太き鉄筋立て組む 
 
十三の屈折階段登り切り八階屋上に日の恵み受く 
 
   核と共に(三) 
事故起きて二基の原子炉止(や)む傍の増設現場に鉄筋敷き組む 
 
原発の運営国がなすべしと事故の多発に思うしきりに 
 
原発の核燃料炉黒々と百トンクレーンに吊られ降り来る 
 
摺鉢の型に鉄筋林立の底に原子炉ずしりと坐る 
 
最高の技術に造る原発の労務はわれら農民が負う 
 
残業の日々に眠たく欲なしと友は生コンに膝埋めて均らす 
 
反対の声を聞きつつ原子炉の出力調整に入る伊方原発 
 
原子炉の老化に起る現象をコンピューターは知らん顔する 
 
働きし敦賀高浜大飯まで事故は相次ぐ原発の炉に 
 
働きし農夫の罪か原子炉は十五年経て事故の相次ぐ 
 
遠き日の被爆を逃れし広島の人と原子炉造ると励む 
 
今日だけが生甲斐という若者をなぜか憎めず相棒とする 
 
原発に十日働き若者は嫁さん待つとて都会へ帰りぬ 
 
われの背に光る眼三つ親方と市民と原子炉造る企業者と 
 
原発の事故を機密と国会に答弁をせぬ日本政府は 
 
隠されている原発の大小の事故の記録は山積みと聞く 
 
隠されし事故の内容知らぬまま原発批判の声は満ちくる 
 
国外へ逃ぐる金なし時間なし放射能もるる原子炉と棲む 
 
原発の事故の起きなばソビエトの被害を越えて我ら生き得ず 
 
信長も攻めざりし若狭の小国に原子炉十二基にょきにょきと立つ 
 
 
 次回も『紫つゆくさ』の原発にかかわる作品を読む。 
  (つづく) 


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